エピソード26

足元の石畳に靴を揃え、柴田先生に促されて縁側から部屋へ上がった。

一歩、畳に足を踏み入れた瞬間―――


バチッ。


足先に静電気が走る。

「痛っ……!」思わず眉をひそめた。


虎時が「何やってんだ」と言いたげな顔をこちらに向ける。

「まだ、調子悪いのか?」

「いや、大丈夫だ。」

熱中症の名残なのか、それとも――違う。

身体の奥を、薄い膜のような違和感が撫でていった。


湿った紙を指でなぞったような、ぬるりとした感触が頭の中に残る。


埃とは違う匂い――生乾きの布のようで、けれどどこか懐かしい。

目に見えない“何か”が、家の空気にゆらゆらと混ざっている気がした。


柴田先生は俺たちを台所へと案内した。

そこには、いつの時代に作られたのか分からないほど古い冷蔵庫が鎮座していた。

上段が冷凍室、下段が冷蔵室。白い塗装は黄ばんで、取っ手の金具も鈍く光っている。


「かなり古い型ですね」

「そうなんだよ。でもね、思い出があってな。買い替えるのも気が引けるんだ。」

先生はそう言って、少し照れくさそうに笑った。


取っ手を引いて中を覗く。

冷気はかすかに漂っているが、手を入れてみると生ぬるい。

中には瓶ジュースが数本と、少しの食料だけが並んでいた。


「やっぱり、冷えが弱いですね」

「直せるかな?」先生の声がどこか不安げだ。

「うーん、ちょっとバラしてみないと断言できませんが……」

「そうか。できれば……子どもたちに――」


先生の言葉を遮るように、縁側から元気な声が響いた。

「柴田先生、来たよー!」


パタパタと足音を立てて入ってきたのは久遠昂だった。

「おぉ、久遠くん。来てくれたんだね」

「で、伊禮。どう? うまくいきそう?」


昂は俺の横から冷蔵庫を覗き込む。

「今、見てるところだ」


「で、なんで虎時もいるの?」

「虎時って、馴れ馴れしいな、お前」虎時が一瞥する。

「いや、それがな――」

虎時が余計なことを言い出す前に、俺は睨みで制した。

察したのか、彼は小さく咳払いをして黙り込む。


「……少し見せてください」

俺は工具箱を手に取り、古い冷蔵庫の背面へ回り込んだ。

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