エピソード27
*
柴田先生と昂は、縁側に腰を下ろして談笑を始めていた。
俺は先生にひと言断りを入れてから、冷蔵庫の裏側を調べ始める。
冷蔵庫は長年その場所に据え置かれていたようで、裏にはびっしりと埃が溜まっていた。
留め具を外すと、中から電気回路が姿を現す。
その内側に、製造証明のラベルが貼られていた。
――また、符号――
小さな紙片に、あの“符号”が貼ってあった。
「おい、虎時」
声をかけると、虎時はすぐに反応した。
「これは……」
俺と虎時の視線が、そこに集中する。
「どういうことだ……なんで、ここにこれがある?」
「分からん」
――その時。
「誰だ!」
泥棒でも見つけたかのような怒鳴り声が、背後から飛んできた。
振り向くと、玄関側にスーツ姿の中年男性が仁王立ちしていた。
年の頃は四十代後半。髪はきっちり固め、スーツもきちんと着こなしている。
一目で、堅い職業に就いているのだろうと分かった。
俺が呆気に取られていると――
「あぁ、来ていたのか。
縁側から声がかかり、柴田先生がゆっくりこちらへ歩み寄ってきた。
「そんな大声を出したら、びっくりするじゃないか。すまないね。息子の紀彦だ」
「お父さん、これは一体なんですか!」
紀彦は、気に入らないと言わんばかりに声を張り上げる。
「いや、冷蔵庫の調子が悪くてね。電気屋さんに見に来てもらったんだ」
「電気屋って……?」
鋭い目で俺を睨んでくる。
まあ、スウェット姿だしな。作業着でも着ていれば、もう少し“それっぽく”見えたのかもしれない。
「こちらの方は?」
今度は虎時のほうを向いて尋ねてきた。
スーツ姿の虎時は、余計に場違いに見えたのだろう。
「そ。こっちの人は、俺の助手ですよ」
俺が虎時を指さす。
「ぐっ……」
虎時は、込み上げてきた何かを飲み込むように口をつぐんだ。
「で、紀彦。今日は何しに来たんだ?」
柴田先生が、さりげなく話題を変える。
「この間の話の続きです。冷蔵庫も壊れているような家には、もう住めないでしょ。
そろそろ諦めたらどうですか、お父さん」
「うーん。でもな。まだ……子どもたちがね」
「子ども子どもって。いつまで教師のつもりでいるんですか!」
紀彦の声が、だんだん熱を帯びていく。
ただ、その声の端に、一瞬だけ迷いが滲んだ気がした。
言いかけた言葉を飲み込み、視線を泳がせる。
……まるで、自分の中の“何か”を否定しようとしているみたいだった。
「ごめんね。せっかく来てくれたのに。一度、帰ってくれないか」
柴田先生は、申し訳なさそうに俺たちを見る。
「大丈夫ですよ。また来ますから」
昂がそう言って、俺と虎時に目で合図を送った。
カシャン。
俺は咄嗟にガラケーを構え、符号の部分を撮影してから、裏ぶたをそっと閉めた。
「こちらがお願いしたのに、悪いね」
柴田先生の言葉に、俺たちは軽く会釈をして、その場を離れることにした。
ふと目をやると、縁側の板の上に、土埃のような子どもの足跡が、いくつも薄く残っていた。
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