第13話 圧倒的強者Ⅲ

境界線の内側で、空気が凍りついていた。


霊夢は立ち上がろうとする。

身体は動く。

筋肉も、骨も、壊れてはいない。


――なのに。


……立てない


正確には、立った後に体の力が抜ける。


神楽が見下ろしながら言った。


「なんか勘違いしてるみたいだから、訂正しとくとー」


「私は君たちを“縛ってるわけではない”」


「“裁いて”るだけ」


魔理沙が、無理やり笑う。


「裁判ごっこか?

 なら陪審は誰だよ」


神楽は即答した。


「僕」


その一言で、笑いが止まる。


霊夢は、歯を噛みしめる。


(……こいつ)


(世界そのものを、

 味方につけてる)


「僕こそが、一つの世界なんだよ。」

「『郷に入っては郷に従え』って知ってる?」

「僕の間合いに入ったら従ってくれないとね」


「霊夢」


魔理沙が低く言う。


「合図で行くぞ」


霊夢は、うなずいた。


(できるかどうかじゃない)


(やるしかない)


二人同時に動く。


霊夢は符を投げ、

魔理沙は八卦炉を最大出力へ。


幻想郷の巫女と、普通の魔法使い。

何度も共闘してきた型。


完璧な連携。


――の、はずだった。


「権能 インペリティ・ディクリー」


神楽の声が、淡々と響く。


次の瞬間。


霊夢は、自分の符がのに気づいた。


(……?)


投げたはずだ。

確かに、投げた感触もあった。


でも。


投げたことを結果が否定している


「今の攻撃」


神楽は、まるで報告書を読むように言う。


「違法だよ?」


魔理沙のマスタースパークも同時に消えた。


光が霧散したのではない。

撃った“事実”が、後から削除された。


「な……」


魔理沙の声が、かすれる。


「撃ったはずだろ……!」


「うん。君は撃った。」


神楽は訂正する。


「でも」


「その行動は、

 最初から行われていないことになった」


霊夢の背筋に、冷たいものが走る。


(……事後判決)


(やった後で、

 存在ごと否定される……)


「そんなの……!」


アリスが叫ぶ。


「戦闘にならないじゃない!」


神楽は首を傾げた。


「戦闘だよ」


「ただし」


「“合法な戦闘”だけどね」


神楽は、ゆっくりと歩き出す。


一歩。


その足音が、やけに大きく聞こえる。


「まだ、続ける?」


霊夢は、震える手で符を握った。


(頭を使え)


(この能力……

 万能じゃないはず)


(何か制限が……)


その瞬間、霊夢は気づいた。


(……判断)


(この人、

 “判断”を基準にしてる)


(だったら――)


霊夢は、符を投げずに叫んだ。


「魔理沙!

 私が囮になる!」


言葉と同時に、前に踏み出す。


攻撃ではない。

行動宣言だけ。


神楽の視線が、霊夢に向く。


「権能 インペリティ・マンダトリー」


神楽セカイが、霊夢に命じた。


『前に出ろ』


(……!?)


霊夢の身体が、命令に従う。


(しまった……!)


神楽は、淡々と言う。


「“囮になる”って言ったよね」


「じゃあ、

 最後までやってもらう」


霊夢は理解する。


(言葉すら……

 命令にされる……!)


魔理沙が叫ぶ。


「やめろ!!」


「権能 インペリティ・マジェスティ」


魔理沙の声が、止まる。


逆らえない。

割り込めない。


霊夢は、神楽の目の前に立たされる。


距離、わずか数歩。


神楽は霊夢を見下ろし、言った。


「安心して」


「ここで殺したりはしない」


「大会だから」


「……ただ」


一拍、置いて。


「“戦闘不能”にするだけ」


霊夢は、符を構えようとする。


だが。


「権能 インペリティ・マンダトリー」


神楽の声が、低く響いた。

そして、


「3人で本気で戦って」


世界が、静かに歪んだ。


命令は音ではなく、概念として降り注ぐ。霊夢、魔理沙、アリスの思考が同時に一点へ収束し、迷いも躊躇も排除される。逃げる選択肢は消え、手加減という発想すら違法となった。


三人の魔力が限界まで引き上げられる。符が舞い、星が奔り、人形が展開される。連携は完璧で、過去最高の完成度だった。


だが、そのすべては神楽の前で「処理」された。


攻撃は成立し、威力も十分だった。

それでも結果だけが残らない。


次の瞬間、三人の意識は同時に落ち、完全回復の光に包まれながら、戦闘不能と裁定された。

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イクス神話————光冠に捧ぐ龍の祈り———— イクス @ikus39

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