大野健二郎3

 交番に着くと、相川巡査が帰り支度を始めていた。


 最近恋人ができたようで、どことなく浮ついている。


「まだ勤務時間内だぞ?」


「あ、おはようございます、大野巡査長。いや、それはその」


 こういう仕事をしていると出会いなどが少なく、交際が始まっても、一般的社会との勤務形態の違いなどですれ違い、長続きしないことが多い。


 上手くいってもらいたいと思いつつも、勤務は勤務。公私混同は許されるべきではない。


「あれは?」


 交番の隅に置かれた黒いリュックが目に入った。


「昨日の朝届いた落し物なんですけど」


「中の確認は?」


「すみません、まだです」


 遺失物の持ち主の調査は我々の仕事の範疇ではないが、ある程度の確認はしておく必要がある。


「まぁいい、後で俺がやっておくよ」


 その後、相川巡査からの引き継ぎを終え、ウキウキと帰る背中に「羽目を外しすぎるなよ」と告げ、仕事を始めた。


 遺失物の内容確認をするため、リュックのチャックを開いた瞬間、異常に気づいた。


「何故下着が?」


 脱いだ物をそのまま突っ込んだように捻れながら丸まった紺色に白いストライプの下着が一番上にあったのだ。


 念の為手袋を着用し、中の物を取り出していく。


 下着の他に中崎西高校の女子の制服と紺色に白いストライプのブラが上部に無理やり詰め込まれるように入っており、その下には歴史、英語、数学の教科書と四冊のノート。


 他には筆記用具が入った黒い布製の筆箱と、生理用品が入れられた小さいポーチ。


 歴史の教科書の表面を確認するが名前の記載はなく、中を開いた。


 パラパラと捲っていくと、たまたま開いたページの偉人の顔に顎髭や毛量が鉛筆描きで追加されていた。


 自分もこの位の頃よくやっていたのだが、時代が変わっても同じことを皆するのだなとぼんやり思った。


 最後まで捲った時、手袋をはめて正解だったと確信した。


『秋山 まり』


 教科書の裏表紙の内側、開いて最後のページにあたるそこに、少しだけ丸みを帯びた文字でそう記されていた。


 急いで中崎署に電話報告すると、三十分ほどして恩田刑事と数名の刑事が鑑識を連れてやってきた。


「秋山まりの遺留品が見つかったと?」


 恩田刑事は早口でそう言いながら交番内を鋭い目で見渡している。


「はい、こちらです」


 交番内の一番奥の俺のデスクの上には、届けられたリュックと、先程広げた中身が置いてあり、それを見ると恩田刑事の目に鋭い光が宿ったのが見えた。


「秋山まりの物で間違いないのか?」


「教科書の内側に本人と思われる文字で名前が書いてありました」


 既に鑑識が俺のデスクに置かれた物を撮影し、これから調べるために丁寧に一つ一つを袋に入れていた。


 相川巡査が届け主に書いてもらった拾得物届出書を恩田刑事に渡す。


 届けてくれたのは戸田純一。


 一ヶ月少し前に定年退職をし、今は朝晩の犬の散歩をしながら町のゴミ拾いをしたり、時折奥さんと買い物をしている姿を目にすることがある。


 パトロール中に何度か見かけることがあり、以前にも落し物を交番に届けてくれたことがあった人物だ。


 発見場所である河川敷はパトロールで回ることがある場所だった。


「この河川敷は」


「地図でいえばここですね」


 交番には道を尋ねにくる者が多いため、分かりやすい大判の地図があり、それを指さして位置を伝える。


 位置的にいえば、秋山まりのバイト先であるコンビニに近く、だが彼女の暮らしていたアパートとは逆位置になる。


「何日も放置されていた可能性は?」


「いえ、それはないかと」


 発見された日の前日は朝から昼過ぎまで激しい雨が降っていた。


 何日も前から置いてあったとすれば当然その雨で濡れているだろう。


 布製のリュックなので中身まで浸透するほど雨水で濡れ、未だに乾くこともないはずである。


 だがそんな形跡はなく、中身は一切濡れてはいなかった。


「中を開けた瞬間、下着が見えました。なので以降は手袋をはめて中身に触れています」


 リュックの中に何がどのように入っていたのかを説明すると、恩田刑事がポツリとこぼした。


「犯人の痕跡が見つかるといいが」


 思うところは同じだ。


 事件に直接関わることがない俺でもそう思うのだから、捜査をしている恩田刑事ならばその思いは強いだろう。


 捕まって欲しい、捕まえたい、被害者の無念を晴らしてやりたい。


 その気持ちで動いている。


 刑事ドラマのような派手な展開はそうそう起こらないのが実際の捜査だ。


 地道に聞き込みをし、現場を調べ、被害者について細かく調べる。


 もしも被害者が生きていれば「そこまで調べるのか?」と嫌悪するのではないかというほど調べ上げる。


 被害者が抱えていた問題に目を向け、その中に事件に繋がる鍵が隠れていないかを徹底的に炙り出す。


 遺留品からもたらされる情報は特に大きい。


 犯人の指紋や体液が残されている場合が多いからだ。


 それを鑑識が徹底的に調べ上げ、その結果出てきた情報を元にまた捜査をする。


 関係者には、人を変えて何度も同じことを聞くため嫌われる職業ではあるが、その結果、証言の矛盾を見つけ出し逮捕に繋がることもある。


 恩田刑事達が帰った後、パトロールで問題の河川敷に立ち寄った。


 それほど人通りが多いとはいえない場所だが、朝と夕方になると散歩をする者、通勤の近道として使う者が一定数いる。


 しかし深夜の時間帯になると街灯もまばらで暗い場所が多いため人はほぼおらず、たまに地元も若者達が酒を飲んだ帰りや祭りの後に騒ぎを起こすくらいだ。


 正確にどの辺にあったのかは記されていなかったため、パトカーから降りて周辺をザッと目視で確認してみたが、他には何も見当たらなかった。


 

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