大野健次郎2
「家に押しかけているマスコミをどうにかしてほしい」
そんな通報が入り、交番に出動要請が来たのは事件発生から五日後のことだった。
恩田刑事からも連絡が入り「話を聞いてきてくれ」と言われたため、通報してきた佐々木家を訪れたのは一報が入ってから三十分ほど経過した頃だった。
佐々木家の前にはカメラやマイクを構えた報道関係者が何人もきており、ちょっとした騒ぎになっている。
パトカーの到着を知るなり不満気な表情を浮かべていたが、近所迷惑になるから解散しろと告げると「じゃ、情報くださいよ!」とふてぶてしい態度を見せてきた。
地元の報道関係者の顔はある程度知っているが、ここにいる者達は恐らくあの事件の取材のために全国から集まってきた者達だろう。
見知った顔が一つもない。
「申し訳ないが何も話せることはないな」
そう告げると「使えねぇな」と言う言葉が聞こえてきた。
大きな事件になると刑事課の管轄になるため、交番勤務の俺なんかには事件の重要な情報なんて伝わってくることはない。
そんなことは報道関係者ならば知っているだろうに。
家の前から人を排除し、その報告をした上で話を聞くべく佐々木家を訪ねた。
「申し訳ありません、ありがとうございました」
我々の対応をしたのは佐々木 京子で、この家の主人である佐々木 洋平の妻だった。
「何故あのようなことになったのですか?」
あまり事件に関しての情報は持っていないが、この家の者達が事件に関係しているとは聞いていない。
知らないだけという可能性があるが、恩田刑事の口ぶりからも関係者である可能性は極めて低そうだった。
「あの……それが……」
佐々木京子がバツの悪そうな顔をして口を開いた。
この家の一人娘である佐々木夏姫が、友達に自分が事件の第一発見者であると言ったことが発端になり、それを嗅ぎつけた報道関係者達が押し寄せたのだと言う。
事件の第一発見者については俺も知っている。
実際に発見したのは教員二名だったが、最初に違和感を覚えたのはとある女子生徒であり、佐々木夏姫ではない。
「娘さんは何故そんなことを?」
「……あの子は、昔から少し、あの、話を盛るといいますか、大袈裟に話すようなところがありまして……本人には悪気はないんですけど……」
「娘さんとお話することはできますか?」
「あ、はい、呼んできます」
少ししてやってきた佐々木夏姫は、何故自分が呼ばれたのか分からないという顔をしていた。
「どうしてそんな嘘をついたのか、聞かせてもらってもいいかな?」
相手が高校生ということもあり、極力怯えさせないように注意しながら声をかける。
「え? 嘘?」
「第一発見者じゃないのにそうだと言うことは、嘘をついたってことにならないかな?」
そう尋ねると、佐々木夏姫はキョトンとした顔をした。
「ちょっと話を盛っただけで嘘?」
何を言われているのかまるで理解していない表情の佐々木夏姫。
話を盛ると最近では言うそうだが、結局のところ嘘を織り交ぜて話を大きくすることであり、嘘をついたことに変わりはない。
「見ていないものを見たと言う。それが嘘ではないと?」
「えー、だってそう言った方が盛り上がるし、ちょっと盛ったくらいで嘘って言われるとか意味が分かんない」
真実の中に嘘を織り交ぜながら話をすることを何とも思わない輩がいる。
全てが虚言ではないため、虚言癖と言うのは少々乱暴かもしれないが、語ることの全てが純粋なる真実ではない以上、それと大差ないのだということを本人達は自覚していない。
注目を浴びたい、その場の主役になりたい、人に凄いと思われたいなど理由は様々だが、事情聴取の際にもこういう輩は平気で話を大きくして語り出すことがあるため、情報の精査が重要になってくる。
そして、そういう輩は自身が置かれている状況がどれだけ危ういのかも分かっていない。
「それにー、私、友達に話しただけで、マスコミに情報を流したわけでもないし、悪いことなんてしてないもん」
嘘を積み重ねればそのうち破綻する。
何事においてもそうだが、一つ嘘をつくと、その嘘がバレないようにと更に嘘を重ねることになる。
注意深く話を聞くタイプの人間ならばすぐに見抜いてしまうこともあるその嘘の積み重ねは、最終的に自分の信頼を損ない、人間関係を破綻させる結果を招くことが多い。
それに今回は未だ犯人が捕まってもいない、犯人の目星もついていない事件。
万が一にも犯人に佐々木夏姫が何かしらの情報を握っているのだと誤解されてしまえば、彼女自身の命すら危うくなる可能性を十分に秘めている。
単に「第一発見者である」という嘘をついただけでも、どこでどうねじ曲げられて伝わるか分からない以上、危険な行動であると言わざるを得ない。
そして何より、報道関係者の中には、読者の興味を引くためにあたかも何かあるように匂わせる記事を書く者もいる。
「マスコミが嗅ぎつけたということは、犯人も君が何かしらの情報を握っていると嗅ぎつける可能性がある、ということを理解しているかい?」
「え?」
「本当は何も知らないのに、犯人に『あの子は自分に繋がる情報を持っている』と思われてしまえば、君自身の身の危険もあるということを、理解しているかい?」
「は? え?」
大袈裟な話ではない。
犯人の情報を握っている人間は、その犯人に狙われやすいのは当然のことだ。
誰も捕まりたくはないのだから、その情報を揉み消すために口封じを考えたっておかしな話ではない。
既に人を一人殺している人間ならば尚更その危険度は増すと考える方がいいだろう。
「君だけではなく、君の家族もその対象になりうるということを理解して欲しい」
「え? こんなことで?」
「そう、君にとっては大したことじゃない、この程度のことでも、だよ。犯人はまだ捕まっていない。警察も必死で捜査しているけれど、未だに犯人には行き着いていない状況だ。犯人がどこに潜んでいるのかも分からない。もしかしたらこの近所に住んでいる誰かかもしれない。この意味が分かるかい?」
そう言うと佐々木夏姫はさっきまでとは表情を変えた。
隣で黙って聞いていた母親の京子の顔色も悪い。
「普段の生活の中で少しばかり話を面白おかしく膨らませるのはいいかもしれないが、こういう事件の話を普段のそれと同じにすることはよくないことだと理解してくれるかな?」
そう言うと佐々木夏姫はコクリと頷いた。
「君が周囲に話してしまったことはもう取り消しができない。そして、人の口に戸を立てることもできない。キミがついた嘘は君の知らないところでどんどん膨らんでいくかもしれない。それがどれほど危険なことなのか、理解して欲しい」
佐々木夏姫は泣きそうな顔をして再び頷いた。
「私、どうしたら……」
本来であれば話したことが嘘だったのだと正直に言えばいいのだろうが、この子がそんなことをきちんと言えるのかは分からない。
きっと言わないだろう。
自分の信用が地の底に落ちてしまうのを分かっているだろうから、言えるはずがない。
そういう素直さがあるのならば、話を盛るなんてことはそもそもしないのだろう。
当面の間佐々木家周辺のパトロールを強化する約束をして佐々木家を後にした。
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