長野由貴3

 まりがいなくなって世界は様相を変えた。


 あの時持っていかれたスマホはその後戻ってきたけど、心配した母に解約され、今は別なスマホを使っている。


 もう私のスマホの中にまりの連絡先は入っていない。


 結局、あの時誰が既読をつけたのかが分かったのかすら教えてもらえず、何も知らない。


 五日間の休みを経て学校が再開されたけど、当面の間一斉登下校となり、通学路には先生達やPTAの役員のおじさんおばさんが立つようになっていた。


 テレビや週刊誌では相変わらずまりの事件の特集が組まれ、学校の周辺にはたくさんのマスコミ関係者がうろついている。


 あの日以来、私はテレビや雑誌、ネットの記事を隈なく読むようになった。


 まりに関することならどんなことでも知りたくて。


 だけど、読む度にどんどん心は重くなり、どんどんまりのことが分からなくなってくる。


 ある週刊誌では、まりは近所に出没する変質者に付け狙われていたかのように書かれていたし、他の週刊誌ではまりによく似た女の子が繁華街で度々目撃されていたと書かれていた。


 まりが受けていたいじめの話を取り上げ、その子達への復讐のために自作自演で死を選んだか? なんてタチの悪い夢小説のような記事もあった。


 まりの顔が整っていたこともあって、ネットの掲示板では、パパ活をしてたんじゃないかとか、男好きそうだとか、結局は素行不良の末自業自得で殺されたんだろとか、そんなことばっかりが並び、誰もまりの死を悲しんでいる人がいない。


 何も知らないくせに!


 まりがどんなに素敵な子で、どんなに優しかったのか、どれだけ頑張っていたのかなんて誰も見ようとしない。


 綺麗な顔をしていたのだから当然モテて私生活が派手だったんだろうとか、女子高生だからパパ活の一つもしてただろうとか、今どきの女の子はお金のためにならなんでもするだとか、一部の子達がやってることをまりに当てはめようとする。


 まりの生活には派手さなんてなかった。


 バイトがある日は賞味期限切れのお弁当をもらって食べてると聞いてたし、他の子達みたいに学校が終わってからどこかに寄って遊んだり、お茶して何か食べたりすることもなかった。


 私自身、そういう付き合いが苦手だったからまりを誘うこともなかったし、まりからも誘われることはなかった。


 一年の時の文化祭の打ち上げで、家がスナックをしてる浜野さんのお店を使わせてもらったことがあった。


「カラオケも好きにしていいよ! 許可はもらってるし」


 みんながその言葉にテンションを上げる中、まりだけは店の隅っこの椅子に座って居心地悪そうにしていた。


「まりは歌わないの? 一人一曲ずつ歌うことに勝手に決まってるけど」


「私はいいかな……歌、あんまり知らないし、カラオケしたことないし」


「したことないの?」


「友達と遊びに行くことなかったから」


 まりがいじめられていたことをまだ知る前だったから、その時は何も思わなかったけど、あの時まりはどんな気持ちだったんだろう?


 あの時のカラオケは結局一人一曲歌うことになって、まりは一生懸命デンモクで曲を探して、懐かしい朝の教育テレビの有名曲を選曲した。


「マジで?」


「ヤバっ」


 最初はそんな声も上がってたけど、「うわ、懐かし!」と誰かが言ったことを皮切りに、その後懐メロ縛りみたいになった。


「選曲ナイス!」


 そう言われてまりは恥ずかしそうに俯いて、でも口元には笑みが浮かんでいた。


 少し不器用な子だった。


 でも、ネットの掲示板や特集記事を読んでいると、そんなまりにも本当は私にも見せてくれなかった裏の顔があるように思えてくる。


 そんなはずがないと思っているのに、もうきちんと正解を出してくれる人はいなくて、憶測が真実のように飛び交い、無限に拡がっていく。


 まりによく似た、だけど違うと分かる画像も出回り、その人物がラブホテルに入っていく姿とかお酒を飲んでる姿を見せられていると、本当にまりがそんなことをしていたようにまで感じてくる。


「由貴、もうネット記事、見るのやめなさい」


 前なら自分が一番嬉々としてそういう記事を漁っていた母が私にそう言ってきた。


「そういうのはね、自分に関わりがないとこで起きてる事件だから見てられるの。見てて苦しくなる物は見るべきじゃない。ネットに書かれてることなんて大体嘘だしね」


「でも、その中に本当のこともあるかもしれないじゃん!」


「もしあったとしても、それは由貴が調べて突き詰めることじゃないでしょ?」


 事件を調べることは警察の仕事だ。そんなのは分かってる。


 でも、あれから十日以上経ってるのに、警察はまだ犯人を捕まえていない。


 容疑者すら見つけていない。


「だって! 警察が犯人見つけてくれないから!」

 

「だからってあんたに何ができるの?! ネットのデタラメな憶測を読んでれば犯人を見つけられるの?! ちょっと鏡を見てみなさい! 酷い顔してるから」


 鏡に映る自分の顔は、目の下にクマができていた。


「あんたが変なことに首を突っ込んで、もしまりちゃんみたいなことになったりしたら、お母さん、生きてられない」


「そんなことになるわけない!」


「分かんないでしょ? 犯人は捕まってないんだし、まりちゃんに起こったことがまた誰かに起きることだってあるんだから」


 言われて初めて気がついた。


 犯人が捕まっていないということは、その気になれば犯人はまた誰かを殺すかもしれないんだということに。


 自分が殺されるなんて考えたこともなかったけど、その可能性だってあるかもしれないんだってことに。


 私だけは平気だ。多分そう思っていた。


 多分みんな誰しもが「自分だけは平気だ」と思って生きてる。


 まりだって自分が殺される未来があるなんて思ってもみなかっただろう。


 平穏だった日常が、実はそうじゃないのかもしれないのだと、この時本当の意味で初めて分かった気がした。

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