エピソード14
いつの間にか、眠ってしまっていたようだった。
両腕を枕に机へ突っ伏していたらしい。
腕全体がしびれて、鈍い痛みがじんじんと残っている。
ゆっくりと顔を上げ、パソコンの画面を覗く。
そこには――延々と同じスペルが並んでいた。
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP……
――これ、どこまで続いてるんだ?
まいったな、と頭を掻く。
だが、その文字列を見つめていると、妙な既視感が胸を刺した。
夢だ。――さっきの夢。
ぼんやりと、あの光景が浮かび上がる。
祖父、病室、久遠、そして……ノート。
そうだ、あれ以来ずっと――捨てられずにいた。
たしか、店の奥の棚に置きっぱなしにしていたはずだ。
葬儀らしい葬儀もせず、荷物をまとめて運んだだけ。
祖父のことを、きちんと見送ったとは言えなかった。
――なにか、あるかもしれない。
そんな直感が、心の奥で小さく鳴り始めた。
棚の奥を探り、積まれた段ボールの一番下に、それはあった。
あの夢に出てきた、祖父のノートだ。
背表紙は黒ずみ、ページの一部は焦げ跡のように茶色く波打っている。
ところどころ、紙が湿って膨張していた。まるで“燃やされかけて、直後に水をかけられた”ような痕跡。
「……なにが、あったんだよ……」
一度も開いたことのないノートだった。
ページをめくると、そこにはびっしりと図形と数式。回路図に似ているが、どうにも異質だ。
化学式のような断片が混じり、意味をつかませまいとするように、文字列は入り組んでいる。
――だが、何よりおかしかったのは。
中盤から筆跡が明らかに変わっていた。
祖父の字ではない。震え、滲み、まるで誰かが――
恐る恐る、あるいは焦って書き残したような筆跡。
ページをめくる指先に、ぴたりと何かが絡まった。
「……髪?」
それは、白髪だった。
一本だけ。ページの間に丁寧に挟まれていたのか、自然に落ちたのかは分からない。
だが、手が止まった。
触れてはいけないものに触れたような、妙な感覚が指先から這い上がってくる。
「……俺には、読む資格なんてないと思ってたからな」
だが、夢の中の祖父は確かに――俺の名を呼んだ。
―――まこと、と。
名を呼ばれた感触が、夢の出来事とは思えないほど生々しかった。
あれは祖父の声だった。低く、やけに明瞭で……。
伝えたいことがあったのか? いや、そんな“思い”がこの人にあったのか。
祖父とは、ろくに会話すらしていない。
“ながを電気”を継いだ俺を見て、どう思っていた?
喜んだ? 失望した? それとも、最初から何も期待していなかったのか。
「……都合よく考えすぎか」
そんな自嘲を吐きながら、ページをめくる。
中には、びっしりと書き込まれた数式、図形、走り書き。
電気回路のようでいて、どこか異様だ。
――これは……計算式?
よく見ると、科学記号や不明な文字列も混じっている。
まるで、化学式と呪文を掛け合わせたようだった。
その中に、見覚えのある図形があった。
「……これ!」
目を疑った。だが、間違いない。
それは――俺のガラケーの裏に貼っていた“あの符号”と酷似していた。
まるで、同じもののように。
その瞬間、指先に微かな静電気が走る。
ノートから、焦げたようなにおいが立ちのぼった。
最後のページには、小さな黒インクの文字が残されていた。
「まこと」
息を呑む。
「……俺に、宛てた?」
心の奥底がざわめく。
ノートを胸に抱え、机に戻った。
パラパラとめくっても、内容はまるで理解できない。
ぐっと背中を伸ばし、寝室に目をやると、シロが丸まって眠っていた。
「……やっぱり、意味なんてなかったのか」
だが――シロ?
たしか、あの時……シロの瞳に映った“俺”が――。
反射的にパソコンの画面を見る。
――何かが、映っている。
画面はほとんど暗く、スリープ寸前のようだった。
だがその黒い液晶の奥に、何かが“反転して”浮かんでいる。
ゆっくりと顔を近づける。
……それは、机の端に置いていた祖父のノートだった。
開かれたページがライトに照らされ、液晶に鏡のように映り込んでいる。
そして――その反転した文字の中に、俺は見つけてしまった。
「周波に 引キ込マレル」
まるで最初から俺に“見せる”つもりで書かれていたかのように、くっきりと。
手が勝手に動きそうになるのを、指先に力を込めて抑えた。
そしてその下には、キーボードにぶつかって無作為に入力された「P」の文字が延々と連なっている。
PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP……
だが――それもまた、反転した液晶の中ではこう読めた。
99999999999999999……
「……これは、“OZ-NINE”につながる……ってことか……?」
心臓がひとつ、どくりと波打つ。
さっきまでただの夢だと思っていたことが、現実に滲み出していく。
まるで、何かが確実に――導いているかのように。
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