第13話 白薔薇の揺らぎ
翌日、王宮から戻ったディーはリサのもとを訪れていた。
庭園の一角には、彼女が世話をしていた白薔薇が清らかに咲き誇っている。
(……白薔薇。純粋で、穢れなくて。
私も、あんなふうに強く咲けたら――)
胸の奥で小さく願いを抱きながら、リサはディーを迎えた。
ー
だが、彼の口から告げられた言葉は、想像もしないものだった。
「リサ嬢。昨夜の件を受け……あなたもまた“監査対象”に指定されることになった」
リサの視線が、咲き誇る白薔薇へと落ちる。
花びらは風に揺れ、今にも散ってしまいそうに儚く見えた。
「……え?」
「舞踏会での花の魔法、癒しの効果は素晴らしかった。しかし同時に、感情に呼応して変化する性質があると……彼らはそう見ている」
冷静な声。
けれどそれは、リサにはまるで“距離を置かれた”ように響いた。
ー
(私が……危険だから……?
でも、クロウフォード様は優しく微笑んでくれていた。あれは……ただの職務だったの?
私が勝手に、特別に思っていただけ……?)
胸の奥に小さな棘が刺さるような痛みが走る。
「……わかりました。
私……気をつけます」
絞り出すように答えた声は、微かに震えていた。
白薔薇は変わらず咲き続けている。
けれどリサの心は、その清らかな花を見上げながらも、拒絶の影に覆われていくのだった。
ー
「……失礼する」
静かな言葉を残して、ディーは背を向けた。
その後ろ姿に、リサは思わず口を開きかける。
(……クロウフォード様……)
けれど声は喉の奥で掠れ、呼び止めることはできなかった。
ただ白薔薇の影の下で、俯くしかなかった。
ー
その後、王宮からの使者が屋敷に訪れ、正式に監査の通知を置いていった。
胸の奥が重く沈み、リサは深呼吸を繰り返す。
(……大丈夫。私は危険じゃない。
花は人を癒す……そう信じてきたのに……)
心の揺らぎが止まらない。
そのまま気分転換のため、リサはサロンへ足を運んだ。
ー
そこにはユウナの姿があった。
舞踏会の一件以来、久しぶりに顔を合わせる。
彼女は椅子に腰掛け、ティーカップを手にしていたが、リサを見るなり立ち上がった。
「……リサ」
その声には、以前のような棘はない。
どこか遠慮がちで、それでいて誠実さが滲んでいた。
「こないだは……助けてくれて、ありがとう」
ユウナは言葉を探すように視線を泳がせる。
「私……自分が怖かったの。でも、あなたが声をかけてくれたから……戻れた」
リサは小さく首を横に振る。
「そんなこと……。私は、ただ……」
言葉が続かない。
胸の奥に残るのは“自分が監査対象にされた”という不安と、クロウフォード様の言葉を勘違いしていたかもしれないという苦い思い。
ユウナはリサの曇った顔を見つめ、眉をひそめた。
「……リサ、何かあったの?」
以前なら、ユウナの声音に隠された鋭さを感じ取っただろう。
けれど今は違った。そこには、純粋な心配があった。
「……大丈夫。ほんの少し、疲れているだけ」
リサは微笑もうとしたが、その笑みは力なく揺れていた。
ユウナは唇を噛み、カップを強く握った。
(あんなふうに笑うリサなんて、見たくない……)
白薔薇は静かに咲き続ける。
しかしその清らかさに重なる影は、まだ消えることはなかった。
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