第7話 異常なる日常

(勘違いじゃなかった! え? この子自分で異常だって認めちゃってるけど? 自覚あるってこと? なんでそれで北にくるの? え? どういうこと!?)


カイルは思考が停止しそうになった。いや混乱したと言った方がよい。

なぜ?

考えれば考えるほど、おかしいことが多々あることに気づく。


なぜ北大陸にくるのかの目的。聞いていない。

なぜこの大陸の魔物たちを蹴散らせるのか。聞いていない。

一体誰に育てられたのか。聞いていない。

この5年間、何をしていたのか。聞いていない。

この子は本当に人間なのか。聞いていない。


聞いてはいけないこともあるだろう。だが、人間に会うのがはじめてという少女にカイルは距離感がわからなくなっていた。


(いや、そんなことを聞くのは組合に戻ってからでいい。まずはこの子が自身を異常だと認めているんだ。理由を聞かないとだ)


「あー、それはなんでそう思うんだ?」

「私がこの日、北へ向かうことは事前に通知されていました。この大陸の"上"から統制が取られて魔物たちは手を出さないように命令されています。特殊な結界も貼られたようです。そのように聞いています。それが異変だというならその原因が私だという可能性は高いでしょう」


(ツッコミどころが満載なんだが。 "上"って何? なんで北へ向かうだけで大陸中が警戒体制になるの? やっぱり5年前に暴れてたのこの子じゃねえかよ!)


「そういうことだったのか。なんだ。どうりで魔物たちが動かないはずだ。それで...聞いていいかはわからないが嬢ちゃんはなんで北大陸へ行こうとしてるんだ? 差し支えなかったら教えてくれ」


(これだけは聞いておきたい。「人間をぶっ殺すためです!」とか言われたらどうしよ? 逃げていいかな? 逃げていいよね!?)


「おじいちゃんが私を人間として育ててくれました。なので人間社会へ入った方が良いという気遣いです。あとは私が何者なのか、自分でもわからないのです。それでその答えは南にはありませんでした。それを探しに北へいきます」


「……自分探しか。そりゃまた難儀な話だな。わかった、それに関してもできるだけ協力しよう。古い文献をもっているやつもいるし、あてもあるからな」


「それは助かります。良い出会いに恵まれたようです。幸先が良いですね」


「それはよかった。ところでおじいちゃんって誰だ? 親がいるのか?」


(この子の祖父? 人間なの? …やべえ、どんな化けもんなんだ)


「両親は元々いません。育て親は龍のおじいちゃんです」


(龍ってマジでいるの? 俺が戦ってた魔物ってやっぱりあれで雑魚なの? 頭痛くなってくる。さっさと北に帰りてえ。ダメだ、聞けば聞くほどおかしくなる。これ以上、踏み込むのはやめよう!)


「伝説の龍に育てられたのか…すげえな嬢ちゃん!」

「ええ、優しいおじいちゃんです!」


(龍って優しいの? じゃあ何か? この子を怒らせたらもれなく龍が殴り込みにくるの? ああ…エルネスト、俺たちとんでもないのにかかわっちまったぜ)


「そうか、こんなしっかりした子に育つんならすごいおじいちゃんだな。俺は応援するぞ! 人間社会は慣れないかもしれないが困ったり悩んだら俺たちに相談してくれればいい」

「ありがとう」


少女はかなり嬉しそうだ。不安だったんだろう。めっちゃ良い子に見えるんだがなんでこんな運命を背負ってるんだろうか。


「それじゃあ、とりあえず俺たちの班の場所にいくか。いつもいる場所があるからそこで話の続きでもどうだ?」

「ええ、ではお言葉に甘えます」

「ちょっと遠いからしばらく旅になると思う。途中でいろいろ寄るけどそこは我慢してくれるか?」

「旅は過程も楽しむものだと聞いたのでそれも良さそうですが、カイルさんは報告を急ぐのではないですか? どれくらい離れてるのでしょう?」

「俺が全力で走っても3日はかかる場所だな。北部になる。歩きでいくと数ヶ月はかかってしまうな。急いでいっても1ヶ月はかかるだろう」

「それは少し遠いですね。私もここ3日間疲れたのでゆっくりしたいです。なので急ぎましょう。転移で移動します」

「え? 転移?」

「空間魔法です。北ではあまり一般的ではないかもしれません」

「いや、一般的でないというか…そもそも使えるやついないというか…今の時代」


やっぱりとんでもない少女だった。カイルは本当に頭が痛くなってきた。

そういう魔法が存在することは知っているが、知っていると使えるは違う、使えると使いこなせるも違う。

知っていると使いこなせるの間には途方もない差があるのだ。


「そうでしたか。移動が楽で便利ですよ」

「それはそうだが……。嬢ちゃん、あまり他の人には言わない方がいいな」

「わかりました。では他の人間がいるところでは控えます。どっちの方角ですか?」

「あー、あっちだ」


カイルは来た方向を示す。


「転移するので都度、方向を示してください。見える範囲であれば間違えないでしょう」

「ああ…わかった」

「では、いきます」


少女が魔法を発動させる。

結果、10分で組合まで帰ることができた。


「マズいなぁ、知られるとマズいやつだ」


カイルはぶつぶつ言っている。


「思ったより早く着きましたね」


少女はさも当たり前かのように感想を述べる。


カイルは覚悟を決めていたはずだったがまだ足りなかった。


こっちの意味でも危険かと。

優秀すぎる、有益すぎるという意味で。


こんな魔法を平気で使いこなす少女。

世界中でこの少女の取り合いが始まる。

揉める。


もしこの少女が俺の予想通りなら……厄災であれば、下手したら戦争になる。



特別依頼処理班の部屋。

リセラと関係している以上、あまり人の多い場所に拠点を構えられない。

北の森から近い家を借り、そこを拠点として使っている。

そこの一室でカイルはエルネストに会っていた。


「エルネスト、報告がある」

「あれ? カイルか? どうした? 南大陸に向かったはずだったが」

「ああ、行ってきた」

「ん? まだ3日しか経っていないぞ? 往復するなら最低でも6日はかかるはずだが…」


カイルの顔は真剣そのものだ。普段は適当なところもあるカイルだが、これまで仕事でいい加減なことをしたことはないし、嘘の報告などしたこともない。


「エルネスト、ダメだ、あれはダメだ。下手したら戦争になる!」

「お、落ち着け! …何があった?」

「3日かけて南大陸にいったんだ。異常が何かも発見した。だがそんな簡単な話じゃなかった。俺の手に負えねえ。いや組合の手にすら負えねえ案件だ」


南大陸に行った。異常も発見した。さすがカイルだ。最速で仕事をこなしてくる。だがそうすると時間が合わない。1日もかからずに戻ってきたことになるからだ。


「そこまではいいが、どうやって戻ってきたんだ? なんかすごい魔法でも隠し持っていたのか? お前の家系を考えたら不思議ではないが」

「その異常な少女が使えるんだ。転移を」

「んん? すまん、話が見えん。少女? 転移? なんのことだ?」


カイルはやっと少し落ち着いてきたのか、最初から説明した。

南大陸が厳戒態勢になっていたこと。

異常の正体は人間の少女だったこと。

その少女が龍に育てられたこと。

その少女は自分が何者かもわかっていないこと。

それを探して北へ来たこと。

空間魔法を使えること。

それを使って帰ってきたこと。


報告の一部始終を聞き終えたエルネストは頭を抱えた。


「……なんだか、よくわからない状況になっているな…」

「あぁ、俺も頭が痛いぜ。とりあえずあの嬢ちゃんをどうするか決めないといけないだろうな。俺たち二人だけでなく、他の班員も呼んで全員で話し合うべきだと思うがどうだ?」

「そうだな。あいつらなら...話して大丈夫だと思うが巻き込むのも気が引けるな。まずは俺が"上"に報告をしてくる。何か指示があるかもしれんからな」

「それがいいだろうな。報告するんならその前に一旦少女に会った方がいいんじゃないか? 情報が必要だろう?」

「それはそうだが...その少女とやらはどこにいるんだ? 手に負えないからその少女から離れて報告だけしに来たんじゃないのか?」

「一緒に帰ってきたって言っただろう?」

「…」










「その少女なら隣の部屋にいるぞ」

「…っ!?」

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