第24話 浴衣と夏祭り

お母さんとの電話で涙を流してから数日。

今日は待ちに待った夏祭りの日だ。

夜には花火もあるので、夏祭りの本番は夕方かららしく、朝やお昼前に行ってもあまり賑わっていないそうだ。

空いている方が楽な気もするけれど…人混みの中を2人手を繋いで歩くのもアリだと思う。

その方が…ドキドキするから。


「ホントにこれで合ってるの…?」

「う〜ん…私も浴衣の着方なんて分かんないし、それっぽく着られたらなんだって良いよ」


というわけで、夕方まで畑に行ったり庭をお手入れしたり、家の掃除をしたり、色々やって時間を潰して過ごした。

そしていざ浴衣を着ようとしたんだけど…私が浴衣の着方というものを知るわけがない。

ホミに教えてもらおうと思ったけれど…ホミも知らないらしく、それっぽく着てなんとか誤魔化すことに。

なんとなく、それらしい格好にはなったけど…この着方が正しいのか分からない。

まあ、そんなにまじまじと誰かに見られるわけでもないし、そこまで気にすることでもないだろう。


「さて、じゃあ準備出来たし行こうか」

「石山さんの車にお子さんと一緒に乗せてもらうんだよね?」

「そうだよ。ちょっと狭いかもだけど、私たちは乗せてもらってる側だから文句は言わないようにね?」

「分かってるよ。私そこまで非常識じゃないし」


浴衣を着ると、財布やタオルや水筒などの持っていくものを一通り鞄に詰めて、石山さんの家に向かう。

インターホンを押すと、石山さんがお子さん2人を連れて出てきた。

石山さんもお子さんも普通に私服で、浴衣なんて用意して浮かれてる私たちがバカみたいだ。


「おそろいの朝顔の浴衣、似合ってるわよ」

「わざわざそこを強調しないでくださいよ、恥ずかしい…」

「あらあら。でも、この前よりも距離が縮まったんじゃないの?」

「まあ、色々ありまして。とにかく!今日はよろしくお願いします」

「そんなに畏まらなくてもいいのに。じゃあ行きましょうか。車に乗って」


ホミは石山さんの隣、助手席に乗り込み、私は石山さんのお子さん2人に挟まれる形で後部座席に座る。

2人とも男の子で、お兄ちゃんの方が小学生くらいかな?って感じ。

小っちゃくて可愛いね。


ただ、見慣れない年上の女性がすぐ隣に居て緊張しているのか、二人とも顔を合わせてくれないし、話しかけても空返事しか返ってこない。

これでも村のお祭りのときは一緒に遊んだんだけどね……

子供たちの反応に少しだけ落ち込みながらも、ホミと石山さんの3人で世間話や恋バナなんかをしていたら、あっという間に時間が過ぎてお祭りの会場にやってきた。

まだ明るい時間だというのに、お祭りの会場は人であふれかえっていて、手を繋がないとホミとはぐれてしまいそうだ。


「じゃあ、予定通り8時に駐車場に集合ね?」

「はい。石山さんもお祭りを楽しんでくださいね」

「ええ。そっちこそ、人気のない場所に行くときは、ホントに人がいないか十分気を付けてね?」

「ちょっとぉ!?」


石山さんにいじられながら、私たちは手を繋いで人混みの中へ入っていく。

決してはぐれないように、私たちは固く手を握り合って出店が立ち並ぶお祭りの会場をぐるぐる回る。


「ホミはなにから食べる?」

「う~ん…焼きそばかな?」

「いいね。買いに行こう!」


出店で沢山食べられるように、おやつを食べてないし、お昼ご飯も控えめにした。

だからお腹が空いている。

しかも、少し風が吹いているから色々な屋台から美味しそうな匂いがしてきて、いつお腹が鳴ってもおかしくない。

そんな恥ずかしい事にならないように、ホミと一緒に焼きそばの屋台に並んだ。

一度に沢山の焼きそばが、1つの大きな鉄板で作られているので、私たちの番が回ってくるは早かった。


「あい、500円ね」

「は〜い」


焼きそばは、一パック500円らしい。

普段買い物も料理もしないから、コレが高いのか安いのか分からないけど…『お祭り価格』と言う言葉があるくらいなのだから、決して安くはないのだろう。

せっかく遊びに来たのに、なんだか楽しく無いことを考えちゃってるけど…口に出さなきゃ問題ない。


「サカイ。あっちで食べよう!」

「うん」


焼きそばを買って、会場の数ヵ所に設置された飲食スペースにやってきた。

奇跡的にテーブルが1つ空いており、そこに2人で座った。


「焼きそばの他にも何か買えばよかったかな?」

「でも、買ってる間に席を取られたかもよ?」

「う〜ん…じゃあ、私がなにか買ってくるよ。なにが欲しい?」

「じゃあポテト。味は何でもいいよ」

「りょーかい。ポテト以外に何か欲しい物はある?」

「今はないかな。それっぽいのをよろしく」

「わかった。じゃあ待ってて。焼きそばを先に食べてくれてもいいよ」


そう言って、ホミは人混みの中へ消えていった。

騒がしい祭りの会場で、私は1人取り残されている。

少し前の私なら、この状況を悲観的に捉えて、前を向くことを諦める理由にしていただろう。


けど、今の私は違う。

私にはホミがいる。

ホミの帰りを待つ間の1人だけの時間。

少し前までの私にはなかった、待ち時間を楽しむ理由があるんだ。

ホミと何がしたいのか?

ホミに何をしてほしいのか?

ホミに何をしてあげたいのか?

あーんなことやこーんなこと、ただエアコンの効いた部屋でゴロゴロするだけでもいい。

ただ妄想するだけでもこんなに幸せなんだ。


「サカイ…?」

「…ん?もう帰ってきたの?」

「もう、って…15分くらいは歩いて回ってたはずだけど…」

「そうなんだ…ホミのことを考えてると、時間が過ぎるのが早く感じるよ」

「外で恥ずかしいこと言わないでよ…」


顔を赤くして、私の肩を叩きながら買ってきたものを机に置くホミ。

ポリ袋の中から出てきたのは、たこ焼き、唐揚げ、ポテト、焼きとうもろこし。

どれもあったかい食べ物で、かき氷やソフトクリームのような冷たいものはない。

ジュースも無いから…この暑い中だと、汗をかいちゃうかもね。


「何から食べようかな?たこ焼き…は、今食べたら火傷するかもね」

「まあね。唐揚げとか、ポテトからでいいと思うよ。ちなみに、ポテトの味はコンソメだよ」

「え?」

「え?」


コン、ソメ…?

この細切りのフライドポテトが?


「塩じゃないの?」

「ポテトはコンソメの方が美味しいでしょ」

「いやいや、塩で十分だよ。というか、塩以外に何か味をつけるなんてあり得ないし」

「…塩だけで味付けなんて、塩分が多くて身体に悪いよ」

「…コンソメって、子供じゃあるまいし」

「「………」」


私は塩派で、ホミはコンソメ派らしい。

ポテトチップならともかく、フライドポテトでコンソメって…普段某ハンバーガーチェーン店でポテトを頼む時、自前でコンソメの素でも持って行ってるのかな?


「ま、まあ?次からは塩とコンソメ両方買うよ。、ね?」

「いやいや。そんな気を遣わなくていいよ。ホミの好きなのを選んで。


バチバチと火花を散らす。

もちろん本気で喧嘩してるわけじゃない。

ちょっとしたじゃれ合い。

楽しくてやってるから、何も問題はないね


「コレを食べ終わったら、かき氷を買いに行こうよ」

「いいね。じゃあ、その後にフルーツ飴を食べない?」

「フルーツ飴もいいねぇ。けど、前歯折れないかな…?」

「そんな簡単に歯は折れないよ。怖がりすぎ」

「むぅ…」


ホミが買ってきてくれたものを食べながら、次何をするのか話す。

かき氷やフルーツ飴。

しょっぱい物を食べると、甘いものが食べたくなるものだ。

やりたい事は沢山あるけれど、時間とお金とお腹の空き具合は有限だ。

何をするのか、よく考えないとね。


美味しいそうに焼きそばを食べるホミをチラチラ見ながら、次の次、さらにその次になにをするのか?

そんな事ばかり考えていた。

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