第3話 何故、いる?!

「うっそ、マジで!」

 朝一番、チャットアプリであれやこれやと詰められていた優理ちゃんに会って話すと、優理ちゃんは大絶叫した。(これは文字で残したくなかった私のせい、だから朝話す時まで待ってもらっていたのだ)


「あの、忍足十影から呼び出された! ? それに告白された? ! 良いなぁ、羨ましいぞ! めぐぅ!」

 優理ちゃんは興奮気味に、うりうりと肘で私を突いてくる。

 私は「辞めてよ」と腕でガードしながら、「って言うか、あのって?」と尋ねる。


「優理ちゃん、彼の事を知ってるの?」

 接点、全くないじゃん。と、目を丸めて付け足すと。「当たり前に知ってるわよ!」と激しく突っ込まれた。

「うちの学校で一番って言って良い位の有名人だもん! 一年ながら、今のSp科最強を謳われる程の実力! 芸能科に負けじ劣らずの容姿! そして滅多に笑わず、周りにも素っ気ない態度を取る孤高の狼タイプ! そんなクールな所が堪らないと女子から人気を博すけれど、彼の前ですぐに沈んだ船は数えきれないのよ!」

 つらつらっと、私の知らない「忍足十影」情報を挙げられる。


 でも、「へぇ」としか言い様がないし、それを聞いちゃうと本当に思う。


 どうしてそんな凄い人が、私なんかにあんな事を言い出したんだろうって。

 いや、もう「そう言う罰ゲームを課せられている」としか思えなくなってきたわ……。


「だから凄い事なのよ、めぐ! それで、それで! ? 返事は勿論、オッケーよね!」

 優理ちゃんが、興奮気味にまくし立ててくる。


 私は「ううん」と首を振った。その瞬間「はあっ?」と、非難がましい声が噛みついて来る。

「なんでそんな事するのよ! ? 勿体無い!」

「だって、よく知らない人だよ。それに、いつものパターンとしか思えないもん」

 私はんだってば。と、本音を打ち明けると、猛々しく昂ぶっていた優理ちゃんがしゅんしゅんと鎮まっていく。


 優理ちゃんとは、小学校の頃からの仲だ。だから当然、今までの私の恋の遍歴も知っている。

 優理ちゃんは「千愛さんかぁ」とポツリと呟いてから、「でもさぁ」と続ける。

「忍足君は、そんな人じゃないと思うんだよね。女子には男子以上に冷たいし、一途なタイプに見えるしさぁ」

「分からないでしょ、そんなの」

 ピシャリと打ち返し、共に校門をくぐろうとした時だった。


 私はヒッと息を飲んで固まり、優理ちゃんは「あぁっ!」と黄色い悲鳴をあげる。


 なんと、私の視線の先に彼が、忍足十影君が佇んでいたのだ。私を見るや否や、柔らかく相好を綻ばし、「おはよう、愛望さん」と声をかけてくる。

 一気に周囲の女子から悲鳴と刺々しい囁きがあがる。それが須く、私の全身に突き刺さるものだから痛すぎる。


 私は「お、おはよう」とぎこちなく挨拶してから、ぽうっと呆ける優理ちゃんを引っ張って大衆の眼差しと彼を切り抜けようとした。

 素早く歩いているはずなのに、針のむしろに座らされているみたいで心地が悪過ぎる。


「ちょっと、めぐ。良いの? あれ、めぐを待っていたって」

「馬鹿言わないでよ、優理ちゃん」

 優理ちゃんの言葉を遮って、呻く様に告げた。


 そしていつもより足早に学校内に入って行く……が、何故だか、後ろの囁きが鎮まらない。背に貫く矢も増えていく一方だ。


 なんで? と、チラッと肩越しに後ろを窺う。

 刹那、私はギョッと固まってしまった。足を止めてしまいそうになったけれど、辛うじて働く理性が前に足を動かしてくれる。

 理性しか動けなかった事象の正体。それは、忍足君が、私の後ろをつかず離れずと言う絶妙な距離感で歩み続けてくるのだ。


 もう、何なの! ? 

 内心で悲鳴をあげるや否や、足を更に加速させ、優理ちゃんをぐいっと引っ張って中へと入っていった。

 普通科のある棟とSp科のある棟は違う。校舎にさえ入ってしまえば、もうこんな目に遭わなくなるはず!


 私はふうと安堵を吐き出し、優理ちゃんの腕から手をゆるゆると離した。

「もう、めぐってば。早く歩きすぎだよ」

 朝なのに、もう疲れたぁとぶつけられる不満。

 内心で「私だって疲れたよ」と言う不満が零れるけど、振り回したのはこっちだから甘んじて受け入れる。

「ごめんね」

 切らした息を小さく吐き出してから謝ると。優理ちゃんは「良いよ」と笑みを向けてくれた。


「それにしても、急に何だったんだろうね」

「知らない、けど最悪な朝って言うのは間違いないわ」

 私は呻きながら答える。


 優理ちゃんは「でも、これでめぐの注目度が上がったね」とポンッと軽やかに、私の肩に手を置いて言った。

「ほんっとに嫌過ぎる」

 もうこれきりにして欲しい。と、強く祈る。本当に、心の底から祈る。

 けれど、脳裏にじわじわと、テカテカと白く光る顔をニタァと綻ばせる千愛が蘇ってきた。


「外堀から埋めていくタイプって、本気で落としにかかっていくから。十影の本気はヤバいよぉ」

 ……うーん、嫌な予感がする。


 私の心中にもわもわと暗雲が広がっていく。その分厚い雲の侵攻を止められないまま、廊下を歩いた。

 段々と、雲の色が黒くなっていく。


 何故だろう、一向に薄れないのは。どうしてだろう、一向に太陽が現れてくれないのは。


 悶々としながら、教室の前に立った。

 そうして優理ちゃんがガラッと勢いよく教室の戸を開けた、その時だった。私はギョッとして固まり、優理ちゃんは「ウッソォ!」と再び黄色い悲鳴をあげる。


 なんと、普通科の教室に……しかも、私の席の傍らに彼が、忍足十影君が立っているのだ。


 彼は私を見るや否や、ニコリと柔らかく顔を綻ばす。

 刹那、私はダッと駆け出し、振り切ったはずのSp科の人間を問い詰めに行った。

「ここ普通科の教室なんですけど! 何してるんですか、なんで居るんですか!」

 早くSp科の教室に行って下さい! と、ビシッと窓の外、乃ち、Sp科が入っている棟を指さした。


 けれど、彼は柔らかな笑みを浮かべたまま動かない。

「今日から三日間、実践的な護衛って言う実習が入っているんだ。だから君を護衛する為に、ここに居るんだよ」

「普通科の人間に護衛なんていりません!」

 私はピシャリと一蹴し、「そもそも、こんなの実習にならないって、先生が許さないでしょ!」と至極最も過ぎる反論をぶつけた。

 すると、彼は

「俺の担任は、恋愛推進・至上主義のとってもやさしい先生なんだ」

 懐から取り出し、ピラリと広げた紙を私の眼前に突きつける。


 私の目がピキッと見張られ、口が馬鹿みたいにあんぐりと固まった。突きつけられたのは、「実習許可証」なるものだったから。しかも「護衛当人または関係者の許可」と言う欄に、姉の千愛の名前が綴られていた。


 なっにを考えてんのよ、お姉ちゃんは! 馬鹿じゃないの! 私は芸能人じゃないんだから、身を守って貰う危険なんてある訳ないのに! 大体、この人も私を護衛対象にするなんておかしいし、許可する先生も先生なんだけど!


 内心で怒りに塗れた叫びが弾ける……でも、表の私はどうにも避けられない現実にふるふると震えるしか出来なかった。


 怒髪天を衝くと言う沸点を越えてしまうと、人って己の無力を感じる事しか出来なくなるんだよ。うん、本当にそうだよ。

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