08. 馬車を救ったら*
「お礼がしたいのですが、何がよろしいですか?」
馬車に乗せるための口実だが、興味もあって尋ねてみた。
情報にあった報酬狙いには見えず、純粋にどのような反応をするのか確認してみたかったのかもしれない。
彼は、目を泳がせながら控えめに言った。
「……馬車に乗せて欲しいんだ、場所を言うからさ」
「わかりました」
ユージは文官に馬車の操縦を任せ、黒猫を抱いた"黒猫"を中へと招き入れた。
教えてくれた行き先は、なんと彼の自宅らしい。
思わず笑ってしまわなかったことを褒めてもらいたい。彼は騎士団に追われているため、町を歩いて家に戻れず困っているのだと直ぐにわかった。
そわそわしながら口元に手を当て窓の外を眺めている。
こんなに策略も打算も何もなく解りやすい人間がいて良いものなのか? これから捕まえようとしているこちらが心配になってしまうほどだ。
馬車が走り始めてから、僕がじっと見つめていると、"黒猫"が振り向いた。
「……何?」
「きれいな黒髪ですね」
「なっ……、俺は別に、あんたの髪の方がきれいだろ」
容姿を褒められることに馴れていないのか、さっと目を反らされた。
恥ずかしがりやなのかな……。耳が真っ赤になって、感度が良さそうだ。
如何わしいことを考えてしまいながら、血色の良くなった肌を見てしまう。
「いかにも王子様みたいだな……」
彼は眩しそうに目を細めて僕の髪や瞳を見ていた。
僕は彼にとっていかにもなイメージらしい。当たっているのだが、どうしようか……。
彼は警戒するようにしばらく窓の外へ顔を向けたままだ。
警戒すべきは窓の外ではなく、内側だよ。
ユージは色んな意味で、連れて帰ることは確定だが、目の前の"黒猫"を牢屋に入れる気が失せてしまっていた。
非合法に金を荒稼ぎしていると聞いていたが……。
だが、何故そんな活動をしているのかは取り調べなければならない。
ここは王族の権限で、罪を追求し罰する権利を得ても構わないだろう。軍と刑罰は自分の管轄なのだから。
「自己紹介がまだだったね、僕はユージ・エル・エルトニア、君は?」
「エルトニア?」
"黒猫"の目が大きく見開かれる。
さすがに、国の名前が入っていれば気付いたか。振り向き様に警戒した眼差しを向けてきた。
だから正解だと告げてやる。
「この国の第二王子だよ」
「!」
彼が剣を抜こうとした瞬間、僕は鞘から剣が抜かれてしまう前に上から叩き納めた。
何か叫ぼうとした彼の唇を奪い、硬直したその隙に剣を足元に放る。
「んん゛ーッ……!?」
彼は届かない剣に手を伸ばしたままくぐもった声を上げ、手足をバタつかせて踠いた。
逃げる舌を追いかけて、彼の身体をシートに倒すと、はくはくと息をつきながら信じられないという目で見上げてきた。
「な、舌……、入れッ!? 俺、男……ッ!」
「だから何?」
「何、って……!」
見ればわかるよ。
「男に……なんてっ、俺は、そういう趣味ないから……!」
「趣味?」
身体を重ねるのに男も女もない。男同士は無理という極端な言い分に僕は首をかしげた。
「何を言ってるんだい? 挿れられる側なら、男同士の方がうんと気持ちいいはずだよ」
「挿れッ……!?」
わなわなと震えている。
恥じらって、というよりは驚いてる反応かな?
「もしかして、経験が無い?」
こそっと耳元に囁けば、彼はびくりと震えた。
魔法を使おうと手を握ったり開いたりして混乱している。
ああ、焦ってる。魔法はイメージが大切だから、集中しないと発動出来ないからね。
「そういう目で見られたことないのかな?」
そんなはず無いと思うけど。彼の見た目は一級品だ。
往生際悪く抗う彼に関節技をかけて押さえ込む。強さに似合わず拘束への反応は素人並みだった。訓練を受けている反応ではない。
「何をするんだ!? やめろー!!」
静かだった彼が大声で叫んだ。
キスされた後で何をされるのかなんて、想像つくだろう、本能的に怯えた反応を見せる彼は可愛い。
彼を羽交締めにして下穿きを下ろすと、「やめろ変態」と罵られたから、尻を叩いたら一瞬身を竦ませた。
「ぅうーーッ!」
すぐに唸りながら抵抗をしてくるけど、腕力もあまり強くない。一度組み伏せてしまえば片手で押さえ込めた。
この白い服、上手いこと着こなしててわからなかったが、辺境の囚人服じゃないか……?
そこの領主が絵に描いたような悪党で、そろそろどうにかしようと思っていたところだったと思い出す。そういえば、この"黒猫"に成敗されたんだったな。
囚人服なんて、彼に相応しくない。もっと質の良い生地のものを仕立ててあげたくなる。
「どうして町でオイタをしたのかな? お仕置きだよ」
唾液で濡らした指を彼の後口に触れ、馴染ませてからゆっくりと挿入していく。
「やぁ……っ!!?」
ビクゥッと身体を仰け反らせて、顔を真っ赤にして震えている。
ああ、狭くてとてもきつい。ここに何か入れたことがあるようには思えない様子に、思わずうっとりしてしまう。
この見た目で、されたことがないだって? レジェンド級の
戸惑いと、羞恥が入り交じった表情がたまらないな。
白くてまるい尻は、誰にも踏み荒らされたことのない深雪のようだ。この肌を包むのは、黒もいい。乳白色の肌によく映えるに違いない。
その時、この場にいないはずの第三者の声がして、今度はこちらがビクリとなる。
「おい! そこまでにしろ!」
「!!」
驚くことに、人語を話す猫がいた。この存在を僕は知っている。
「律から離れろよ! このヘンタイ!」
「……まさか、聖獣?」
「ぅう……! 指、抜けよ……ッ!」
「嫌だね」
尻に入れた指を浅く突いて動かすと、小さく悲鳴を上げている。
「自己紹介の続きをしようか? 君の名前を教えてくれるまで続けるよ」
「あっ……ぁ、
「そう、リツっていうんだ、いいね...…」
素直に教えてくれたリツに、僕は、指の腹を彼の内側の硬いしこりのある場所へグリグリ押し当てる。
「ァ、アッ……!嘘……つきぃ……!」
「やめるわけないだろ」
「嫌だッ! やめ…っ…! ぁあ…ッ…!?」
「……本当に狭いな、でも、感じてるよね?」
くにゅくにゅと簡単に暴かれた弱い場所を押し撫でられ、ゾクゾクと走る何かに顔を真っ赤に染めて首を横に振っている。
「抵抗しないでくれれば、前も可愛がってあげるよ、うんと優しくしてあげる」
自分の容姿には自身があった。優しい声色で、甘く囁けば、大抵の人間は堕ちてくれる。誰も懐には受け入れない分、一時の戯れで近づく
そう思っていたら、黒猫が腕に噛み付いてきた。
ガブッ!!
その隙に、腹にドスンと思い切り蹴りが入る。
「このッ、変態野郎……!」
「ぐっ……!?」
蹴飛ばされた上に、酷い罵声を浴びせられた。大人しそうな見た目とは裏腹に、リツはかなりやんちゃな性格をしていた。
「翡翠、行くぞ!」
彼は馬車の扉を蹴り壊し、振り向きざまに「バーカ!」と怒りを顕に叫んで走り去って行く。
「だ、大丈夫ですか!? お怪我は!?」
「……っ、っ」
御者が小窓を開けて中を覗いた時には、僕は情けないが腹を押さえて壁を背に崩れていた。
まともにくらってしまい、すぐに立ち上がれそうにない。
「……馬鹿とか変態とか、初めて言われたな」
「えぇ!?」
恐ろしいことを聞いたように、部下は顔を蒼白にさせている。
勘違いさせてしまったが、怒るどころか寧ろ、気分が高揚しているだなんて思わないだろうね。
「アルファド、城に戻る、やることが山積みだから急いで」
「はっ!」
腹部に鈍い痛みを味わいながら、喉の奥から悪役さながらの笑いが込み上げてくる。
彼を、リツをもっと知りたいな。
まだ自分にこんな感情があったなんて、驚きだよ。
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