佐藤智恵1
秋山まりちゃんが死んだ。
それを知ったのはコンビニでのバイトが終わって家に帰ってからだった。
まりちゃんとは週に一度、バイト先であるコンビニで一緒になる。
あの子に仕事のことを教えたのは私で、飲み込みの早い賢い子だという印象を受けた。
一人暮らしをしていると聞いた時は驚いたけど、たまたま見てしまった腕の傷跡に、そうしなければならなかった理由があったのだろうと深く聞くことはしなかった。
人見知りする子なのか、最初の頃は口数も少なく、言われることをただこなすだけだったけど、二ヶ月くらい経った頃から少しずつ雑談をするようになった。
「お母さんと離れて寂しくない? 帰りたくならない?」
ある時何気なくそんなことを聞いてしまった。
聞いた後で「しまった」と思ったけど、口に出してしまったものはどうしようもない。
「寂しい時もありますよ。でも、大丈夫です」
こちらが驚くほど綺麗な笑顔を浮かべてまりちゃんはそう言った。
うちにも中三になる娘がいる。
だけどうちの子はいつまでも甘ったれで、一人暮らしなんてできそうもない。
家の手伝いもろくにしないし、ご飯の時もお風呂にもトイレにもスマホを手放さず、ずっと誰かとやり取りしているだけ。
育て方を間違えてしまったのか……。
まりちゃんを見ているとそう感じることが多かった。
あの綺麗な笑顔の裏側には様々な感情を隠しているのだろう。
強い子だと感心した。
そんなまりちゃんが殺されたとニュースが告げている。
頑張り屋で、真面目で、だけど心にも体にも傷を抱えて一人で耐えていた子がどうして……。
その日から私はマスコミに追いかけられ始めることになった。
「秋山まりさんと一緒に働いていたんですよね?」
最初はそう声をかけられた。
「秋山まりさんはどういう子でしたか?」
「事件に巻き込まれるような子だったんでしょうか?」
「普段の秋山まりさんの様子はどんな感じでしたか?」
「あなたから見た秋山まりさんの印象は?」
「誰かに付け狙われている様子はなかったですか?」
「犯人に心当たりは?」
最初は聞かれたことに素直に答えていた。
少しでもまりちゃんのことを分かってもらえて、あの子の無念が一日でも早く晴らされたらいいと思っていた。
だけどマスコミが聞きたいのはそういうことではないのだと分かってからは黙りを決め込んだ。
彼らが知りたいのはスキャンダラスなまりちゃんの情報なのだ。
真面目で美人なまりちゃんに実は裏の顔があっただとか、怪しい連中との付き合いがあったのだとか、美人が故にストーカー被害に遭っていただとか、とにかく何でもいいから世間が興味を持つだろう情報を欲しているだけなのだと気がついてしまった。
現に私に何度も声をかけてくるのは過激な記事が売りの週刊誌やゴシップ誌の記者ばかりで、あの子の粗探しのような質問しかしてこない。
「
帰ろうとしていたら店長に呼び止められた。
店長『森
「店長は若い子が好き」
そう密かに言われるほど、昼間帯のアルバイトは女子学生や二十代前半の女の子が多く、その中で私は前任の店長の時代からの古株。
お気に入りの女の子には廃棄や廃棄直前のスイーツなどを「これ食べる?」などと口調を優しくして差し出すくせに、私や男子学生のアルバイトには何の考慮もない。
そういえばまりちゃんも店長のお気に入りの一人だった。
面倒くさいことが嫌いな店長は、最初の教育は私に丸投げし、ある程度仕事ができるようになるとお気に入りの女の子を自分がいる時間帯のシフトに入れる。
朝から夕方までの時間に勤務している店長は、朝の時間は二十歳の菅原さん、お昼帯は二十二歳の丸山さん、夕方からはまりちゃんとシフトを組むことが多かった。
三人とも可愛らしい顔をした女の子達だったので、お昼から夕方までの時間に入ることが多い私は、店長の邪な思いがその子達に向かないように目を光らせていた。
さすがに店長という立場があるからなのか手を出すような素振りは見えなかったけど、とにかくえこひいきがすごくて、男性アルバイトからは不満がでていた。
「何でしょう?」
少し機嫌が悪いのか、店長の眉間にはシワが寄っている。
三十五歳にしてはおでこが後退していて、お腹も中年太りのようにたっぷりしているため、パッと見は四十代以降にしか見えない。
「あなたでしょ? 僕のことを週刊誌の記者に若い子好きの変態のように話したのは」
「何のことですか?」
「しらを切ったって分かってるんですよ。これだからおばさんは嫌なんだよな」
おばさんで悪かったな!
出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
「マスコミに僕のことを面白おかしくリークしたでしょ?」
店長は週刊誌の記者に「若い子好き」「若い子を狙っている」などと誰かに告げ口をされたそうだ。
恐らく店長に不満のある男性アルバイトの誰かか、店長のことを気持ち悪がっている女性アルバイトの誰かだろう。
この店で働く者で店長のことを好きだという人間はいないので、誰にリークされたっておかしくはないけど、私はそんなことはしない。
そこまでの恨みはないし、マスコミ関係者とは関わりたくない。
ハッキリいってしまえば自業自得だ。
あれだけあからさまな態度を見せていたら、不満に思われても、気持ち悪がられても不思議じゃないから。
「本当に私じゃありませんよ。何で私を疑うんですか? 何か根拠でもあるんでしょうか?」
「そんなことしそうなのはあなたしかいないでしょう!」
「おばさんだから、ですか?」
そう言って睨みつけると、店長はフィッと目逸らした。
おばさんといったって店長と三歳しか違わない。それでいったら店長だって立派なおじさんだ。
体型や見た目からいえば私よりもずっと老けて見える。
「言いがかりをつけるのはやめてください。私はマスコミに追いかけられてうんざりしてるんです。自分からそんなことを言うために近寄ったりしません」
「それを信じろと?!」
「……自分が周りにどう思われてるのか、少しは考えてみたらどうですか?」
「ぼ、僕が嫌われているとでも?!」
「……自覚がないんですね」
もうここのバイトを辞めてもいいと思ってそう告げた。
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