エピソード28
*
「なんか、変な感じだったね」
昂がコーヒーを淹れながら、俺たちにぼやいた。
俺はうなずくこともできず、ただ曖昧に目を伏せた。
胸の中がざわざわしていた。それは――柴田紀彦との遭遇のせいじゃない。
あの符号……なぜ、あそこに?
その疑問が、頭の中で渦を巻いていた。
虎時も同じなのだろう。珍しく口数が少ない。
「はい、お待たせ」
昂が淹れたてのコーヒーと、持参していたクッキーをテーブルに並べる。
柴田先生の家から戻ってきた俺たちは、今、俺の自宅でこうして向き合っていた。
カップから立ち上る湯気が、ゆっくりと揺れる。
それはまるで、掴もうとすればするほど指の隙間から零れていく“現実”みたいだった。
「なぁ、伊禮。さっき帰り際に写真、撮ってたよな?」
「やっぱ、お前って警察だよな。目ざといわ」
「……俺は“助手”らしいからな」
虎時が軽く肩をすくめると、昂が「えー」と笑う。
「えー、そうだったの? 虎時って。ははっ」
昂が笑いながら空気を和ませる――いや、単にあまり読んでいないだけかもしれない。
「虎時って結構、根に持つタイプなの?」
「もう、どうでもいい……。――が、伊禮。気になってるんだろ?」
虎時に言われ、俺は小さく頷いた。
ガラケーを取り出し、保存しておいた写真を開く。
そこには、冷蔵庫の扉の内側に、あの符号がはっきりと映っていた。
まるで、かつて古いラジオを預かったときのように。
「あれ?」
昂が画面を覗き込み、声を上げた。
「これ……どこかで見たことがあるような……」
昂は記憶を手繰るように黙り込む。
「見たことあるって、お前……これを知ってるのか?」
「うーん。でも、違うかもしれないし……」
「いや、何でもいい。思い出したこと、全部言ってくれ」
「うわっ! シロちゃん、ダメだって!」
シロが昂に飛びかかり、クッキーの甘い匂いに釣られたように口元を舐め始めた。
「おいおい……」
虎時が呆れたように言いながらも、ちゃっかりクッキーを口に運ぶ。
「ねえ、昔……了と伊禮が同じ部署で仕事してたことあったよね?
たしか、了って会社の資料を内緒で持ち帰ってた時期があってさ」
昂の目が、少し真剣になる。
「俺もエンジニア志望だったし、ちょっと覗いたことがあったんだけど……。
その中に、これと似たような図があった気がするんだよな……。ごめん、でも、はっきりとは……」
「会社の資料って……」
「うん。たぶんだけど、あれ……『OZ-NINE』ってプロジェクト名だったと思う」
その言葉を聞いた瞬間、俺は身体の芯が冷たくなるのを感じた。
俺は急いでパソコンを立ち上げ、ガラケーと接続する。
以前、送られてきた“空白”のメールを開く――やはり、本文には何も表示されていない。
けれど。
俺は今日撮った写真を、そのメールの上にドラッグして重ねてみた。
すると。
画面が微かに明滅し、これまで沈黙していたデータが反応を示す。
――「REM-Sign(残留符)」――確認中。
画面にそう表示されたかと思うと、撮影した写真が次々と自動で取り込まれていった。
「おい、これ……どうなってんだよ……!」
虎時が声を上げるが、俺自身も何が起きているのか分からない。
そして――今日の事故現場で撮った写真。
それらすべてが融合し、画面上に浮かび上がるように、青く回転する3Dコードが現れた。
それは、まるで意志を持った“何か”のように。
「やっぱり……“鍵”が必要なんだ」
「REM-Sign(残留符)って……こんな研究してたのかよ、伊禮……?」
昂の声が、かすかに震える。
その問いに答える前に――
俺は、激しい頭痛に襲われた。
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