第4話 清々しい夜
「…んぅ………」
畑仕事を頑張った(個人的には)為か、シャワーを浴びて体が温かくなるといつの間にか寝てしまっていた。
美味しそうな匂いがして目を覚ますと、昼の間には無かったはずの机が用意され、そこに美味しそうな2人分のご飯が並べられている。
キュウリとトマトにドレッシングを掛けたらしいサラダ。
茄子の揚げ浸し。
魚の丸焼き。
彩りも匂いも盛り付けも、どれを取っても同い年の女子高生が作ったとは思えない出来栄えだ。
凄いなぁ…なんて思っていると、ホミが引き戸を開けて入ってくる。
片手で大きな盆を持ち、その上にはみそ汁とご飯が乗せられている。
「あっ、起きたんだ。晩御飯だよ」
「ありがとう。……でも、私こんなに食べられないかな?」
出来栄えは凄くいいし、美味しそうだし、こんなに至れり尽くせりなのはとてもありがたい。
けど……私は元々少食なのだ。
お昼ご飯は何とか食べられたけれど…晩御飯にこんなに沢山食べられない。
…だって、お味噌汁の御椀は100均で売っているものの1.5倍はありそうだし、ご飯茶碗は育ち盛りの男が使いそうな大きなもの。
しかも、わかりやすく山盛り。
「私、少食なんだよね」
「少食〜?そんな事言って、好き嫌いしちゃダメだよ。それに、まだまだ成長期なんだから、沢山沢山食べないと!」
「いや、そういう問題じゃ…」
「お残し厳禁だからね!」
ホミは強引に私に晩御飯を食べさせようとする。
対して私はと言うと……こんな訳あり女を受け入れてくれた挙句、ここまで良くしてくれるホミに強く言えないので、精一杯笑みを浮かべる事しか出来ない。
それが苦笑いでも…とにかく笑って見せて、とても食べ切れるか不安な晩御飯と向かい合った。
「うぅ〜……」
「お粗末様でした。お皿洗いして、お風呂沸かすから、その間ゆっくりしておいて」
何とか全ての料理を食べ切った私は、そのまま後ろに倒れ込む。
畳敷きの床は柔らかく、座布団を敷いて正座で座っていた私の背中を受け止めてくれた。
そんな私を置いて、ホミは食器洗いの為に台所に行ってしまった。
「ふぅ…」
別に疲れている訳でも、お腹がいっぱいで苦しいのを何とかしたい訳でもない。
ただ……言葉に出来ない何かを吐き出そうとして、不意に息を吐いた。
そして意識もせずスマホに手を伸ばし…Wi-Fiが無いことを思い出して手放した。
満足にゲームも出来ない今の生活は…私にとって苦だと思う。
他にやることはないのかと聞かれると…何も言えなくなってしまうから。
自分が空っぽ故に、居場所ややるべき事、やりたい事をスマホに依存している。
使えなくなって、初めてその事に気付かされた。
「…………ん」
そんな…都合の悪い現実を受け入れたくなくて、私はエアコンの効いた部屋を出てホミのところへ行く。
食器洗いなんて、ろくにしたこともない。
出された食事を食べて、流し台に持っていくだけ。
与えられたものを受け取って、ただ生きる。
愛玩動物と何ら変わらない生き方。
…でも、今更変えられない。
「ん?ゆっくりしてなくていいの?」
「暇」
「そっか…じゃあ、庭の花壇に水を撒いてきてくれるかな?くれぐれも、花に水を直接かけないように」
「分かった。お花に水をあげてくれば良いんだね」
「うん。外の蛇口の側にジョウロがあるから、それを使ってよ」
人間は退屈が大嫌いな生き物だ。
やる事を求めてホミのところに行くと、水をやってこいと言われた。
畑の虫騒動の記憶が蘇りそうになるが、家の直ぐ側なら大丈夫な筈だと思い、私は外に出て外の蛇口と言うのを探す。
庭と塀付きの、都会ならいくらするかも分からない程の豪邸。
そんな家の庭に設置された外の手洗い場のような場所。
沢山の農具が置かれ、シンクの中は土で汚れている。
ここで採ってきた野菜を洗っているのかも知れない。
そんなことを考えながら、横にあった緑色の大きなジョウロを持ち、中にたっぷり水を入れる。
そうするとかなり重く、両手で持たないと手が震えてしまう。
自分でもわかる変な歩き方で花壇の前までやって来ると、ジョウロを傾けようとして…思いとどまった。
(くれぐれも、花に水を直接かけないように!)
ホミの言葉を思い出し、少し体勢を低くして花の根元に水をやる。
花壇は広く、全体に水をやるのは大変だと思う。
それでも……夏の猛暑にやられ、なんだか元気が無さそうな花を見ると、適当には出来ない。
一つ一つ、丁寧にたっぷりと水をやっていくと、3分の1ほどで水がなくなってしまった。
仕方なく水を汲みに行き、もう一度水をやっていると……
プゥーーン…ゥウン…プゥーー
「うわっ!?きゃっ!?」
蚊が飛んできて私の耳元で嫌な羽音を立てた。
それに驚いて振り払おうと手を動かし、水がこぼれて靴に掛かってしまう。
その事に気分が下がって、やる気がどんどん奪われていく中……また蚊が飛んできて私はジョウロを地面に置いた。
「ふっ!!」
全力で飛び回る蚊を捉え、叩き潰す。
手を開くと赤い血の痕の中に潰れた蚊が居て、吹き出物を潰した時のような小さな快感を覚えた。
しかし同時に、血を吸われてしまったと言う事実も理解でき、私はその快感が吹き飛ぶくらい嫌な気持ちになった。
痒くなる前に早く水をやってしまおうと、急いで残りの水を花にあげる。
少し雑になってしまった気もするけど…計3回ジョウロに水を汲んだのでよしとした。
屋内に戻ってくると、途端に体のあちこちが痒くなった。
「うわっ…虫刺されがこんなに…」
痒さで私の不快ゲージは最高潮。
私をこんな目に遭わせたホミに文句を言ってやろうと、ふんふん!と鼻息を荒くしながら台所にやって来た。
しかしそこにホミはおらず、洗い物が終わったらしく食器が綺麗に並べられていた。
ここに居ないのなら…お風呂だろう。
私はお風呂に向かうと、浴槽を丁度洗い終わったホミを睨む。
しかしホミは私の存在に気付いておらず、慣れた手つきで浴槽の横にある大きな蛇口の赤い方のツマミを捻った。
すると、蛇口から白い湯気を放つ水……お湯が勢いよく飛び出す。
ホミはその後青いツマミを捻って更に水圧を上げる。
蛇口から出るお湯の温度を手で確認しているホミに、後ろから声を掛ける。
「それ何?」
「戻ってきてたんだ?最近はボタン一つでお湯を張れるんだってね。うちは古いから、こうして蛇口からお湯を出すんだよ」
「へぇ〜…」
「あんまりボーッとしてると浴槽が一杯になってあふれちゃって、お湯が勿体ないから注意が必要だよ。そんな事考えたこともないかもだけど」
お湯の出る蛇口でお風呂を沸かす……大変そうだね。
試しにお湯に触れてみると、少し熱いくらいのお湯が出ていて、少しずつ湯船に溜まっていっている。
ジャバジャバジャバジャバと音を立ててお湯が溜まっていく光景は、今までに見たことがなくとても面白い。
物珍しい光景に魅入っていると、ホミに肩を叩かれた。
すると、そこには何かの薬品のチューブを持ったホミがいて、そのチューブを見せてくれる。
それは、虫刺され用の薬だった。
「この薬、軟膏なんてあるんだ…」
「今はトントン当てて、液を塗るタイプが多いよね。でも、個人的にはこっちの方が効くと思ってるよ」
普段キャップを開けると青いシートがあって、それをトントンと押し当てることで塗っていた虫刺されの薬。
ソレの軟膏を見せられて、私はちょっと驚いた。
お風呂はお湯の影響で熱くなってきたのでエアコンの効いた和室に戻り、そこでホミが軟膏を塗ってくれる。
「……んっ……んふっ…」
「くすぐったい?」
「その……気持ち的に…」
「まあ、思春期だもんねぇ〜」
「ホミもそうだけどね!」
「ふふっ、サカイは面白いなぁ」
なんだかバカにされているような気もするけど…とりあえず、ホミの好意に甘えて塗ってもらう。
痒いところを見せて薬を塗ってもらっていると、こんな所まで…!と言う場所も蚊に刺されていて、ちょっと恥ずかしかった。
薬を塗り終わると、ホミはビニール袋に氷水を入れて持ってきてくれる。
…なんで氷水?
「どうしても痒いところにはこれを当てて」
「これ、効くの?」
「捻挫した時と一緒だよ。冷やしてるうちは痒くない」
「ふ〜ん……」
ホミに言われて試しに1番痒い大きな虫刺されに氷水を当てると、確かにひんやりして痒みが消えた。
夏の虫刺されの対策にこんなものがあるなんて知らなかった。
おばあちゃんの知恵袋のような小技に感心し、ホミの凄さを知る。
私なんて…なんにも知らない都会のダメ人間だ。
文明の利器に頼って、1人で何も出来ない弱い女。
なんだか気分が落ち込んできて、私は畳の上で横になった。
少し青臭い畳の匂いが私の心を落ち着かせる。
…けれど、ぽっかり空いた心の穴を埋めるほどのものではない。
「…ちょっと外について来てくれない?」
「えっ?まあ良いけど…」
ホミに誘われて、外に行くことになった。
けどまた蚊に刺されそうで嫌だなぁ…と思っていると、ホミは私に虫除けを掛けてくれた。
更に、丸くて穴が開いた緑の台に金色の蓋で出来た円盤を持ち出す。
そこに緑色の渦を巻いた何かを持ち出し…マッチで火をつけた。
火がついた部分から煙が出て、ホミは円盤の中にその緑色の渦を入れる。
「なにそれ?」
「えっ?蚊取り線香知らないの?」
「あー……名前は知ってるよ。こんなのなんだ?」
「最近の都会の人は蚊取り線香も知らないのか……」
「いや、流石にそれは少数派じゃないかなぁ…」
ホミに誤解されないように、私が特別無知なだけと言っておく。
流石に蚊取り線香を知らないなんて、私くらいだろうし。
ああでも、都会から出たことがない、私より歳下の子達は知らないかも。
「さて…まだ明るいうちに行こうか」
「何処に?」
「お散歩だよ。日が暮れた頃は涼しくなり始めるからね」
そう言って、ホミは蚊取り線香をズボンのに吊るして、大きな懐中電灯を持って外へ出る。
私もそれに続いて外に出ると…やっぱりムワッと湿気が襲ってくるけど、確かに涼しい。
当たり前のようにホミが手を伸ばしてきたので、私はその手を握り返して並んで歩く。
…こうして誰かと手を繋いで歩くのなんて、いつぶりだろうか。
人とあまり触れ合ってこなかった私の人生。
やっぱり空っぽで、何もないね。
小中と、パッと思い出せる楽しい思い出が何一つ無い。
覚えているのは…嫌な思い出ばかりだ。
「…顔色が暗いよ。ほら、耳を澄ましてみて」
「えっ?」
私のことを気にかけてくれたホミに促され、自然の音に耳を傾ける。
サアァーーー………
風が草を撫でる音だ。
ジョロジョロジョロ………
ピチャピチャピチャ………
道沿いの小川を水が流れている。
グワッグワッグワッグワッグワッ……
カエルが鳴いている。
カナカナカナカナカナカナカナ……
ひぐらしの鳴き声も聞こえてきた。
リーリリ…リーリリ…リーリリ………
なにかもわからない夏虫の鳴き声が聞こえる。
「……落ち着くね」
「それは良かった」
日暮れの田舎は…とても静かで、けれど忙しなく自然が声を上げていて、とても賑やかだ。
私の家の周りでは…常に車のエンジン音とタイヤの駆動音。
電車が通り過ぎる音や、誰かの話し声、何処から聞こえてくるお店の音楽。
夏は更にエアコンの室外機の音もあり、そこにある音に耳を傾ける機会なんて無かった。
耳を傾けても…忙しない人の営みの騒音が聞こえるだけ。
それは、ノイズでしか無い。
自然の音は耳障りがよく、聞いていて気分が清々しくなる。
悩みも…少しマシになった気がした。
「さて…ちょっと遠くまで散歩に行くよ。へばらないでよ」
「私、そんなに弱くないから」
「その強情がいつまで続くかな?」
「…流石に舐めすぎ。もし家に帰るまでピンピンしてたら、恥ずかしいことしてもらうから」
「なにそれ?まあ良いよ。どうせご近所さんは10分くらい歩かないと居ないし、こんな時期に訪ねてこないからね」
気持ちが軽くなった私は、ホミと軽口を叩きあって散歩をする。
日が暮れ、どんどん夜が深まっていく田舎の景色の中を…私達は静かに、だけど騒がしく歩くのだ。
30分ほど散歩して、帰ってきたホミ家に帰ってきた私はヘトヘトで…お風呂に入ってすぐに寝てしまった。
まあ、私の負けだね。
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