大野健次郎1
通報を受けてやってきた中崎西高等学校。
大きな事件らしい事件など赴任して十年起きたことがない穏やかな町で「プールに死体がある」など大事件でしかない。
いつもは交通違反や交通事故くらいしかないものだから、事件の可能性が濃厚だと知るなり、この町に赴任して二年目、警察官になって五年目の相川 誠巡査が不謹慎にも目を輝かせている。
プールの前には第一発見者となった教師二人が立っていたのだが、生徒達の帰宅とパトカー到着が重なってしまったため、急遽生徒排除に向かってくれた。
事件の可能性があるため、パトカーは二台到着しており、ちょっとした事故なら警察官二名と自己処理班だけで済むところ、四人体制で現場へと足を踏み入れた。
プールは少し高い位置に作られており、階段を上っている途中までは水面すら見えなかった。
「プールに死体がある」
それだけの情報でここまできたものだから、てっきりプールに水死体が浮かんでいるものだとばかり思っていた我々は、その遺体の異様さに怯んでしまった。
水死体は普通水面に浮かんでいるものだが、その遺体は全く違っていた。
そこに立っているように頭から目にかけてだけを出し、微動だにしないのだ。
杭でも刺されていなければそんな状態にはならないと思うのだが、プールの水は鮮明さに欠けており、遺体がどんな状態にあるのか皆目検討もつかない。
これは普通の遺体ではないとその場の全員が判断し、相川巡査が応援を要請した。
これからやってくるのは刑事課の人間と鑑識達である。
あいつらは現場が荒らされることを酷く嫌うため、俺達は遺体をそのままにし、プール周辺に立ち入り禁止のテープを貼り、外部から見えないようにブルーシートでプールフェンスを囲った。
鑑識がまず到着し、遺体を引き上げていないことを知り、咎めるような視線を投げてきた。
しかし、遺体の状況を確認すると納得したようで、すぐさま遺体の引き上げ作業を指示し始めた。
遺体を引き上げるべく三名がプールに入ったのだが、すぐにそれでは足りないことが判明。
「大野巡査長、相川巡査、君達も手伝ってくれる?」
鑑識主任である
長靴と一体化しているサスペンダー付きの防水つなぎを着用しているが、冬の外気に晒された水は冷たく、しかも遺体はプールの一番深くなっているところにあったため、つなぎの内部に水が侵入してきて意味をなさない。
「失礼します」
もう物言わぬ遺体となった、おそらく少女であろう人物にそう囁き、皆で遺体を何とかプールサイドまで引き上げた。
遺体は驚くほどの重さで、ゆうに百キロを超えているのではないかと思うくらいだった。
体のあちこちに重しが付けられているようでとにかく重かった。
プールサイドに引き上げられた遺体は、首から下を幅十五センチほどの布でミイラのようにぐるぐる巻きにされていた。
そして、体はボコボコと歪に膨れており、その全てが重しとなる石や金属の塊で、小柄な少女の体は別の生物かのように形状を変えていた。
苦しかったのだろう。
少女の顔は苦痛に歪み、口も目も大きく開かれていて、生前の面影など何一つとして残していないだろうと思うほど恐ろしいものだった。
長戸は少女の瞳を何とか閉じ、合掌をすると、彼女の体を包んでいる布を丁寧に剥がし始めた。
首元から丁寧に剥がしながら、肩や腕、胸や背中、お腹、尻、太もも、ふくらはぎ、足首に体に直接強力な粘着テープで貼り付けられている重しも外していく。
重しは外れる度にドスンと鈍い音を立てて落下し、最終的に分かった総重量は八十五キロにも及んでいた。
身長百五十三センチ、体重五十キロの少女の倍近い重さの重しが付けられていたことになる。
そんな状態ならば通常は立っていることもできなくなり、水中に沈んでしまい、プールの掃除のために水を抜く初夏まで少女は発見されることもなく、冷たく濁った水の底で発見される日を待ちわびていたことだろう。
偶然なのか、それとも少女の執念なのか、彼女は死した後もプールの中央に立ち続けた。
俺にはそれが少女の悲痛なる意志のような気がした。
布が剥がされた少女は、その下には何も身に付けておらず、体には多数の打撲痕が見受けられ、実に痛々しいものだった。
着替えを済ませた俺はそれ以上その場に留まる理由もなかったため、周辺住民や職員への聞き取りへと回された。
事情を知る教職員とは違い、周辺住民はまだ事件の詳細を知らないため、この数日の間に不審な人物を見たり、不審な物音を聞かなかったかを中心に話を聞いて回る。
「何かあったんですか?」
大抵の住人は何があったのかを知りたがったが、上から正式な発表がなされるまでは詳しい内容は告げることはできないため、ちょっとした事件があったのだとだけ言い、目撃証言を集めて回ったが、これといってめぼしい証言は得られなかった。
その後、上から回ってきた情報により、少女の身元が判明した。
『秋山 まり』。
中崎西高等学校に通う高校二年生、十七歳の少女で、先月から体調不良を理由に学校に通っていない、いわゆる不登校の生徒だった。
十七歳といえば俺の娘と同じ歳だ。
そんな少女があんなところで、あんな状態で殺されていいわけがない。
どんな理由があろうとも、人が人を殺していい理由など存在しない。
「必ず犯人を見つけてやる」
交番勤務の巡査長である俺が捜査に加わることなどはないし、あの事件に関して何の権限もないが、犯人を捕まえたいという気持ちだけは強く沸き起こり、その熱は不思議なほど冷めてはくれなかった。
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