第4話 消えぬ影、終わらぬ戦い
「…前回より強くねえか? なんであいつら連携してくるんだ? 途中で戦い方を変えてきたぞ」
カイルは息を切らせながらエルネストに問う。
「…俺も同感だ…。…前回より明らかに強い。一人で来た時はまだ少し奥までいけたんだ」
エルネストも同じように思っていたのか同意する。
「俺もだぜ。最初は順調だったじゃねえか? 強いやつが出てきてからおかしくなったんだ」
カイルの言う通りだった。二人は会うのははじめて、当然一緒に戦うのもはじめてだ。即席で連携したとしては上出来だった。
これならいけるのでは、と思い始めたとたん、魔物たちの後方から急に格の違う魔物が現れた。
そいつが統率をとって、下位の魔物たちに指示を出し始めたように思える。
「指示を出してたようにみえるがそれだけではない、自身も死角をつくように攻撃してくる。蜘蛛が糸で動きを封じてきて、蟻が酸を吐いてきた。前方には大型個体、後ろには小型の群れ。……もう囲む気満々だったぞ! 横にいけば地面にいる魔物が罠をはっている。完全に狩りにきていた!」
エルネストは何をされたのか振り返っていた。上位の魔物が現れてから一気に形勢が変わり追い詰められたのだ。魔物が知恵をもっていて戦略を指示する。具体的に声を出して指示をしているわけではない。魔物同士が自然に連携して完全に仕留めにくるのだ。生きて帰さないという意思を感じた。
南大陸の北部は虫型の魔物が主だ。もともと数だけでも脅威で、強い個体は単体でも脅威である。小型でも毒や針を持っていて殺傷能力が高かったりするんだ。人間と地力が違うのに、知恵と戦術まで磨かれるとなれば、もはや勝ち目はない。
全力で一点突破し、なんとか逃げ帰ってきたのがいまだ。
「なんで一人より二人の時の方が相手の戦力あがるんだ? これも指示なのか? こっちが何人用意しても意味ねえじゃねえってことか?」
「俺とカイルの二人で来たのはある意味正解だったかもな。人数を用意していればもっと強力なやつが出てきていたかもしれん」
「すまねえな、エルネスト。やっぱ無理だわこの大陸」
「俺もだ。調査を続けたら次こそ命がない。潔く帰る」
「ちなみにさあ、あとから出てきたやつって南大陸でどれくらいの強さなんだろうな? もしあれで下位とか言われたら無理だからな! 命がいくつあっても足りねえよ!」
まだ少しだけしか足を踏み入れていない。東や西、南の奥の方にはどんな奴が潜んでいるのか。想像もしなくなかった。
「カイル、帰るぞ」
「…依頼は失敗じゃねえのか? 大丈夫なのか? 森の奥のやつに報告するんだろ?」
「大丈夫ではないがしょうがないだろう。失敗する可能性が高いことは事前に伝えて了承はもらっている。神の類なら理不尽なことにはならないはずだ」
「そうかい。実は悪魔だったとか、そんなことじゃないことを祈るぜ」
「そのときは、遺書は書いてあるからそれを家族に渡してくれ」
「おいおい、マジかよ。あの時間で遺書まで書いてきたのか」
「もはや一人の人間が背負えるものではない。残された者たちのことを考えて、遺書ぐらい書いておかないとな」
「まだ死ぬってきまったわけじゃねえだろ? 生きてあの大陸から帰ってこれたんだ。運はまだ残ってるさ。何事もなかったらまた連絡くれ。俺はよく組合の王都支部に顔をだす。受付にでも伝言を頼んでくれたら俺に伝わる」
「わかった。3日以内に連絡をする。それがなければ…」
「わかったぜ。骨ぐらいは拾ってやるよ」
◇
また3日かけて北端の森にもどってきた。カイルとは王都の手前で別れた。依頼はどう考えても失敗だ。気が重い。だが無理なものは無理なのだ。正直に報告するしかないだろう。嘘や誤魔化しは通じない。
森の奥へ進む。まだ魔物たちはおとなしくしていた。3日前と同じようにあっさり森の奥へ進むことができる。この森もあれの影響を受けて変化していくのだろうか。
観測者は全く場所を動いていなかった。本当に動けないらしい。観測者に近づき報告をしなければ。向こうもこちらに気づいているだろう。
「南大陸へ行ってきたがやはり俺の実力では厳しかった。2時間もかからずに撤退を余儀なくされた。依頼は失敗した。申し訳ない」
馬鹿正直にそのまま報告した。
しかし観測者は予想だにしない返答をした。
「依頼は成功だ。やはり厄災で間違いない。貴殿らが近づいたおかげで分かったことが増えた」
(監視されていた!? …そりゃそうか。魔法でもかけられていたのか? いや、全くわからなかった。だが、依頼は成功扱いになったか。よかった…)
肩の荷がおりた。
正直死ぬ覚悟だったが乗り越えた。いままでのどんな依頼よりも難易度は高かっただろう。内容は失敗だ、しかし依頼主が成功といえば成功なのである。
「それならよかった。追加で何がわかったのか聞いてもいいのだろうか?」
「厄災として南大陸の奥で暴れている。魔物たちを蹴散らして荒れに荒れているようだ」
(そんな奴が奥にいたのか? 出会ってたら完全に終わっていた。厄災が現れたと聞いてから3日経っている。あの大陸で3日間魔物たちを蹴散らして回ってるとかどんな化け物なんだ。ん?蹴散らしてる?暴れている?魔物でいいのか?)
「一つ聞いていいでしょうか? 厄災というのはいろんな形で顕現されると聞いています。病、強大な魔物、自然災害などの事例が過去にあったらしいですが、今回は何が該当するのでしょう? 暴れているなら魔物でしょうか?」
「……それが我にもよくわからなかった」
「…え?」
「我と同じような気配も感じたが……。…ありえない。厄災が観測者として顕現するなど…いやではなぜ…」
観測者は後半になると小声になっていき、独り言のようにぶつぶつ言ってる感じになった。
(南にも観測者? 得体の知れないやつがもう一体いるかもってことかよ。それはよくわからんが…いやちょっと待てよ)
「厄災は役目を終えたら消えるであっていますか?」
「その認識でよい。それに伴い我も消える」
「ならこのまま観測者様は厄災が消えるまで観測されるだけということですか?」
「それが役目。貴殿のおかげで対象を観測しやすくなった。再度依頼を行うことはない」
「承知いたしました」
やっぱりよくわからないから、もう一度行ってくれ奥の方まで、とか言われたら正直やってられなかった。これで、厄災が消えたら観測者も消える。
それにしても厄災の理由はなんだろうか。厄災にはしっかりとした目的があるはずだ。南大陸の魔物が強くなりすぎたか増えすぎたんだろう。そうに違いない。あんな強いやつら、俺たち人間との力の均衡がおかしい。この世界は"均衡"が重視されるのだ。
(とりあえず厄災は南大陸で起こっている。それが終われば北大陸は何事もなく終わるだろう。あとはこの観測者をどうやって隠し通すかだけだ)
「では、報告は終わったので俺はこれで失礼します」
「うむ。助かった」
「あの…観測者様の魔力は強大すぎるので気休め程度ですが結界を張らせていただいていいですか? 他の人間に見つかると観測の邪魔をしそうなので」
「それは不要だ」
観測者は急激に魔力を抑え、森の最奥の魔物と変わらないくらいになった。そんなことができるのであれば願ったり叶ったりだ。これで他の人間にバレる可能性が低くなる。
「では、何もなければ良いですが、他の人間に邪魔するようであれば俺に言ってください。こちらで対処します」
「わかった。対応はまかせる」
「おまかせください。たまに様子を見にきます。では…」
(いつ消えるかわからないからな。定期的に様子を見にきて、消えたことをすぐに知れるようにしておきたい。観測者もわからない異常もあるようだし。何が起こるかわからん)
エルネストはそのまま去ろうとしたが特に何も言われなかった。森を出たエルネストは深いため息をつく。
(一山超えたな。なんとか依頼をこなして生き残ることができた。やればできるじゃないかと自画自賛したい。あとでカイルに連絡しないといけないな)
(だが、観測者はどこか様子が変で歯切れも悪かったな。なにかを隠しているのだろうか……? そんな印象を受けたが。まあ人間の俺にとって知らない方が良いことだろう)
「これでやっと休めるな。王都に帰るのは遅らせよう」
またしばしの休暇に入ったエルネストだった。
◇
エルネストは、隔週に一度、観測者の様子を見にきている。いまのところ特に異常はないようだ。まだ厄災は南大陸で暴れているんだそうだ。めちゃくちゃだ。絶対会いたくない。頼むから北に来ないでくれと願う。もし来たら全力で逃げる。
「エルネスト、生きててよかったじゃねえか」
カイルに連絡をしてから、時間を合わせて会うことにした。
個室で食事をしながら事の顛末を話した。
そこから交流ができ、カイルとはたまに組合で顔を会わせていた。いままで気づかなかったのは隠密として組合内でも隠れて行動していたかららしい。みごとな能力だ。
このまま何事もなく終わってくれたらいいが…。
◇
たまに観測者の様子を見始めてもう半年経つ。厄災はまだ暴れてるんだとさ。ありえない。他の人間にバレてないならいいだろう。誰かが来た形跡もない。
しかし、今日は様子を見に来ると観測者の様子が違った。
「厄災が消えた」
ついにこの時が来た。厄災が終えたのだ。これで大事にならずに済んだ。内心、ほっとしていたが、気が抜けて一つ大事なことを忘れていた。
「厄災が消えたが、我が消えない」
「…っっ!?」
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