壺神

井中ましら

第一話

 人間は壺が好きなのだと聞いた。

 壺を買えば苦境から救われる、壺の中に罵声を吹き込むことは許される、壺に金貨を入れて埋めればその土地は栄え、なにより壺は人生を救う神から与えられた貴重なアイテムらしい。

 そんな貴重? なアイテム、作った覚えがないんだけれど。

 創世神は自分の神殿に捧げられた数多の壺をみて、いつも戸惑っていた。

 人間が壺大好きならそれでも構わない。

 が、創世神は壺がそんなに好きではなかった。嫌いではない、というだけで。

 装飾があれば綺麗だな、とは思う。それだけだ。

 突き返すのも悪いと思うので受け取っているけれど、思い入れがないので割と放置している。

 なので、たくさんある壺が保管庫のどこからか漏れ、どこぞの地面から発掘されてはまた、神から与えられた貴重なアイテムとして重宝されて更に貢物に壺が増える、という悪循環に陥っていることに気づくのが遅れた。

「お前、壺神って呼ばれているらしいぞ」

 同僚から教えられた衝撃の事実に、創世神は眉をひそめた。

 とても心外だった。極めて心外だった。何から何まで心外だった。

 好きでもない壺を捧げられ、望んでもいない異名がつけられ、神殿には更に壺が増えていく。

 どうにかしてこの流れを断ち切らなければ、壺は増える一方だ。そして、壺神なんて異名は嫌すぎた。

 いっそ、壺という壺を破壊してやろうか、と思ったが「そんなことしたら別の意味で壺神って言われないか? 壺を破壊しまくる神って意味のほうで」とこれまた同僚に言われたので留まった。

 どうにかして自分と壺を切り離したい、と思った創世神は壺を皿に変えてもらうことにした。

 別に皿も好きではなかったけれど、皿は重ねて保管ができる。その意味では壺よりも皿のほうが好ましい気がしたのだ。

 壺は保管するにも場所を取って仕方がない。平たく言えば邪魔なのだ。どうせくれるのなら重ね置きができる平たいものが良い。だったら皿で良いじゃないか、という安易な結論だった。

「なにそれ。お前今度から皿神って呼ばれるだけじゃん」

 同僚にはせせら笑われたが、創世神は神託を下した。

『皿を捧げよ』と。

 人間の世界には衝撃が走った。

 神様は壺が大好きだと信じていたのに、今まで自分たちが信じてきたものを根底から覆されたのだ。

 もしかして、今まで捧げた壺では満足いただけなかったのか、と疑心暗鬼に陥った。

 その年、いつもに増して力の入った麗しい装飾の壺と皿が神殿に届けられた。

 神託があったせいか、各国力を入れて神殿に収まらないほどの数が集まった。

 創世神は困惑しながらも、壺と皿を受け取った。

 受け取ってもらえなかったら神罰が下るかもしれない、どうか気に入っていただけますように、と、職人や職人の家族が泣きながら神殿に助命嘆願をしに来ていたせいだ。

 罰を与える気も殺すつもりもなかったので、受け取らなければいけない気がしたのだ。

「なあ、お前神託で、壺はいらない、と言えばよかったんじゃね?」と、様子見にきた同僚に言われて気が付いた。

 皿が欲しかったわけではないのだから、壺はいらないと言えば良かっただけだった。

 とはいえ、何度もこんな我欲にまみれた神託を下ろすわけにもいかない。

 反省をしながら創世神はしばらく、我慢して壺も皿も受け取ることにした。

 同僚に「要らないのならこれ、ちょっと頂戴」と言われ、快く全部譲ってやったりもしたけれど、やっぱり保管庫に貯まっていく壺と皿の処分に困るな、と思いながら受け取っていた。

 そのうちに、創世神は疑問を抱くようになった。

 なぜ人間は神様が壺を大好きだ、と思うようになったのだろう、と。

 思い返せば最初の頃の貢物は、秋に収穫された食べ物だった。

 年に一度の飲めや食えやの大宴会のついでに、神様にもおすそ分け程度に備えられた食べ物が神様への貢物の定番だった。

 次第に大宴会は祭りと名前を変え、おすそ分けが捧げもの、貢物、供え物と名称を変え、神様への窓口宜しく神殿がたてられ、神殿にそのお供えが集まるようになり、お供えの管理として神官という人間が神殿に住むようになり、神様は神殿にいる、と勝手に住まいを決められ、訂正するのが面倒なので用があれば神殿に赴くことにしていた。

 その過程では壺なんか一度も見たことがなかったはずだ。

 食べ物も特に要求した覚えがない。壺なんか要求した覚えはもっとない。

「どうした? 難しい顔をして」

 同僚が不思議そうな顔で尋ねるので、創世神は諸々の疑問を話してみた。

 なんで壺なんだろう。いつから壺になったんだろう。心当たりが全くない、と。

 すると、同僚は笑った。

「ああ、それ俺が言った」

「は?」

「ほら、たまにお役目で地上に行くとき、暇な待機時間ってあるじゃん。そういうときに人目につかない場所で休んでいたら人間に見つかって、その時たまたま壺の中にいたんだよね。で、誰? って聞かれたから、神様って名乗ったんだけれど、なんで神様は壺の中にいたんですか? って加えて聞くものだから、壺が好きなんだって答えたら、こうなった。でもさ、別に壺をくれなんて言ってないぞ。あいつらが勝手に壺を貢物にしてくるようになったんだ」

 創世神の同僚は破壊神だった。二神で一組、どの世界にもいる。

 他の神は必要に応じて後から生まれてくるが、創世神と破壊神だけは最初から最後まで絶対に一組、どの世界にも存在する。

 破壊神の役目は、人間の成長と発展が歪になってきたとき、調整と称して地上に災害を起こしたり国を滅ぼしたりすることだ。だから、創世神よりも地上に赴く機会が多かった。

「お前のせいか」

「なに、なんか文句ある? あ、この壺、ビジュ良いじゃん。この中にいたら強欲な人間が喜んで持っていきそう」

 集められた壺の一つを手に取って嬉しそうな声を上げる同僚、破壊神の背後に忍び寄り、創世神は破壊神を羽交い絞めにした後、簀巻きにして神殿の軒先にしばらくぶら下げておいた。

「仕事中なので話しかけないでください」と書いた看板もついでなので首からぶら下げておいた。

 さすがに少しばかり破壊神がくたびれたあとに回収し、「そんなに壺が好きなら、今度からお前を必ず壺に入れて地上に送ってやる。遠慮するな、壺はたんまりある。これからも多分、あまるほど貰えるからな」と創世神は破壊神に笑顔で宣言した。

 神様は壺が大好き、という人間の思い込みはその後も一切訂正されなかった。

 壺が好きなのは神様で間違いない。

 ただ、神様は神様でも創世神ではなく破壊神だが。

 神様から与えられた貴重なアイテム、も間違いない。

 破壊神入りの壺が今日も、大きな川の上流に投げ入れられた。

 順当にいけば数日で、この国の首都に流れ着くことだろう。

 破壊神はこの状態を「人間に見つからなければ仕事しなくて良いってことだな」と都合よく解釈し、壺の中で惰眠をむさぼっている。

 ちなみに皿のほうは自分で神託を下したため、その後も黙って受け取っている。

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壺神 井中ましら @inakazaru

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