第2話
「……恐れながら申し上げます。
出陣はしばらくお控え下さい……殿下」
サンゴール城、奥館。
第二王子リュティスの居城だった。
寝室の寝台に上半身だけ起こし医師に身体を診せていたリュティスは、診察が終わると上着をすぐに羽織った。
医師の忠告を受ける気は微塵も無いのだろうことが分かる。
宮廷医師アシュレイ・ゴルディオンは眉を顰めた。
彼は普段は宮廷魔術師団に属するが、医術に長けているのでこうして第二王子の体調を診ることもある。
しかし、このところ呼び出しが俄に増えていることが彼には気がかりだった。
この第二王子は【魔眼】の負荷により、幼い頃から突発的な深手を負うことは多かった。
だが魔力自体は強力なので自己回復能力も高い。
だから深手を負ってもその多くを彼は自身の力で治癒することがほとんどだ。
医者が呼び出される時は、同じ傷を何度も抉る【魔眼】の刃が鋭さを潜めない時に限られている。
しかし最近は頻繁に呼び出されすぎていた。
理由は分かっている。
近頃サンゴール近隣に不死者や魔物の徘徊が多いため、その討伐に第二王子が出陣しているのだ。
これは公の公務ではない。
王城でも一部の者しか知らされていない事実だ。
アシュレイも、こうして第二王子の側に呼び出されるようになる前までは知らなかった。
女王は【宮廷魔術師団】【サンゴール騎士団】【サンゴール大神殿】の三振りの剣を所有しているが、そう幾度も公の出陣が続けば民に不安や混乱が広がりかねない。
だからこの三つの剣はよほどの大事でなければ多用は出来ないのだ。
そこで第二王子が女王の密命を受け少人数の魔術師を連れ出陣している。
アシュレイ・ゴルディオンは宮廷魔術師団長の命令を受け、第二王子の出陣に随行することになった。
結界魔法の使い手故の選抜だったのだろうと思う。
第二王子の凶性は当然ながらよく聞かされていたので最初は嫌だったのだが、間近で彼の魔術に触れる機会を得て、アシュレイは今では畏れつつも第二王子に対しては深い敬愛の念さえ抱いていた。
「状況次第だな。サンゴールの敵が今後も現われ続けるならばそれは叶わぬ」
「では、せめて魔力を極力使われないようになさってください。私の見立てにはなりますが……近年、殿下の魔力は更に強まっておられるように思います」
口に出して背筋が震える。
そう、強まっているのだ。
今まででさえ一人の人間が所有するものではなかった力が、使えば使うほど研ぎ澄まされて行く刃のように。
幼い頃の未熟故の魔力の暴走、などという次元の話ではないのだ。
今ではサンゴール王国随一の魔術師と謳われる第二王子が、制御力にだけは見放されるとは誰一人思わないことだ。
彼は幼い頃より格段に制御力、防御力が強まっている。
それなのに身体には幼い頃よりも深い傷が刻まれる。
その意味。
間違いなく第二王子リュティスの魔力は更に強まっている。
【冷厳なる魔術師】の制御力を以てしても封じられない凄まじい力が。
「力を使わないのならば私が出陣する意味もあるまい。
私は飾り物ではない。分からぬ貴様でもないだろう」
「しかし、これでは本当にお命を縮めます」
リュティスは寝台に身を起こした姿だったが、じっと強い眼差しで前を見つめていた。
「私は生まれてからただ生き長らえることを望んで、自らの力を否定したことは一度も無い。そしてこの先も永遠にないことだ」
「殿下……」
アシュレイは第二王子の苛烈な魂に言葉を失った。
(何が【沈黙の王子】だ)
そんな可愛いものではない。
「……ではこの際宮廷魔術師団の求めに応じて正式に団長の座にお就き下さい。
さすれば我々宮廷魔術師も、もっと公に殿下の名の下に動くことが出来ましょう。
団長も貴方に座を譲ることは承認なさっているのになぜ……」
「私が公の場で位を得るのは黄金の玉座ただ一つでいい」
王弟がそれを口にするのは野心だ。
だがこの第二王子が口にすると、それは何かもっと意味の深いもののように思える。
実際、野心で言っているのではないのだろう。
アシュレイの見た限り、もし彼が本当にそれだけを望んだらすでに運命などに委ねず、自分の力で王位を奪いに行っただろうと思えるからだ。
(いや)
そもそも国の為に自分の命を費やすことを躊躇う気はないと今、彼自身が口にした。
その言葉が全てだった。
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