第3話 スマホのない生活

「Wi-Fiが無いって…普段どうやって生活してるの?」

「どうって…普通に…?」

「私にとってWi-Fiの無い生活は普通じゃないんだけど…」


Wi-Fiが無いと言うことは…家でゴロゴロしながら動画を見られない訳だ。

好きなグループの音楽も聴けないし、ゲームだって考えてやらないとすぐに出来なくなっちゃう。

それどころか、普段使うアプリの電話も使えない。

スマホに機能として搭載されている電話だけ…そんな、全てが制限された生活。


「…普段何して生活してるの…?」

「何、か…家事をして、学校に行って、庭の手入れとか畑の手入れとかして、家事をして寝る」

「庭は分かるけど…畑?」

「うん。おじいちゃんとおばあちゃんが使ってた畑も私が継いだんだ。ほら、この茄子は私が育てた茄子だよ」


なんて牧歌的な生活なんだ…

都会の人間が考える田舎の生活を、本当にやってる高校生が居るとは…

Wi-Fiが使えない事よりも、今はこっちの方が衝撃的。


「だからまあ…スマホは中々使えないと思うよ」

「うん。そうだよね」

「暇なら私の手伝いをしてよ。それが、居候の条件ね?」

「……ありがとう」


こんな私を居候させてくれるホミ。

それも、私の事情には踏み入らずただ居場所を提供するという優しすぎる対応で。

私は…そんな条件で居候していいのだろうか?


…けど、行く当てがなく、帰る家もないのも事実。


「働かざる者食うべからず、だよ。昔の偉い人はよく言ったものだよね」

「…そうだね。何すれば良い?」


ホミの言葉に、私はスマホの電源を切って机に置く。

肌身放さず持ち続けていたスマホを手放し、私はホミの横に立つ。


「ちょっ!そんな切り方危ないよ!」

「焦げてる焦げてる!ちゃんと全体を混ぜて!」

「ほら、ここは火が通ってないからまだ赤いよ。こんなお肉食べたらお腹を下しちゃう」


料理の手伝いは……まだまだ発展の余地ありと言うことで。








「あっつ……」

「このくらい気合で耐えるんだよ。都会育ちはひ弱だねぇ」

「なんでこんな時に長袖なのさ……」

「直射日光に当たらない為だよ。すぐにバテちゃうからね」


お昼ご飯を食べ、お腹がこなれた頃に、ホミに着替えさせられて田舎のおばあちゃんのような格好で外に連れ出された。

白とピンクの長袖長ズボン。

顔全体を覆うことの出来る布の付いた帽子に、首にはタオルを巻いて畑にやって来た。

ホミの畑はかなり本格的で、小規模な農場なんじゃないかってほど色々な野菜が植わっている。


「この時期は夏野菜が美味しいんだよ。特に茄子。夜も朝も昼も茄子料理だから、沢山食べてね」

「茄子嫌いになりそう…」

「そんな事言っても食べさせるよ」


ホミの言う通り、今1番よく育っているのは茄子だ。

次に育っているのは…


「何アレ?」

「ハウスのこと?テレビとかで聞かない?ビニールハウス栽培」

「…いちごとかのやつ?」

「まあそんなところ。温かい場所でよく育つ野菜はあの中で育てるんだよ。今ならトマトとか」


ビニールハウスの中に植えられたトマト。

私の背丈ほどにまで伸びた太いつるから、いくつもの葉が生えていて…どの葉っぱもなんだかシワシワのヘロヘロ。


「これ本当に大丈夫?枯れちゃわない?」

「ちゃんと朝晩に水をやってるから大丈夫だよ。夏は暑いから、大抵の葉っぱはこうなるよ」

「そうなんだ……」


なんだか今にも枯れそうな葉っぱだけど…大丈夫らしい。

それはいいとして、トマトがいくつ成っていて、そのうちの何個かは赤くなっている。

これは収穫してもいいのかな?


「真っ赤に熟れてるトマトだけ収穫して良いよ。はい、ハサミ」

「うん。…変わった形のハサミだね?」

「園芸用ハサミってやつだね。こう言った家庭菜園や庭の手入れや後は花屋さんとかでも使われてる」

「ふ〜ん……知らなかった」


花屋なんて…自分から行ったことない。

存在は知っていても、町中で見かけて立ち寄るなんてことはしない。

そんな…何処か縁遠い違う世界の話だった。

けど…ここでは案外、そうでもないのかもしれない。


あまり見ない形のハサミで赤くなったトマトの茎や切り、手に持つ。

持てるだけ持ってホミの所に戻ってくると、木の皮か何かで編まれた籠の中にトマトを入れる。

そして、またトマトを取りに戻った。

数が多く、そしてハウスの中はサウナのように暑いけれど…なんだか楽しい。

パチン!パチン!と言う切断音でノリにノッていると……


「ああぁ〜〜〜〜!!!」


ホミの絶叫が聞こえた。

何事かとハウスから出て様子を見ると、かなり困った表情のホミがさっきトマトを入れた籠を見ている。

するとホミはこちらを見て、ハウスから出てきた私と目が合った。

…その目は怒っているように見えて、私は何か不味いことをしてしまったのでは?と自分の行いを振り返る。

そんな事をしているうちにホミが詰め寄って来た。


「なんで勝手にトマトを入れるのさ!?ちゃんと聞いてから入れてよ!」

「えっと…」

「ほら!茄子で潰れちゃってる!」

「うわっ…」


ホミは籠の中を見せて怒ってくる。

確かにそこには、茄子の重さに耐えられず潰れてしまったトマトがあった。

私はそれを見てやってしまったと思った。


「ちゃんと確認せず入れた私も悪いけどさ。初めてなんだから、一声かけて欲しかったなぁ」

「ごめん…」


真っ当な怒り方をするホミ。

これを洗うのは大変そうだ。


「とりあえず潰れたトマトをコンポストに捨ててきて」

「コンポスト?」

「あの緑色のタンクみたいな奴だよ。よろしく」

「分かった」


ホミから籠を渡されて、畑の隅にあるコンポストと言う所に向かう。

コンポストなんて聞いたことない。

一体どんな物なのか?

四角いような丸いような…奇妙な形をしているソレの蓋を開けて……私は全身の血が凍り付いたように体温が消えていった。


「―――いやああああああああああああああああ!!!!!!」


喉が潰れんばかりに絶叫をあげて、数歩後ろに下がってそのまま尻もちをつく。

すぐにホミが駆け寄ってきて、何事かとコンポストの中を覗き込む。


「ああー……虫は苦手?」

「そ、そういうレベルの話じゃない!!!」


コンポスト……それは、生ごみを捨てるところ。

その事を知ったのはもう少し後の話。

今の私には…それがこの世の汚いところの全てのように見えて、もう2度と近づきたくない。

結局ホミが全てやってくれた。


ただ…コンポストが特別見たくもないような最悪なものだっただけで、虫が平気と言うわけではない。


「ひっ!?」

「ただの蜘蛛だよ。このサイズなら可愛いもの」

「い、いやっ!!」

「カメムシか…踏み潰さないとね」

「いいいいっ!!?」

「小さな蛾だよ。何も怖くない」


ハウスの中は暑いけれど、虫は居なかった。

けれど他の野菜は違う。

多種多様な虫が沢山付いていて、どれもこれも気色悪い。

特に酷いのは小さな虫だ。

埃かと見紛う程の小さな虫が、よく見ると野菜の茎や葉や果実に沢山付いている。

それに気付いた時にはもう何も触れなくなった。


その後は野菜の収穫は全てホミがやり、私はただ日陰でその様子を見守ることしか出来ない。

私が熱中症で倒れる前に収穫他の畑作業は終わり、エアコンの効いた部屋に帰ってきた。


「着替えてシャワーでも浴びておいで。全身を洗い流したら小さな虫がポトリ…」

「怖い事言わないでっ!!!」

「……割と事実なんだけどなぁ」


もう2度と畑には行くまい。

そう心に誓い、私は虫が落ちてこない事を祈ってシャワーを浴びた。

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