第4話 憑かれて、騙して、からの……?
目覚めた時には、こんな最悪が待ち構えていたなんて思いも寄らなかった。神様、知っていたなら「君、今日からこんな事がありますよ」って、教えて欲しかったよ。
だって、ここまで体力と共に精神力をゴリゴリと削られるのは初めてだから。
私は内心でぼやいてから、ガタッと立ち上がった。それと共にサッと動き出す彼をギロリと睨めつける。
「トイレですから、付いてこないで下さい」
ピシャリと冷たく告げ、「了解です」と頷かれるものの……彼は、女子トイレの入り口から少し離れた所に佇んで、私の帰りを待っている。
そんな私はと言うと、連れ立った優理ちゃんと共に、入り口の影で彼をヒソヒソと窺っていた。
「めぐ、ほんとにずっと付かれっぱなしだね」
「付かれているって言うか、もはや憑かれているって感じよ。だって、隙あらば可愛いとか、好きだとか、こそばゆい事ばっかり囁いてくるんだもん」
「うわ、想い人だけにはそう言うタイプって事……? めっちゃ良いわぁ」
「良くない」
優理ちゃんの言葉に苦々しく答えてから「これ、本当に三日も続くのかな?」と、尋ねてみる。
優理ちゃんからの答えは分かりきっていたけれど、案の定「続くでしょ」とキッパリ肯定された。
デスヨネェ、とがっくりと落胆する私。分かりきっていたからこそ、余計に頭が重く下に引っ張られる。
「和田センセーもなんで天ヶ崎に? って感じで渋ったけど、あの
「枢木先生ってどんな感じの先生なんだろって思うよね、本当に」
うちとSp科じゃ接点なさすぎて分からないもんね。と、苦笑しながら答えてくれる優理ちゃんに「ね」と相づちを打った所で、五限の準備を促す予鈴が鳴ってしまった。
仕方ないので、二人で影からパッと飛び出し、何食わぬ顔で彼の横を通り過ぎていく。彼もまた、平然と半歩後ろを憑いてきた。
ううう、もう本当に解放して欲しいんだけど。女子からの視線と、「なんで忍足君が、あんなブスに付いてるの?」って言う様な悪口が心に刺さり過ぎて痛いんだもの。
忍足君をチラッと窺った……バッチリと視線が重なったばかりか、フフッと嬉しそうに微笑まれる。
私は慌てて顔を戻し、優理ちゃんの左側にピタッとひっついた。
嗚呼、もう本当になんであの人は私なんかに付いているんだろう。好きとか云々とかも、嘘だって分かっているから……いい加減、やめて欲しいなぁ。
私なんか護る対象に入る女じゃないんだから。
「……もっと可愛い子を護れば良いのに」
「え? なんて?」
思わず、ボソッと零れてしまった本音を奥に飲み込み直してから、私は「ん~ん」と首を横に振った。
「まぁ、流石に帰りの時間で終わるわよ」
うんうんと呪うようにして、自分に言い聞かせた……のに。
「もう帰る時間なんですけど、まだ憑いてくるつもりですか? !」
「Spは、いつ何時でも警護に就くものだよ?」
まぁ、流石に今は見習いの身だから家に送るまでだけどね。と、この上なく残念みたいな顔で付け足される。
いやいや! 家に送るまで、でも充分鬱陶しくて嫌なんですけど! て言うか、普通科の人間にSpなんて本当にいらないし!
なんて、内心では流暢にツッコミが並ぶのに。表の私は絶句するばかりだった。
「めぐ、ガンバ」
優理ちゃんは私に耳打ちして、さっさと所属している剣道部に向かって行ってしまう。
……流石に、帰りは一人になりたい。
もう精神が削られるのは嫌だ! と、私の頭は疲れを吹っ飛ばして、ガーッと思案し始める。
パチパチッとそろばんをはじいては、ご破算し、また一からアイディアを捻り出して最善を見つけ出すのだ。
そうして、ハッと頭に「最善」の文字が灯る。
私はクルッと踵を返し、
「……あの、待ち合わせして一緒に帰るって言うのは駄目ですか?」
「待ち合わせ?」
忍足君は綺麗な顔を少し歪めて、私の真意を探る様に繰り返す。
私はすぐに「そうです」と頷いてから、照れ臭そうな笑みを作って貼り付けた。
「私、忍足君と待ち合わせて帰りたいなって思って。えっと……ほら、待ち合わせって、なんだか特別感があ」
「良いよ、分かった」
私の言葉を遮る程前のめりで、オッケーが出される。
そうかと思えば、「じゃあ、俺、正門で待ってるから」とダッと行ってしまう。
こう言う速さを見ると、確かにSp科でも群を抜いている人なんだろうなって思う。それと同時に、やっぱり私に付く必要性が全く無い人だなとも。
私はやれやれと言わんばかりにふうとため息を吐き出し、肩を落とした。
まぁ、何はともあれ作戦は成功。って事で、早く帰りましょう。
忍足君、騙してごめんね。と、私は彼に心の中で深く謝ってから、そろそろと教室を抜け出した。
そして彼の待つ正門とは真反対にある、裏門に向かって行く。
校舎からかなり離れていると言う不便さと、人通りもない閑静な住宅街にしか繋がっていないと言う事から、使用する生徒が正門よりも極端に少ない門なのだ。
だからこそ、その「穴」を使って抜け出す。
正門からはかなり離れているし、裏門から帰るなんて面倒な遠回りにしかならないけどね。
致し方なしってもんよ。と、うんざり気味に「最悪」とぼやく足を動かした。
裏門をくぐり抜け、一人で閑静な住宅街の方へと入って行く。
もしかしたら憑いてきているかもなんて思って、ちらっと後ろを窺うけれど……やっぱり、と言うか、勿論あのイケメンSpの姿はない。
居る訳がないのよ。如何せん、私が騙したせいで、正門で待ちぼうけを食らっているはずだから。
ごめん、本当にごめん忍足君。と、じわじわとせり上がる罪悪感が心の中で深い謝罪を紡いだ。
その時だった、とぼとぼと一人歩く私の横に黒いバンがキキッと荒々しく止まる。「え、何だろう?」と思う間もなく、私の身体はバンから伸びてくる太い手にずいっと引っ張られた。
「キャッ!」
悲鳴と共に、ざらついたシートに身体を打ちつける。けれど、その音をかき消すかの様に、バァンッと荒々しく後部座席の扉が閉められてしまった。
「よし、出せ!」
聞いた事もない、太い声が荒々しく飛ぶや否や、車はぶぉんっと勢いよくエンジンを蒸かして発進してしまう。
私は自分の陥った最悪に、悲鳴も何もあげられず佇んでしまう。心の中で「どうしよう、どうしよう」と焦りに塗れた言葉ばかりが並ぶだけで、何も出来なかった。
私の横には二人の見知らぬ男、そして運転手。それぞれ全く違う容姿に、顔をしているけれど……恐ろしく怖い人と言うのは共通していた。
「人通りが少ない所を一人で帰るなんて、君、警戒心が薄すぎるよぉ」
右側の男が、ニヒヒと嫌な笑みを浮かべ、ねっとりとした口調で声をかけてくる。
すると左側の男が「でも、そのおかげで俺達は君を誘拐出来た」と上機嫌な笑みを飛ばした。
「運良く、君が出て来てくれて良かったよ。待ちぼうけで終わらずに済んだからさ!」
ギャハハッと飛ばされる笑みに、私はカタカタと震えだしてしまう。
「おっと。そんなに怖がらなくて良いよぉ、お嬢ちゃん。私立名門校に通わせる財力のある君の家に電話してたんまり金を貰った後に、解放するからさぁ」
安心しなよぉ。と、右側の男が私の右肩に手を置く。ブレザー越しでも、気持ち悪さがゾクゾクッと全身に這いずった。
「ま、待っている間は暇だから、お楽しみの時間があるかもしれないけどな」
運転手の男がギャハハッと笑いながら、私の恐怖を助長する一言を差し込んでくる。気持ち悪さの中に、冷たい恐怖が雷の如くドンッと落ち、駆け走った。
私はキュッと身を縮め、ぎゅうっと目を瞑る。
フッと、忍足君の姿が脳裏に浮かぶ。けれど「嗚呼、そうだ」と、彼にした仕打ちを思い出した。
私のせいで、忍足君は助けに来られない。それなのに、彼に助けてと思うなんて……都合が良すぎるわ。
ぶわりと広がる罪悪感と最悪が、浮かんだ彼の姿を消していく。
私はキュッと唇を噛みしめた。
……誰か、助けて。お願い、助けて。
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