千葉佳恵1
「秋山まりさんのことでお話をお聞かせ願いませんか?」
パート先のスーパーから帰ろうとして車に乗り込む直前、見知らぬ男性にそう声をかけられた。
「秋山まりさん、ですか?」
その名前は知っている。
最近ずっと取り上げられている痛ましい殺人事件の被害者の名前で、うちにも双子の男女がいるためどこか他人事には思えなくて、そのニュースが流れる度に熱心に見てしまっていた。
夫には「そんなの見て楽しいか?」なんて言われたけど、その子の親御さんの気持ちを考えたらどうしても我が身に置き換えて考えてしまって、早く犯人が捕まればいいとか、何か犯人に繋がる情報は出てきてないのかな? なんて考えながら見てしまっていた。
だけど、所詮は私とは全く関係のないよその子の話。
何故その子のことを聞かれるのか身に覚えすらない。
「はい、ご主人のお子さんである秋山まりさんについて、お話をお聞かせ願えればありがたいんですがね」
雑誌記者と名乗る男性は、名刺を渡しながら、顔にはいやらしい感じの笑みを浮かべている。
「え? はい? 何のことですか?」
「今、世間で騒がれている被害者の女子高生のことなんですけどね。あれ? ご存知ない?」
「いえ、そのことは知ってますけど……主人の子供ってどういうことですか?」
「秋山まりさんはご主人の前の奥さんとの間に生まれたお子さんでしょ。まさか、知らなかったんですか?」
わざとらしく目を見開いて驚いた表情を浮かべているけど、目には何ともいやらしい色が伺える。
だけどそんなことはどうでもよくて、問題はその男が言った言葉だった。
前の奥さんとの間に生まれた子供?
主人、『千葉
「前の妻とは元々合わなくて」
離婚原因は性格などの不一致だと聞かされていた。
元奥さんのことやその頃の生活についてあまり語りたがらなかったから自分から聞くこともしなかったし、そのうち私の妊娠が発覚して、過ぎたことはどうでもいいと思うようになったから離婚歴のことなんて問題にもしなかった。
主人は妊娠中から私のお腹に語りかけるくらい子供達が生まれるのを楽しみにしていたし、生まれてからもとても可愛がってくれている。
「子供っていいよな」
そう言うほど子供好きな人なのに、うちの子供達以外にも子供がいたなら会いたくてしょうがないだろうし、ニュースやワイドショーであれだけ取り上げられているのだから、どんなに会っていなくても自分の子供だと分かるはず。
だけど実際のあの人は、ニュースを見てもあまり関心がないようだったし、反応も乏しかった。
そんなことがあるの?
「何かの間違いだと思います。うちとあの事件の子は無関係です」
そう言って車に乗り込んだ。
だけど、あの男の言葉はずっと耳に、心に引っかかり、全く消え去ってくれない。
残業だといい、主人が帰ってきたのは夜の十一時を過ぎた頃だった。
「ただいま」
子供達を起こさないようにと静かな声で言いながら家に入ってきた主人は、いつもと何も変わった様子はない。
いつも通り子供達の寝顔を見てから私がいるリビングへと入ってきた。
「ただいま。腹減った」
私を見て微笑む主人の顔をしっかりと見れない。
自分が今どんな顔をしているのかもよく分からない。
ただ、心だけがザワザワと騒がしい。
「どうした、
私の様子に気づいた主人が、スーツを脱ぎながらそう尋ねてきた。
「……秋山まり」
「ん? あぁ、今ニュースになってる子な。それがどうした?」
本当に知らないのか、とぼけているのか、主人は一瞬だけ眉間に皺を寄せただけで普通に話をしている。
やっぱりあの男の勘違いで、主人の子供だなんて嘘なんだろう、そう思うのに、私の口からは別な言葉が出ていた。
「あなたの子供の、秋山まりちゃん、なのよね?」
その言葉を聞いた途端、主人の顔色が変わった。
「は? 急に何言ってるんだ?」
否定の言葉を口にしているのに、顔には明らかな焦りが見える。
「前の奥さんとの子供なんでしょ?」
「な、何でそれを」
そう口にした後、自分の失言に気づいたようで、主人の顔色が変わった。
面白いほどに顔からは汗が浮かんできている。
「……本当だったんだ」
「違うんだ! いや、その、これにはさ、訳があるっていうか」
「どんな訳があったら、自分の子供が死んだのにそんなに平然としてられるっていうの?! 何で子供がいること黙ってたのよ!」
前妻との間に子供がいるなんて話はよくあることで、それを隠されていたことはショックだったし、当然言って欲しかったと思う。
だけどそれ以上に、自分の子供が死んだのに平然としていられるこの人の心が全く理解できない。
もしかしたら私や子供達が死んでもこんなふうに平然としていられる人なのかもしれない。
そう思うと不気味にすら思えてしまう。
これまで優しい人だと思っていたこの人の全てが嘘に思えてくる。
「もう何年も会ってないし、正直俺の子だって思えなかったっていうか……愛せなかったって言えばいいのか……」
それから主人は前の奥さんと子供の話をし始めた。
前の奥さんとは出来婚で、その当時は全く結婚願望がなく、結婚しないで済む方法を模索したけど、前の奥さんが「生みたい」と堕胎をしてくれなかったため渋々結婚したのだと……。
吐き気がしてきた。
過去に堕胎を迫られ、堕ろすしかなかった過去がある私の前でそんな話をするなんて……彼もそのことは知っているはずなのに。
私が愛したはずの主人とは同一人物の言動だとは到底思えなかった。
子供が生まれてからも全く可愛いと思えず、奥さんと子供が待つ家に帰るのも苦痛になり、必要な時以外家にも寄り付かず、何とか関係を修復しようとする奥さんのことも疎ましく思っていたのだと、何故か私に申し訳なさそうに告げる主人。
この人からしたら「前の妻と子供のことは愛していなかった。愛しているのはお前と子供達だけだ」と言いたいのだろうけど、こんな状況でそんな話をされても喜べるはずがない。
そして、そういう一面があるということは、いつその一面が私達に向けられるか分からないということにはならないだろうか?
「私がテレビを見てた時、あなた、何を思ってたの?」
「……俺とは関係のないことだし、正直あれがあの子だなんて思ってもなかったから……他人事としか思えなかったし、今だってそうだ」
「でも、自分の子供だって分かったのよね? なのに平然としていられたの?」
「ビックリはしたさ、気づいた時は。でも、どんな育ち方をしたかも知らないんだ。そういう事件に巻き込まれるような子だったんだなと思うことはあっても、それ以上は何も思わなかった」
自分の子供が死んだ、殺された、理不尽に命を奪われたというのに、この人は殺されてしまった自分の子供にも非があったのだろうと考えているような口ぶりをしている。
「……あなた、
世の中には本人自身に非がなくても命を奪われてしまうことはある。
「は?! 何言ってるんだ! 咲桜にそんなこと起きるわけないだろ!」
ムキになってそう言う主人。
それを少しだけ嬉しいと感じるのに、それ以上にこの人の冷淡な部分が色濃く浮かび上がってくるように感じていた。
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