エピソード28

「なんか、変な感じだったね」


昂がコーヒーを淹れながら、俺たちにぼやいた。

俺はうなずくこともできず、ただ曖昧に目を伏せた。


胸の中がざわざわしていた。それは――柴田紀彦との遭遇のせいじゃない。

あの符号……なぜ、あそこに?

その疑問が、頭の中で渦を巻いていた。


虎時も同じなのだろう。珍しく口数が少ない。


「はい、お待たせ」


昂が淹れたてのコーヒーと、持参していたクッキーをテーブルに並べる。

柴田先生の家から戻ってきた俺たちは、今、俺の自宅でこうして向き合っていた。


カップから立ち上る湯気が、ゆっくりと揺れる。

それはまるで、掴もうとすればするほど指の隙間から零れていく“現実”みたいだった。


「なぁ、伊禮。さっき帰り際に写真、撮ってたよな?」


「やっぱ、お前って警察だよな。目ざといわ」


「……俺は“助手”らしいからな」


虎時が軽く肩をすくめると、昂が「えー」と笑う。


「えー、そうだったの? 虎時って。ははっ」


昂が笑いながら空気を和ませる――いや、単にあまり読んでいないだけかもしれない。


「虎時って結構、根に持つタイプなの?」


「もう、どうでもいい……。――が、伊禮。気になってるんだろ?」


虎時に言われ、俺は小さく頷いた。

ガラケーを取り出し、保存しておいた写真を開く。


そこには、冷蔵庫の扉の内側に、あの符号がはっきりと映っていた。

まるで、かつて古いラジオを預かったときのように。


「あれ?」


昂が画面を覗き込み、声を上げた。


「これ……どこかで見たことがあるような……」


昂は記憶を手繰るように黙り込む。


「見たことあるって、お前……これを知ってるのか?」


「うーん。でも、違うかもしれないし……」


「いや、何でもいい。思い出したこと、全部言ってくれ」


「うわっ! シロちゃん、ダメだって!」


シロが昂に飛びかかり、クッキーの甘い匂いに釣られたように口元を舐め始めた。


「おいおい……」


虎時が呆れたように言いながらも、ちゃっかりクッキーを口に運ぶ。


「ねえ、昔……了と伊禮が同じ部署で仕事してたことあったよね?

 たしか、了って会社の資料を内緒で持ち帰ってた時期があってさ」


昂の目が、少し真剣になる。


「俺もエンジニア志望だったし、ちょっと覗いたことがあったんだけど……。

 その中に、これと似たような図があった気がするんだよな……。ごめん、でも、はっきりとは……」


「会社の資料って……」


「うん。たぶんだけど、あれ……『OZ-NINE』ってプロジェクト名だったと思う」


その言葉を聞いた瞬間、俺は身体の芯が冷たくなるのを感じた。


俺は急いでパソコンを立ち上げ、ガラケーと接続する。

以前、送られてきた“空白”のメールを開く――やはり、本文には何も表示されていない。


けれど。


俺は今日撮った写真を、そのメールの上にドラッグして重ねてみた。


すると。


画面が微かに明滅し、これまで沈黙していたデータが反応を示す。


――「REM-Sign(残留符)」――確認中。


画面にそう表示されたかと思うと、撮影した写真が次々と自動で取り込まれていった。


「おい、これ……どうなってんだよ……!」


虎時が声を上げるが、俺自身も何が起きているのか分からない。


そして――今日の事故現場で撮った写真。


それらすべてが融合し、画面上に浮かび上がるように、青く回転する3Dコードが現れた。

それは、まるで意志を持った“何か”のように。


「やっぱり……“鍵”が必要なんだ」


「REM-Sign(残留符)って……こんな研究してたのかよ、伊禮……?」


昂の声が、かすかに震える。


その問いに答える前に――


俺は、激しい頭痛に襲われた。

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