第12話 圧倒的強者Ⅱ
それでも、戦えていると思っていた
神楽は、まだ動かない。
霊夢の目には、そう映っていた。
距離はある。
弾幕は張れる。
魔理沙も、アリスも、配置につけている。
(……やれる)
幻想郷での戦いは、いつだって直感だ。
危険か、安全か。
勝てるか、無理か。
その「勘」が、まだ叫んでいない。
「今なら……!」
霊夢は空中で体勢を整え、札を構える。
「夢符『封魔陣』!」
札が展開され、地面に円環の結界が浮かび上がる。
封じ、縛り、逃がさないための基本陣。
神楽は、ほんの一歩だけ後ろへ下がった。
(……通った?)
霊夢の喉が鳴る。
「魔理沙!」
「分かってるぜ!」
魔理沙が高度を上げ、八卦炉を構える。
「この距離、この角度……!」
「恋符『マスタースパーク』!!」
光が、森を裂いた。
いつもの威力。
いつもの太さ。
(避けきれない)
霊夢は、そう判断した。
だが――
神楽は、そこにいた。
立っている。
無傷で。
ただ、照射点から半歩だけ、位置がずれている。
「……へぇ」
感心したような声。
「許可したばっかなのにちゃんと攻撃できてるね」
魔理沙が歯噛みする。
「……効いてねぇ」
「でも、避けた!」
アリスが前に出る。
「完全無効じゃない!
動かせてる!」
人形たちが展開され、包囲網を作る。
霊夢も追撃に入る。
「霊符『夢想封印・散』!」
追尾弾が神楽を囲む。
上、左右、後方――逃げ場はない。
(ここで押す!)
霊夢の直感が、まだ“進め”と言っている。
その瞬間。
弾が――
同時に消えた。
「……え?」
空中で、光がほどけるように霧散した。
「今の……?」
魔理沙の次弾が、妙に“軽い”。
「出力、落ちてる……?」
アリスの人形が、動きを止める。
「命令、届いてない……?」
神楽は、首を傾げた。
「不思議そうだね」
一歩、前に出る。
「別に、妨害してるわけじゃないよ」
霊夢の背中に、嫌な汗が伝う。
「ただね」
神楽は淡々と言った。
「君たちの行動が、成立してないだけ」
霊夢は、もう一度札を投げようとする。
――投げられない。
腕は動く。
意思もある。
でも、行為として成立しない。しないで」
「君たちが弱いわけじゃない」
神楽は続ける。
「今はまだ、
戦う権利は認めてる」
魔理沙が叫ぶ。
「だったら、なんで――!」
「でも、全力で遂行する権利までは、認めてない」
霊夢の心臓が、どくりと鳴る。
「さて、」
神楽は、霊夢を見る。
「それでも、来る?」
霊夢は歯を噛みしめる。
「……行くに決まってるでしょ!」
札を構え、低空で突っ込む。
接近戦なら――
一歩、踏み出した瞬間。
身体が、止まった。
(……!?)
前に出るという“選択”が、
霊夢自身のものではなくなる。
「権能 インペリティ・マジェスティ」
神楽の声は、静かだった。
「まだ禁止じゃない。
制御してるだけ」
魔理沙が霊夢の前に割り込む。
「だったら、私が行く!」
高度を下げ、直線突撃。
だが――
神楽は、魔理沙を見ていない。
「権能 インペリティ・ドグマ」
その一言で。
魔理沙の身体が、急停止した。
「……な、に……?」
「君は今、突っ込むべきじゃないよね?」
神楽が、代わりに行動を決める。
「だから、行かない」
アリスの人形が、一斉に攻撃態勢に入る。
「ここは私が――!」
次の瞬間。
人形が、同時に地面へ落ちた。
糸が切れたように。
「そこ管轄外だよ」
神楽は言う。
「このエリアだけ、今は君たちの領域」
神楽は、三人を見下ろす。
「まだ、敗北扱いにはしないよ」
「今は“試用期間”だから」
その言葉に、霊夢の直感が初めて叫んだ。
――これは、勝てない。
でも同時に、こうも思ってしまった。
(……まだ、終わってない)
神楽は、微笑った。
皮肉で、淡々と。
「さあ」
「“本気”を出していいよ」
「ただし――」
「許可が下りれば、ね」
この時点で、
霊夢たちはまだ知らない。
これが
権力支配の“序章”にすぎないことを。
空気が、重くなった。
物理的な圧力じゃない。
魔力の濃度でもない。
――“前提”が変わった。
霊夢はそう感じた。
(……何かが、始まった)
神楽は、ゆっくりと指を立てた。
宣言するでもなく、詠唱するでもなく。
ただ――
世界が、それを待っていたかのように。
「権能 インペリティ・ローフォース」
その瞬間。
霊夢は、自分の中の“常識”が一段、下に落ちたのを感じた。
「勘違いしないで?」
神楽は霊夢たちを見て言う。
「今からやるのは、
“強くなる”ことじゃない」
「“正しくする”だけ」
魔理沙が笑い飛ばそうとする。
「はっ、正義の味方気取りか?」
神楽は肩をすくめた。
「正義?笑わせるな」
「これは“制度”」
その言葉が、霊夢の胸に引っかかる。
(制度……?)
「じゃあ、制度相手に――!」
魔理沙が再び八卦炉を構える。
「ぶち抜く!」
出力は、さっきより高い。
本気の一撃。
だが。
光が放たれる直前、神楽が言った。
「権能 インペリティ・ディクリー」
霊夢の視界で、
マスタースパークが“未成立”になった。
撃たれていない。
打ち消されたわけでもない。
――最初から「発生していない」。
「……は?」
魔理沙が、固まる。
「今の行動」
神楽は淡々と続ける。
「その行動は許してない」
「よって違法とみなされた。」
霊夢は歯を食いしばる。
(“動けない”んじゃない)
(“やってないことにされてる”)
アリスが即座に判断を切り替える。
「じゃあ、法則をずらす!」
人形たちが結界を展開し、
属性干渉を重ねる。
「相性を変えれば――」
神楽は、少しだけ感心したように言った。
「いい着眼点」
そして。
「権能 インペリティ・オーバールール」
結界が、反転した。
火でもなく、光でもなく、
“属性”そのものが意味を失う。
「……なっ」
「相性なんて僕の前では無意味さ」
神楽は言う。
「今この場では」
「“干渉する”という概念が、
弱点になる」
アリスの人形が、自己干渉を起こして崩れる。
「そんな……
世界のルールを……!」
「世界?」
神楽は小さく笑った。
「違う」
「この戦場の、規約」
霊夢は、覚悟を決めた。
「だったら!」
札を構え、真正面から宣言する。
「夢符『二重結界』!」
防御。
干渉を拒否する、霊夢の十八番。
神楽は、それを見て。
少しだけ、声の調子を変えた。
「権能 インペリティ・プロトコル・ゼロ」
結界が、剥がれ落ちた。
「これすごいでしょー、例外ーとか耐性ーとか無効にできるの!」
霊夢の結界は、
“特別である”ことを許されなかった。
「……くっ!」
膝をつく霊夢。
魔理沙が叫ぶ。
「霊夢!」
「大丈夫……!」
息はできる。
意識もある。
でも――――
神楽は、静かに宣言する。
「次」
「権能 インペリティ・アブソルート」
霊夢の思考が、一瞬、空白になる。
(……え?)
「君は今」
神楽が言う。
「立ち上がらない」
霊夢の身体が、言うことを聞かなくなる。
(違う! 立つ!)
意思はある。
命令も出している。
でも。
決定権が、ない。
「判断は、私がする」
神楽は淡々と告げる。
魔理沙が、怒鳴る。
「ふざけるなぁぁ!!」
神楽は、初めて魔理沙を見た。
「感情的反抗だね」
「権能 インペリティ・マジェスティ」
その瞬間。
魔理沙の足が、止まった。
恐怖じゃない。
威圧でもない。
――“逆らえない”。
「……っ」
歯を食いしばっても、身体が前に出ない。
「序列を、理解させてるだけ」
神楽は冷静だった。
「格下は、格上に逆らえない」
アリスが、震える声で言う。
「……それが、あなたの考え?」
神楽は、即答した。
「違う」
「権能 インペリティ・ドグマ」
次の瞬間。
アリスの疑念が、消えた。
「……え?」
「“疑う”という思考が、
今は違法」
霊夢は、はっきりと悟った。
(これは……)
(勝ち負け以前の問題)
(“存在”を裁かれてる)
神楽は、三人を見下ろし、言った。
「まだだよ」
「まだ、負けじゃない」
「これは“通常戦闘フェーズ”」
「本当に終わるのは――」
「君たちが
“戦闘不能”と判断されたとき」
その言葉と同時に、
空間に“線”が引かれた。
見えない境界。
霊夢は直感で理解する。
(……管轄)
神楽が、静かに告げた。
「――ドミニオン」
「ここから先」
「能力の使用は、
私の管轄内でのみ許可」
霊夢の胸に、冷たいものが落ちた。
(逃げ場が、ない)
観戦席で、紫が小さく呟く。
「……これは」
「大会の想定を、
一段階超えてるわね」
だが、止めない。
なぜなら――
ルール上は、合法だから。
神楽は、霊夢を見る。
「さあ」
「まだ、続ける?」
霊夢は、ゆっくりと顔を上げた。
恐怖はある。
絶望も、ある。
それでも。
「……当たり前でしょ」
「ここで引いたら、
エリートスーパーアイドル巫女失格よ」
神楽は、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「いいね」
「その反抗」
「――そろそろかなぁ」
霊夢は知らない。
神楽がちっとも本気を出していないことを————
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