第9話 存在してはいけない存在

「……わからないわ」

「は?」


リセラは真剣に考え込んでいる様子だ。いつもと違い、適当なことを言ってる雰囲気ではない。


「…あれを見極めるために存在しているんじゃなかったのか?」

「…そりゃそうだけど、ありえないことが起こってるわ」

「ありえないことが起こってるというは具体的にはなんだ?」

「ちょっと待ってね。整理するから…」


リセラは両手で頭を抱え、眉間に皺をよせ、必死で考えている様子だ。


「…整理がつかないわ。思いついた順番に話すけどいいかしら?」

「ああ、それは構わないが」

「まず前提の確認からね。あの子が5年前に南大陸で起こった異変と同一人物なのは間違いないわ」

「やはりあの少女なのか…? あの大陸で半年間暴れて回っていたという…」

「ええ、いまは厄災の気配が薄くなってるけど、私は観測者としてそれは間違えることはないわよ」

「まあそこは信用しているが…」


人間化してからあまり信用できなくなったが、観測者の力に関しては絶対的な信用がある。この5年間そうだったからだ。誰よりも異変を早く察知し、それを外したことはない。


「次に観測者と厄災の基本的な法則について復習よ。観測者と厄災は1対1の関係。観測者がいれば必ず厄災も起こっている。逆もしかり。この世界における"因果の帳尻"を保つための最低限の制御、それがこの仕組みなのよ。」

「加えて、そもそも厄災とは、不均衡になったものを均衡に戻すための世界への干渉。それがこの世界の絶対的な法則。そうだったな?」

「ええ、そうよ。私みたいな存在がぽんぽん生まれたら世界に影響が大きすぎるからね」

「ああ、そこまでは問題ない」

「それじゃあ、おかしいと思う理由をあげていくわね。まず1点目。厄災が人間として生まれてくること。これは前例がないの」

「過去の厄災は、強大な魔物、自然災害、疫病などだよな? 現在発見されている最も古い文献だと悪魔が出て人間社会を混乱させたという伝承も残っている」

「そうよ、それは合っているわ」


観測者はある程度、過去の情報を持った状態で生まれてくるらしい。生きる歴史がここにいるのだ。誰よりも信用できるだろう。

この5年で、エルネストは世界の仕組みについてリセラからいろいろと教わっていた。それ話していいのか?という内容もあったが何も起こっていないので大丈夫なのだろう。


「2点目よ。観測者が同時に2人存在すること。あの子からはやっぱり観測者の力も感じるの。それも抑えているみたいだけどね。私とあの子で観測者が2人。これは基本的な法則を破ってるわね」

「じゃあ、あの少女は厄災でもあり観測者でもあるってことか?」

「そう。それが理由の3点目。厄災と観測者を同時に兼ねて生まれないこと。厄災が同時に2つ発生してそれに応じて観測者も2つ発生する。それなら基本的な法則は破るけどまだ理解できるわ、不均衡な対象が同時に2つあるってことで。でも1つの存在がその2つを兼ねるなんて…、これも基本的な法則を破ってるわね」

「……それはまた…」


話を聞いていくうちに、エルネストの表情が徐々に険しくなっていく。

5年前は何かがおかしいと感じるぐらいだったが、本格的に事がはじまり、あの少女と接触することで明らかになってきた。


「そして、最後4点目。命令がされていないように見えることよ。意思を持っているのがおかしいのよ」

「それはどういうことだ…?」

「厄災とか観測者っていうのはね、使命のようなものを与えられるの。命令みたいなものね。それに従って動き、使命を果たせば消える。そんな存在なのよ。でも、あの子は何か命令されている様子がないのよね」

「リセラは何か命令されていたのか?」

「ええ、5年前に生まれた時、あの子を観測し調整するように命令を受けたわ。人間化した今でもその命令は刻まれたまま。あの子が消えてから長い時間が経ち薄くなってはきてるけどね」

「なるほどな…。じゃあ、あの少女が何も命令を受けていないと考えるのは不自然だな」

「あの子って何か極端な思想を持っていたりしない? こういう人間は嫌いなので滅ぼす!とかないの?」

「いや、すごく落ち着いた子だぞ。…対等に取引できる善人を探しているみたいだったが」

「それは手がかりになるかもね。厄災が人間として生まれた前例がないから確証はないけど、命令があるなら本能として働くと考えられるわ。でもあの子はそれを理性や意思で抑えているようにみえる。これもありえないことの1つね。本能を抑えるなんて普通はできない」

「確かにそうだが…。結局のところ何が問題になるんだ? 型破りで特殊な存在だということはわかったが…」

「あのね? 仮に厄災が命令も受けておらず意思を持って動いているとするわよ?     どういうことかわかる? あの子の気分次第ってことよ? さらに終わりが定義されない可能性があるわ」


エルネストはものすごく嫌な予感がする。確かめたくないことだと思いながらも確かめざるをえない。


「……なんでそうなるんだ…?」

「厄災ってね、終わりを定義しないといけないの。終わる条件を指定するっていった方がいいかしら?」


(始まりがあるなら、必ず終わりもある。そうでなければ、均衡は永遠に壊れたままだな)


「終わらなかったら厄災のせいで均衡がまた崩れるでしょ? そうでなくても予想しない事態が起こって崩れたりするんだから。それをうまく調整するための観測者よ?」

「命令を受けていないなら、いつ終わるのかわからないし、そもそも何をするのかもわからない、こちらも何をしていいのかすらわからないじゃないか」

「だから最初に"わからない"、って返答をしたの」

「……」

「厄災が人間として生まれてくるっていうのは、まだ前例がないで片付けられるわ。いままでそういう厄災を起こす機会がなかったってだけで、今回はじめて顕現したと考えれば理解はできる」

「…」

「でも他の3点は絶対的な法則に近いのよ? 観測者と厄災は1対1の関係で1つの存在が1つの役割を担当する。同じ存在が同時に2つ以上は存在しない。使命を受けている。この3つを同時に破るってことは単に前例がないって話じゃ済まない。世界の法則を破っているに等しいわ。私の観測者としての知識と矛盾する。だからおかしいの、わからないの。——世界が歪み始めてるかもしれないわ」

「……神が狂ってきていると?」

「神ってのは、世界の理そのものよ。だから狂っているとすれば、世界そのものが自壊を始めてるってことになるわ」

「………なんてことだ…」


エルネストは思わず頭を抱え込んでしまった。

厄災やら観測者やらとんでもない連中と関わってきた。

当時はとんだ災難だったと思っていたが、まさか世界自体がおかしくなってきている可能性があるだと…。

もうこれはエルネスト一人で抱え込める案件ではない。

本当に国を、下手したら世界を巻き込んで対応しなければならない。


そんな状態のエルネストにリセラが追撃する。


「それにね、私が消えていないのが変ってこともこの5年ですっかり忘れてたわ。いつ消えるのか予想もできなくなってきちゃってるわよ。あの子がそもそも観測者と厄災の両方を兼ねてるなら、なぜ私が観測者として生まれたのか? それも謎なの。もしかすると私も例外なのかもしれない。人間化した観測者なんていないから。罰則を受けていないこともおかしいわ」

「罰則とはなんだ?」

「使命を果たそうとしないと罰則があるはずなの。基本的には権限を剥奪して消滅させるわね。過去に調整がうまくできずに消滅した観測者がいるみたいなの。すぐに新しい観測者が生まれたけどね。普通はこんな罰則を受けることなんてないわ。でもね…」


リセラは普段使ってなさそうな頭をふんだんに回して疲れたのか、紅茶を一気に飲んだ。


「あの子は5年間のあいだ何をしてたのかしら? 南大陸で暴れて終わったんなら役目を終えて消えるはずなの。でも5年後に現れた。育てられたって言ってたなら一度消えて再度顕現したのではなく、ずっとこの世界に残ったままだったってことじゃない? なら私が5年間観測できなかった理由は何? …5年間、観測しようとしていたわけじゃない。でも、何も"引っかからなかった"のよ。普通はね、異常があれば"かすり"ぐらいは感じる。気配、波動、乱れ…何もなかったの。まるで、存在そのものが観測範囲の外にいたみたいに。さらに、時間差で再稼働したのならば使命を果たすはず。今度は北で暴れ始めたっていうならまだ納得できるわよ。でもその気配もない。私もあなたと長く付き合ってるけど何の罰則もなし。こんなに人間に干渉しているのにね。観測者が直に人間社会へ干渉するなんて御法度のはずよ。もう、とりあえずおかしいことだらけなのよ! 考えれば考えるほどおかしくなるの!」

「わ、わかった! わかったから落ち着け!」


エルネストは考えすぎて混乱しているリセラを宥める。


「とりあえず、おかしいことが多々起こっていることは理解した。それで問題はこれからどうするかだ。まずあの少女をどうするか? リセラ、お前もどうするか考えないといけないな。死ぬまで消えない可能性も出てきた」

「まず、私は問題ないでしょ?」

「問題ありだ。見た目は人間化したとはいえ、力をつかっているときは人間ではないとわかる。ただでさえ、俺たちはなんでそんなに異変を察知できるのか上から不思議に思われてるんだぞ? 誤魔化すのも限界に来始めている」

「私はバレても他国から来た変わった能力をもってる令嬢、とかでまだいけるでしょ? いざとなったら力を使わずに普通の人間として接すればいいわ。あの子の方が問題よ」

「具体的には、厄災であることが問題なんだな?」

「そう、私は観測者としての役割しかない。だから私が暴れ出すとかはないわ。でもあの子はわからないから怖いのよね」

「……わかった。リセラもあの少女をどうしていいかわからないってことか?」

「そうなるわね」

「直に会って調べさせてもらったりできないのか? 直接身体を調べたらわかることもあるんじゃないか?」

「それはできないわ」

「なぜだ?」

「厄災と観測者って連結、連動した存在なの。鍵と鍵穴みたいな関係と同じよ。私と会ったらあの子の本能を刺激する可能性がある。観測者や厄災にとって命令っていうのは、本能に近いものなの。自分の意思とは関係なく、勝手に動いてしまうような命令なのよ。観測者がいるってことは厄災としての使命が終わっていないと認識するはずなのよね」

「…またやっかいな話だな。じゃあお前とあの少女は会うとマズいじゃないか。それなのに両方とも人間になっている。意思でいつでも会うことができる。うっかり道端で会うかもしれない。危なすぎるな」

「私が本気だして力を全力で抑えて会えば大丈夫かもしれない。でも大丈夫じゃなかったときどうなるかわかる?」

「…どうなるんだ?」

「私とあの子の戦いことになる可能性が大ね。観測者と厄災の戦いよ。北大陸が更地になるわね」

「……なぜそうなる?」


エルネストは最悪の自体を予想できた。こんな人外同士が戦いはじめたら全力で逃げる以外の選択肢がない。


「あの子を意思をもった厄災と仮定するわね。何を対象に厄災として降りかかるか、あの子は選択できる。もし私と出会ってあの子が私を敵だと認定した場合、私が厄災の対象になる。観測者が厄災の対象になるのよ? 私は抵抗しようにも、観測者の使命って厄災の調整だからね? 私を倒せないなら倒せるくらいにあの子を強化しないといけないの」

「………」

「そうしたらどうなるかしら? 私は消えるかもしれない。でもまた次の観測者が即座に生まれる。あの子には観測者が厄災の対象であると残ったまま。さて、どうなるでしょう?」

「…お前が消えたらあの子は厄災として役目を終えるのでは…?」

「意思で動いている以上、終わりがわからないって話をしたわよ?」

「……この世の終わりか…?」

「そうなる可能性がある。それなのに試しに会ってみるってできる? 危険すぎるわね」

「……じゃあ会うことはしない方がいいな…いや会ってはダメだ」

「そうでしょ? だからあの子と会って直接調べるのは控えるわ」


なんという状況だろうか。一体どうしろと?

とりあえずリセラはなんとかなるだろう。

しかし、あの少女、アイをどうしたらいいのか答えがでない。

これは、国家を、いや、世界そのものを揺るがす"警告"なのかもしれない。

まずは、班を全員集める。それが最初の一手だ。











もう…俺だけの問題では済まない。

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