第9話 仮面と黒薔薇

王宮の大舞踏会。

黄金のシャンデリアがきらめき、百合と薔薇が飾られた大広間は、貴族たちの華やかな笑い声に包まれていた。


リサ・エルディアは、淡い緑のドレスに身を包み、会場の中央に立っていた。

胸元には小さな白薔薇の髪飾り。癒しの花の魔法に合わせ、侍女が選んでくれたものだ。


(大丈夫、深呼吸して……)


心臓が早鐘を打つのを感じながら、リサは手を差し伸べる。



舞踏会は佳境に入り、魔法を交えた美しい装飾が披露される時間となった。

宙を舞う花弁が光り輝き、会場を彩る。


リサもまた、小さな花魔法を発動する。

手のひらから咲き出す白い花が、会場の空気を浄化するように香った。


「まあ……」

「なんて優しい香りなの」


会場に集う貴族たちが息を呑む中、社交界に足を踏み入れたばかりの若者たち――

10代前半の貴族子息・令嬢たちが思わず笑顔になった。

緊張気味だった彼らの表情がほぐれ、やがてその笑みが周囲の大人たちへと広がっていく。


老齢の侯爵夫人が、そっと呟く。

「……心が軽くなるようだわ」


癒しの魔力が穏やかに人々を包み込み、会場は一瞬、静かな温もりに支配された。


(よかった……みんな笑ってる)


緊張で固くなっていたリサの肩が、そっと下りる。



会場の隅。

黒衣の騎士がその光景を見守っていた。


ディー・クロウフォード。

彼の赤い瞳が、リサを優しく捉える。


(やはり、あの花は人を癒す力だ)

低く小さな声でそう呟くと、ディーは静かに目を細めた。



一方、ユウナ・ベルグレイスは舞踏会の片隅で、グラスを持つ指先に力が入るのを感じていた。


「……っ」


白薔薇を纏ったリサの姿が、眩しすぎる。

会場の貴族たちが、微笑みながらリサを称える。

その一つひとつが、ユウナの胸に突き刺さる。


(どうして……あの子ばかり)


「ユウナ様、大丈夫ですか?」

付き添いの令嬢の声に、ユウナは慌てて微笑んだ。


「ええ、少し疲れただけ」


(……誰も気づかない。この胸の奥のざわめきに)


指先に滲む魔力が、黒く揺らめいた。

卓上の花瓶の一輪が、かすかに黒ずんで、音もなく花弁を落とす。



(誰もが“悪意”と気づかぬように……自然に、リサを孤立させる)

(彼女の立場も、魔法も、そして――クロウフォード様の視線も)

(すべて、私が取り戻す)


まだ誰も気づかなかった。

この時、ユウナ自身の魔力が嫉妬に侵食され始めていることを。

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