第三章 閉ざされた書庫と、もう一人の書き手
フィリアの街は、静かで整然としていた。赤い屋根と白い壁の家々が等間隔に並び、まるで模型のように整っている。だが、そこには違和感があった。どの家にも人の気配がない。誰も歩いていない。風の音さえもしない。
「……おかしい、まるで時間が止まってるみたい」
凛は鍵を握りしめながら、地図を頼りに街の中央にある図書館へと向かった。そこが、最初の手がかりの場所らしい。
大きな時計塔を兼ねた建物の扉には「閉館中」と書かれた木製の札がかかっていた。だが、扉には鍵穴があり、凛が持っていた小さな鍵がぴたりと合う。
――カチャリ。
扉が音を立てて開いた。
中は薄暗く、古い紙とインクの香りが漂う。書棚には無数の本が並んでいたが、どれも背表紙が白紙だった。開いても、中身は空白ばかり。
「……何も書かれてない」
そのとき、背後から小さな足音が聞こえた。
「……あなたも、書き手?」
振り返ると、そこには10歳くらいの少女が立っていた。漆黒の髪、真っ白なワンピース。彼女は凛をじっと見上げた。
「私はリュカ。かつて、ここで目覚めた“失敗した書き手”」
「失敗……?」
「この街は、ある“書き換え”に失敗して、時が止まったの。私が……間違った願いを書いたから」
リュカは、震える声で語る。
かつてこの街を災厄から守ろうとしたリュカは、“この街の人々が永遠に安全でありますように”とノートに書いた。その結果、すべての時間が止まり、誰も動けない“仮想の安全”だけが残った。
「私には、もうこの街を戻すことはできない。でも、あなたなら……」
凛は、ノートを開いた。手が震える。どんな言葉を記せば、間違いを正せるのか。
「……“時間が再び流れ、人々が笑顔を取り戻す”」
その言葉を記した瞬間、図書館の時計が音を立てて動き出した。外の街から子どもの笑い声が聞こえてくる。止まっていた街が、息を吹き返した。
リュカは凛の手を握り、そっと微笑んだ。
「ありがとう……次の街、“ミレナ”へ行って。そこに、あなたの“鏡”がある」
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