第5話 理(ことわり)の裏返し

「それは一体どういうことでしょうか…?」

「…我にもわからない」


(あなたがわからなかったら世界中誰もわからないのだが)


内心でそう思ったエルネストだったが、詳しい状況を聞いてみることにした。この観測者は質問をすれば的確に返してくれる。当たり障りないことを聞いていれば機嫌を損ねることはないとわかった。


「厄災が消えたということは、厄災が使命を終えたということですか?」


エルネストは観測者に会ってから、古代の文献を探して密かに情報を集めていた。そこでわかったのは、厄災や観測者には共通の使命があり、その使命を全うするまで消えることはないということだ。厄災を受ける者たちが逃げ回ったり、責任を転嫁して誤魔化そうとしたり、観測者に攻撃をした者も中にはいたそうだ。しかしそれに抗えた者はいない。


「いや、使命を終えたのではない。反応が消えたのだ」

「反応が消えた…。結界か何かで隠された、または封印されたとかでしょうか?」

「それも考えたが、そのようなことが可能な存在は聞いたことがない。厄災と観測者は一対となる存在。絶対的な理の執行者として存在する。観測者が厄災を見失うなどありえない。ましてや、使命を終えたのであれば我が消えないのは理に矛盾する」

「でしたら、可能性として考えられるのは…?」

「一時的に活動を停止した。そう考える方が自然である。今回の厄災は通例とは違うものだった。時間差で再び活動し数回にわたって執行するものかもしれない」


厄災は基本的に単発である。強大な魔物が出てきて人間を減らしたらそれで終わり。自然災害ならその現象を起こして終わり。そんな感じだ。一旦休憩してまた活動を再開するなど、今までにない新しい形式の厄災である可能性が高い。面倒なことになった。


「観測者様がここに残られているのであれば、おそらくそうなのでしょう」

「我は厄災を探すことに注力する。存在が消えない以上、それをするしかない」

「承知しました。俺にできることがあれば何か言ってください。南大陸へ行くのは勘弁ですが」

「わかった。我にもわからない事態が発生している。何かあれば頼る可能性はある」


人間の俺ができる範囲は限られているが、このまま観測者がこの場所に居続けるなら友好関係は気づいた方が良いだろう。時間が立てば経つほど他の人間にバレる危険性が高くなる。いざというときの裁量権、発言権はある程度欲しいのだ。大事になったときに事を済ませるには必要なことだ。



それからは、俺と観測者のよくわからない共同生活みたいなものが始まった。はじめは得体の知れない魔力生命体だった。あれから1年ぐらい経ったときに変化が現れた。形状が固定化されてきたのだ。しかも人型に見える。そこからも変化が止まらなかった。


観測者が現れて1年後。


「人間になっていってるように見えますが」

「我も不思議だ。なぜ変化しているのか理解ができない」

「厄災は一向に活動を再開されないので?」

「再開しない。本当に消えたように何も感じない。でもそれはおかしい。我が消えないからだ」

「そうですよね」

「ところで、南西の方角に嫌な反応がある。気をつけるといい」

「南西ですが? わかりました」


あれからというもの、ちょいちょい観測者が異変を察知するのだ。探知範囲を広げているのか、強い魔物が出るとか、結界が壊れるとか、魔法組合に依頼が出てきそうな案件を教えてくれる。人間に干渉するのはよくないらしくそれとなく手がかりだけ伝えてくれる。あとはカイルと調査して裏で片付ける。そんな生活が続いた。


2年後。


「服を用意して欲しい」

「服ですか? ……確かにご用意した方が良さそうですね。ご要望はありますか?」

「なぜか人間の女のようになっている。それに合うものを依頼する」

「わかりました」


3年後。


「小屋が欲しいわ」

「小屋? 何するんだ?」

「人間化しちゃったからずっと立ってるのしんどいでしょ? 座ったり寝転んだりするとせっかくの服が汚れるのよね」

「…わかった」

「家具とかも選びたいのよね」

「……店は街にある。遠くもない。一時的なら移動はできるだろう? 選んでくれ」


なんか観測者が人間化した。しかも女性に。人型だったのが完全に人間だ。まだ変化するというのだろうか。だが好都合だ。人間になった方がいざという時に言い訳が通る。どこかの国のお嬢様がお忍びで来ているということにもできる。


森の魔物たちも移動をはじめたのか、めっきり魔物が少ない森になってしまった。全部この観測者のせいだが。街に出てくる魔物たちの討伐を続け、最近は落ち着いてきた。原因は目の前にいるのだが、これで街の住民から感謝されるのは複雑な気分だ。


小屋を立てるか…。


4年後。


「ねえ、名前をつけてくれない?」

「名前? 観測者じゃないのか?」

「それは名称でしょ! 人間に、女になったのよ。名前がないとおかしいでしょ。いい名前をつけてよ」

「自分のことなんだから自分で考えたらいいじゃないか。俺は親じゃないぞ。どっちかというと下の存在だから息子なんだが」

「そんなかたいこと言わないでよ。人間がどんな意味や想いをこめて名前をつけているのかわからないの。だから名前を考えて欲しいわ」

「…わかった…。……リセラはどうだ? リは理という意味、セラは星、天に近い意味だ。それを合わせた感じだ」

「あら! 即席にしてはいい名前じゃない。それでいいわ! じゃあこれからはリセラと呼んでね!」


これを機に組合の中で班の申請をした。目的、主な活動内容、一緒に活動する他の組合員を申請すれば班として活動でき、成果を出せば班として評価を受ける。


カイルと相談して決めた。エルネストとカイルの2人で始まった。班の名前は"特別依頼処理班"。面倒なものや難易度の高い依頼を積極的に片付ける班だ。組合としてもありがたい存在だろう。だが、裏の依頼主はリセラだ。観測者が仕事をとってくるのだ。そのありえない探知能力で。


この班の編成は、リセラの存在を隠すための隠れ蓑の役割も果たす。班は実績を出していれば行動は自由になる。俺たちは元々自由な方だった。次々と依頼をこなしていった。それでさらに自由度があがり、組合からの目は逸れていった。結果さえ出していれば上は何も言わない。班の行動は他の班からは詮索されない。機密性を高くできるのだ。こっそり研究したいやつらもいるからである。


5年後。


「エルネスト! あのお菓子って次にいつ手に入るの?」

「あのなあ、なんで観測者がお菓子を普通に食うんだ? いいのかそれで?」

「あら? もう完全に人間じゃない。問題ないわよ?」

「しかも、なんかおバカになってないか? 以前からずっと思ってたがそもそも何で女になるんだ?」

「たぶんだけど、あなたの魔力に影響を受けたんでしょうね。あなたは男性で真面目で賢い。だから均衡をとるためには女性で適当でバカにならないと」

「そんなところに理が働くのかよ…」


そして……ついに運命の時がくる。


「エルネスト! 大変よ!」

「おい! この家まで来るなといっただろう! で、なんだ? 朝っぱらから」

「厄災が活動を開始したわ!」

「は? いまさらか?」


もう厄災のことなどすっかり忘れていた。一向に再開しないんだ。はじめの半年ぐらいは警戒していた。しかし、1年、2年とすぎるうちにだんだん忘れていった。リセラが人間化したのもあるかもしれない。観測者と初めて会った衝撃。それも忘れかけていた。あれから他に厄災のような出来事は起こっていない。厄災のような兆候はあったが、俺たちが最速で対処したから大事になっていないだけ、かもしれないが。


特別依頼処理班を作ってから班員も増えた。今ではエルネストを含め5人だ。だが、リセラの存在を知っているのはエルネストだけ。この秘密だけは5年経ったいまでも守っていた。カイルはうすうす気づいているだろうが、もう忘れているだろう。


「で? どこで再開したんだ?」

「南大陸よ!」

「……聞かなかったことにする」

「前回も行ったでしょ!?」

「またあんな魔境にいけというのか!? お前もう人間になっただろう。直接行ったらいいじゃないか」

「それはできないのよ! あ、今回は事情が違うわよ」

「やっかいな制限だな……。それで何が違うんだ?」










「北大陸に来ようとしてるわよ」

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