#5 定義付け
“友人とは何なのか”
こんな答えまでの道のりが見えない疑問を授業中に考える必要性が無いのは充分理解しているが、一度浮かんだ疑問を放置しておくとどうしても気分が悪くなる性分なもので。
「江戸時代では―――」昼休みの後のぼんやりとした空気に包まれた教室に、年配教師の柔らかい声が響く中で考察を続ける。
『友人の名前を挙げろ』と言われて真っ先に名前が出てくるのは瑛太だ。第三者から見ても俺と瑛太が友人として判断されるぐらいには仲が良いと勝手に思っている。他にも中学生の頃の友人の名前を挙げることもできるが……今現在連絡を取っていないのでノーカウントとしておこう。
……さて、問題は宮村と笠原だ。
俺個人としては宮村と笠原は、友人にクエスチョンマークが付くぐらいの関係性だと思ってるし、友人の1人として名前を挙げること自体になんの違和感も感じない。
だが、瑛太や第三者から見る俺たちは果たして友人として見られているのだろうか?
答えは恐らく『No』だ。
でなければ、普段話さないクラスメイトから陰で悪口を言われたり、この前みたく瑛太からイジられたりはしないだろう。
つまり、異性間で友人という概念は専ら成立しないことになり、“友人とは何なのか”という問いの答えは“同性の仲のいい者”を指すということに「じゃあここ、今日は17日だから……三宅、答えてみてくれ」
意識が強制的に現実へと引き戻されるも、何ら話を聞いていなかったのでそもそも何を答えるのかすら分からない。万事休すか、と思ったその時、机の上に一枚の紙が置いてあることに気づいた。
『葛飾北斎の富嶽三十六景』
確かこれは先週やったはず……となると、今は復習をしている感じなのか?
「三宅、分からないなら分からないって言ってくれ」
この紙の真偽を疑う時間は無さそうだ。
「葛飾北斎の富嶽三十六景です」
「……はい、正解。これは先週の確認だから皆も覚えとくんだぞ」
どうやらこの紙に書いてあることは正しかったらしい。書き主に感謝……と言っても、誰が書いたのかは一目瞭然なのだが。
♦︎
「さっきは助かった、サンキュー」
授業が終わり、隣の席で携帯をいじる宮村へと声をかける。
「また私に“借り”作っちゃったね?」
「だな、最悪だ」
授業中に俺の机に紙を置けるような人物など、物理的に考えて宮村しかいない。まあ助けてもらったので借りを作ってしまったことに対して文句を言う気は無いのだが、ニヤニヤとこちらを見る目はやはりムカつく。
「……というか、よく解答を俺の机に置く時間あったな」
「あれは元々ノートに書いてたのをちぎっただけだから。それに、あの先生が日付で人を当ててくるのはよく知ってるし」
出席番号17番にも関わらずぼーっとしていた俺を見兼ねて助けてくれたんだろう、あまりに自分が情けない。
「どうせ考え事でもしてたんでしょ」
「……友人の定義について考えてた」
宮村は「何それ」とくすくす笑う。
「結局答えは出たの?」
「まあ、出たといえば出た」
「その答え、教えてよ」
「大したものじゃないさ。同性で仲の良い奴が友人に該当するんじゃないかってだけ」
これを聞いて宮村がどう思うかなんて、特に考えず発言したことを数秒後に後悔したものの時すでに遅し。
「……友達じゃないんだ、私たちって」
「……そうなるな」
「そうなるな」ってなんだ、なんで肯定してるんだよバカか俺。すぐに謝らないと。
「ごめん宮村、今のは「分かってるよ。詰まるところ、男女で友情は成立しないってことを言いたいだけなんだよね?」
だいぶ大雑把にまとめられたような気がするが根本が間違っているというわけでもない。「まあ、そんなところ」と返事をする。
「……逆に言えば、その上の段階に進むのは簡単かも……これはチャンス」
口元に手を当ててブツブツ独り言を呟き始めたが、そんなに考察の余地のある話をしたつもりはないぞ?
「……宮村?」
「ごめん、今話しかけないで。色々とプラン組み立ててる最中だから」
「すいません」
かつてないほど冷たい目を向けられた俺がその後一人脳内反省会をしたというのは、また別の話。
ラブコメ適正✕の俺たちは眩しい青春を送れない。 なるほど大学生 @nyantiku
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