第6話 穏やかなる脅威

「…あ……の……な…あ…」


エルネストはうんざりした。考えるのをやめたかった。5年前を思い出したからだ。この5年間、順調に仕事をこなしてきた。いままでの人生でいちばん充実感があった。リセラの力に頼ってきたかもしれないが、最近はそれ以外にも王侯貴族や他国から依頼が来るようになっていたんだ。


ここにきてまた大問題を抱える可能性ができてきた。いや、リセラがいる以上、真正面から関わることになろうだろう。


「……やっぱ聞かなかったことにしていいか?」

「ダメよ! 南大陸に調査しにいかないと。しかもなんかおかしいのよ。やっぱり5年前に感じたことは間違いではなかったわ」

「はあ…うんざりするな…。で、何がおかしいんだ?」

「厄災の気配が薄いの。暴れてるような雰囲気じゃないのよね」

「北大陸にきてから大暴れするとかじゃないよな?」

「その可能性もあるわね!」

「……」


嵐の前の静けさ。そんなものではない。厄災の前の静けさ。何かとんでもないことが起こる。嫌な予感がしてしょうがない。だが…


「いまは面倒な依頼を受けている途中なんだ。俺は手が離せない。他の誰かにいってもらうか」


だが、あの南大陸だ。下手な奴には行かせられない。危なすぎる。となると、選択肢は一つしかない。


「カイルは…この時間ならまだ組合にいるだろう。相談に行ってくる。最悪の場合は、俺が行くしかないが」


カイルとは5年前に南大陸に行った経験がある。エルネストとカイルはあの大陸から2回生き残って帰ってきているのだ。今回も生きて帰れる保証はないが、それでも一番安心して任せられるのはカイルしかいなかった。



組合にて。


「カイル」

「お、エルネストじゃねえか。どうしたんだ? 朝っぱらから」

「緊急で相談だ。また南大陸で異変が起きた」

「……聞かなかったことにしていいか?」

「やっぱそういう反応するよな? だが、"上"からの依頼なんだよ」

「……おいおい、マジかよ…。で、俺に行って欲しいと?」

「俺が行くべきなんだが、いま公爵からの依頼を受けていて抜けられない。今日も打ち合わせがある」

「あー、それは抜けたらちょっとやべえことになるな」

「そうだ、他に安心して頼める奴がいないんだ。もちろん前回と同じで命最優先だ。今回は深いところに行く必要はないだろう」

「ん? そうなのか? それで異変とやらがわかるのか?」

「北大陸に、こちらに向かっているそうだ」

「……やっぱり聞かなかったことにしていいか?」


カイルもエルネストと同じ反応だ。そりゃそうだろう。同じ経験をした者同士だ。たとえ気が合わない者同士でも同じことを思うだろう。


「エルネスト、それってさあ、5年前と同一のやつなんだろ? あの南大陸の魔物たちを半年間も蹴散らし回ってたやつだろう? 俺、遭遇したら間違いなく死ぬんだが。生きて帰るの無理じゃね?」

「いまは暴れたりしていなくておとなしいらしい」

「マジで信用できねえなそれ。機嫌損ねたら終わりじゃねえか」

「遠目でいい、どれくらい離れていても探知できる?」

「本気を出せば2、3km離れていても可能だろう。そんな強いやつなら魔力は隠せないだろうからもっと離れていても大丈夫だ。小さい魔力なら無理だが、5年前のあれみたいな魔力だったら可能だ。だからお前と会うことになったんだからな」

「"上"が直接動けたら話は楽なんだが、そうはできないらしい。俺が行くべきなんだが。約束は延期してもらえるように連絡するしかないか」


"上"からの指示は絶対であり最優先だ。表には出せないが裏の代表である。最近はポンコツになってきてるが気がかりだが…。


「わかった。俺が行くよ。ちなみにどんなやつかわかってるのか? 魔物だろう?」

「その辺が"上"も歯切れが悪くてな、よくわからないらしい」

「強すぎて正体がわからないってか。でも人間だと考えるには無理があるだろ? 魔物なら...それなら遠くから探知できるから大丈夫だ。明らかにおかしいなら踏み込まずに帰ってくるとするぜ」

「それでいい。お願いできるか? 何かおかしい点があればすぐに帰ってきてくれ。来週なら俺も時間が空く。そのときは再度、俺が調査にいくとしよう」

「なら俺がひとっ走り行ってくるか。とりえず向こうまで3日はかかるから、8日以内には帰ってくる。それで帰ってこなかったら何かあったと思ってくれ」

「わかった。カイル、頼む。死なずに帰ってきてくれ」

「大丈夫だ。俺も5年前からさらに強くなったからな。油断しなけりゃなんとかなるだろう。今回は一人だしな。南大陸のあいつらも手加減してくれるさ」


エルネストは苦渋の思いだった。これでカイルに何かあれば後悔するだろう。だが、それ以上にカイルの力を、仲間を信じることにした。


「じゃあ、いまから行ってくるぜ」


カイルはそう言って、南大陸へ向かっていった。



「は?少女?」


これがカイルと少女の出会いだった。

人間でしかも魔力を感じない、カイルの意表をつき能力も完全に殺していた。これが魔物だったら俺は後ろから狙われて終わっていただろう。


異変はあった。南大陸に足を踏み入れても魔物が襲ってこなかったのだ。どの魔物も警戒して動かない。何に?決まっている。今回カイルが探している"異変"という化けもんだ。


超大型の魔物。龍の可能性だって考えた。図体はでかいのに姿を隠して襲ってくるやつだって考えた。見えないくらい速く動くやつも考えた。だから全力で探知しながら警戒していたのだ。だが、魔力を、存在を消した人間の少女だとは夢にも思わなかった。


「こ…こんにちは」


詰んでいた。この少女が無害の可能性にかけるしかなかった。


「…こんにちは」


少女は微笑んで言った。


(いい子か!? いい子なのか!? この子が5年前暴れまくっていた張本人か? 信じられねえ!)

(この子以外にありえねえ。盲目で杖をついていて魔力を感じない少女。普通の人間ならとっくに食われているはずだ。なのにどの魔物も警戒している。この状況が何よりの証拠だ)

(機嫌を損ねたら俺が死ぬ。生きて帰ると約束したからな。しくじったら終わりだ。どうする? 何をどう話したらいい? 異変の張本人ですか?って聞けるわけねえからな)


「北の方ですか?」


少女が話を振ってくれた。見れば見るほど普通の少女だ。こちらも自然に対応した方が良いかもしれない。相手を化けもんだと思って対応して警戒してたらそれは相手にも伝わる。あくまで自然に話をすればいい。それで機嫌を損ねられたら理不尽だ。しょうがない。そんときは全力で逃げるだけだ。


「あー、そうだ。南大陸で異変があったと聞いたんでな。調査してくれって上から依頼を受けたんだ。嬢ちゃんは…この大陸出身なのか?」

「はい、そうです。私はこの大陸で育ちました」


(この大陸で育って生き残ってるって、どんな人間なんだ? ダメだ、化けもんとしか思えねえ。嘘ついてるわけもない。生き残れるわけねえからだ!)


「そうだったのか。北の人間と会うのははじめてか? いや、他の人間と会うのははじめてなのか?」

「そう、そうなんです! お兄さんが初めて出会った人間です」


(俺がはじめて会う人間かよ。やべえ、緊張してきた。人間同士の常識が通じねえ可能性大じゃねえか! 何で機嫌を損ねるかわからねえ)


「そうか、初めて会う人間は緊張するか? 俺はどっちかというとめちゃくちゃ緊張してるんだが」


(嘘はいってないぞ!)


「ええ、緊張しますが、悪い人でないとわかってるので大丈夫です」

「え? そんなことわかるの? 俺が初めて会う人間だろ?」

「はい。初めて会う人間ですが、魔力の性質から善人か悪人かはだいたい判別できるので。お兄さんは、普段は適当ですが仕事はしっかりこなす人に見えます」


(やべえ、あたってる。いや魔力の性質ってそんなのでわかるの? そんな判定方法知らないんだが。嘘ついたらバレるってことじゃねえの?)


「そうか。すごいじゃないか! 不思議な魔法が使えるんだな。…あの…お嬢ちゃんは北へは一人で行こうとしてるのか? 行く当てはあるのか?」


「はい、そうです。一人です。行く当てはありません。とりあえず一番近いところの商業組合という場所に行こうと思っていました。そのときにお兄さんの気配がしたので気になって…」


(ここから一番近いのはセラフィア聖国だ。エルネストのやつは黙ってるが、あいつがいう"上"っていうのはおそらくあれだろ? なら、この子は…あれだな。じゃあ絶対行かせてはいけない国だ。確実に揉める)


「そうだったのか。一人じゃ心細いだろうから案内してあげたいところだが」

「気遣いは嬉しいですが、知らない人にはついていってはいけないと教わっています」


(なんでそういうとこは常識的なの!?)


「それはそうだな。でもな嬢ちゃん、北大陸自体はじめてなんだろ? それじゃあみんな知らない人になってしまう。誰にもついていってはいけないことになるし、誰も信用できないってことになるぞ?」

「それもそうですね…。ではお言葉に甘えることにします」

「俺はカイルって名前だ。魔法組合っていう組織にいる魔法使いだな。お嬢ちゃんは?」

「アイといいます」

「アイちゃんね。それじゃあどうするか…。魔法組合の中にはさらに班っていう単位で別れて行動してるんだ。俺の班は信用できるやつばかりだ。秘密は守るし評価も高いからいろいろ嬢ちゃんに便宜をはかることもできる。商業組合を紹介することもできるだろう。一旦うちにくるか? そこで次にどうするかゆっくり考えたらどうだ? 地図もあるしな。各国の特徴や文化なんかも教えられるし」


(なあ? この子どうするの? もう俺の独断で判断はできねえ。俺の手に負えねえよ。でもな、少なくともセラフィア聖国にだけは行かせてはならない。それだけは間違いねえ。まずはエルネストと相談だな。俺にこんな役やらせたんだ、あとはお前が責任とれよな、エルネスト)


「…わかりました。そうさせてもらいます」


(ああ、よかった。 これでなんとか生きて帰れるか……あ、一応聞いておくか。勘違いってあるかもしれないしな)


「じゃあそうするか。あ…それで話を変えて悪いんだが、この南大陸に異変があったらそれを調査しにお兄さん来たんだ。それがわからないとお兄さん帰れないんだったわ。なんか心当たりあったりするか?」












「たぶんそれは私ですね」

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