エピソード27

柴田先生と昂は、縁側に腰を下ろして談笑を始めていた。

俺は先生にひと言断りを入れてから、冷蔵庫の裏側を調べ始める。


冷蔵庫は長年その場所に据え置かれていたようで、裏にはびっしりと埃が溜まっていた。

留め具を外すと、中から電気回路が姿を現す。

その内側に、製造証明のラベルが貼られていた。


――また、符号――


小さな紙片に、あの“符号”が貼ってあった。


「おい、虎時」

声をかけると、虎時はすぐに反応した。


「これは……」

俺と虎時の視線が、そこに集中する。


「どういうことだ……なんで、ここにこれがある?」

「分からん」


――その時。


「誰だ!」


泥棒でも見つけたかのような怒鳴り声が、背後から飛んできた。

振り向くと、玄関側にスーツ姿の中年男性が仁王立ちしていた。

年の頃は四十代後半。髪はきっちり固め、スーツもきちんと着こなしている。

一目で、堅い職業に就いているのだろうと分かった。


俺が呆気に取られていると――

「あぁ、来ていたのか。紀彦のりひこ


縁側から声がかかり、柴田先生がゆっくりこちらへ歩み寄ってきた。


「そんな大声を出したら、びっくりするじゃないか。すまないね。息子の紀彦だ」

「お父さん、これは一体なんですか!」


紀彦は、気に入らないと言わんばかりに声を張り上げる。


「いや、冷蔵庫の調子が悪くてね。電気屋さんに見に来てもらったんだ」

「電気屋って……?」


鋭い目で俺を睨んでくる。

まあ、スウェット姿だしな。作業着でも着ていれば、もう少し“それっぽく”見えたのかもしれない。


「こちらの方は?」

今度は虎時のほうを向いて尋ねてきた。

スーツ姿の虎時は、余計に場違いに見えたのだろう。


「そ。こっちの人は、俺の助手ですよ」

俺が虎時を指さす。


「ぐっ……」

虎時は、込み上げてきた何かを飲み込むように口をつぐんだ。


「で、紀彦。今日は何しに来たんだ?」

柴田先生が、さりげなく話題を変える。


「この間の話の続きです。冷蔵庫も壊れているような家には、もう住めないでしょ。

 そろそろ諦めたらどうですか、お父さん」


「うーん。でもな。まだ……子どもたちがね」

「子ども子どもって。いつまで教師のつもりでいるんですか!」


紀彦の声が、だんだん熱を帯びていく。

ただ、その声の端に、一瞬だけ迷いが滲んだ気がした。

言いかけた言葉を飲み込み、視線を泳がせる。


……まるで、自分の中の“何か”を否定しようとしているみたいだった。


「ごめんね。せっかく来てくれたのに。一度、帰ってくれないか」

柴田先生は、申し訳なさそうに俺たちを見る。


「大丈夫ですよ。また来ますから」

昂がそう言って、俺と虎時に目で合図を送った。


カシャン。


俺は咄嗟にガラケーを構え、符号の部分を撮影してから、裏ぶたをそっと閉めた。


「こちらがお願いしたのに、悪いね」

柴田先生の言葉に、俺たちは軽く会釈をして、その場を離れることにした。


ふと目をやると、縁側の板の上に、土埃のような子どもの足跡が、いくつも薄く残っていた。

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