第50話 適性試験一人旅

 「ワシらはここまでじゃ。」

 グルヴェイグ大師匠が試験を降りると言ってきた。

 「「星」の外の世界はそれはそれは美しかった。想像以上じゃった。ここまで研究に尽くした日々も報われた。

 実際のところ、ワシらがここまで残れたのは研究の副産物じゃ。ここまでは確かな見識で辿り着いたのじゃから見事じゃろ?

 ワシもガーベラもここより先はが保てん。潮時じゃろ。」

 「トール、この先は貴方に任せるわ。

 私たちを救ったその力、信じているからね。テッペンまで行っておいで!」

 母さんが気合いをくれる。


 「グルヴェイグ大師匠。母さん。

 ここまで残れた二人を本当に誇りに思います。

 任せてください。

 「神気」、頂点の力も必ず手にして見せますよ。」

 俺は気合いを入れ直す。


 「それでは準備よろしいですか?

 ここからはレベル5・・・」

 「ラファウ待ってくれ。」

 ラファウが言いかけたところで俺が止める。

 「初めから察してくれてたし、ここまで進めてきて確実に分かってくれたと思うけど、俺の場合はいきなり最終ステージからで大丈夫だ。ダメならレベル下げれば良い。

 でも、こんなこと言ったら傲慢なんだろうと思うけど、俺がかけるべきは試験の時間なんかじゃ無い。力の証明をして、一刻も早く「神気」を使いこなすためにこそ時間を使いたい。

 ・・・無茶だと思うか?」


 暫しの沈黙の後、ラファウが答える。

 「・・・全く非常識で前代未聞の提案ですよって言いたいところですけど。

 実は私もそう思ってました。

 大丈夫。危なくなっても必ず私がフォローします。

 と、一応そう言っておきますが、トール様なら問題ないでしょう。」


 「であれば早速「最高レベル」の試験を頼む。

 てか、ここまでは「世界の理」として一つずつレベルアップしてきてるよな?てか「世界の構造」だろ?

 この後のレベル5は「銀河団」、レベル6は「銀河団の網の目構造(大規模構造)」、レベル7は「一つの膨張する宇宙」、レベル8は「並行世界としての宇宙(マルチバース)」ってところだよな?」

 とラファウに吹っかけてみる。


 「・・・お見事です。

 ちなみに最終関門の予想はついていますか?」

 驚きと呆れが相半ばしつつ、ラファウも質問を返してくる。


 「まあな。

 そこは出題者からすれば、見てのお楽しみってところじゃないか?」

 俺は敢えて正解を口にしない。


 「フフフフッ。

 流石は私が存在を賭けて見込んだ魂の器。

 見せていただきますよ。

 その可能性の翼が広がる瞬間を。

 閉塞感に満ちたこの世界を解放に導く、未来の王の底力を。


 ・・・では、レベル9、最終試験を始めます。

 行きますよ?」

 ラファウの声がかかると同時に世界が白く染まる!


 ・

 ・・

 ・・・

 「・・・・ずいぶん久しぶりに感じるけど、そんなに昔のことじゃないな。

 またここにくることになるとはな。

 「真っ白世界」。

 誰かいないのか?」


 寂しい訳じゃないが声を出すことで色々な感覚を確かめる。

 姿形は、仙人化した俺だ。

 っと、「今」の自分を認識した瞬間、すぐ右隣りに「ついこの間」の、ポケットからなぜかスマホが取り出せない俺が現れた。

 「よう。「業平」な俺。スマホの調子はどうだい?」

 「過去」の自分にダル絡みする。話しかけたその瞬間、今度は左隣りに「未来」の俺が現れて、

 「おい。「業平」な俺を茶化すのはよせよ。も、「業平」な俺が頑張ってくれてたからスペック高めでこの世界の高みを目指せてるんだぜ?リスペクトしなきゃ。」と「業平」な俺をフォローしてきた。

 「未来」の俺は 、薄っすらと光に包まれている。明らかに「仙気」じゃない。

 これは・・・「神気」か!


 三人の「俺」は、それぞれ申し合わせたかのように、手を思いっきり伸ばしたその指先が触れるか触れないかの距離感で、それぞれが正三角形の頂点の位置に立ってお互いを見やる。


 なるほど。これが最後の試験か。

 テーマは「汝自身を知れ」ってところか?

 まさかあの偉大なる哲学者と同じテーマで向き合うことになるとはね。

 そもそもこの言葉も神殿に刻まれてたっていうから、やっぱり究極のテーマなのかも。


 過去、現在、未来。

 連続していると思っていた「自分」という存在。

 世界そのものも「時間」という一方通行の流れの中で不可逆的に存在するものであり、並行して存在する世界、「パラレルワールド」などあり得ないと思っていた


 だが、それらの世界のそれぞれの俺が今同時に存在している。

 ましてや俺は転生を経験した。

 日常と非日常なんて、分けられているようで然程変わらない。寧ろ表裏だ。


 我思う故に我あり。

 存在証明するはずの自我を持つ、その俺が複数いる。

 本物とは?

 「自分」という存在の不確かさを目の前の同時存在で突きつけてくる。

 自我に揺さぶりをかけてくる。


 「お前は自分自身を理解できているのか?」と。

 

 ああ。

 理解しているさ。


 今の俺のように、神の座に登ろうとする者が、その道程で何を失ってはいけないのか。

 

 それは「心」だ。


 温かみのある人の心。

 悩める心。

 他者に向けられる共感する心。

 良心。

 迷う心。

 他者の痛みに寄り添う心。

 己にかけられた期待に応えようとする心。

 真実を受け止める揺るぎない心。

 言わばそれは魂の熱量。

 魂に備わるエネルギーだ。


 「星」に、「惑星系」に、「星団」に、「銀河」に。階層が上がろうが下がろうが、文字通り数えきれない程の魂の器があり、それぞれに心がある。


 「神」であろうとすれば、魂が発するその無限に等しい心の「声」にことになる。

 ラファウの言った、「適性の低い者は心が壊れる」ことも頷ける。

 その圧倒的で、「無限」に等しいという数が生み出す暴力的とすら言えるそのエネルギーが一方的に押し付けられるのだから。


 それは、「神」が万能であると信じて届く、「祈り」という名の強い念。

 それがが絶えず無限に向けられる存在になるという事は、無差別にもたらされる大量の情報でありエネルギーである「祈り」を、受け止められる器でなければならないということ。


 ただ、理の外に至る力を得ても、暴力的なエネルギーに常に晒されていては、いかに「神」とはいえ全きままでは在り続けられない。

 そうならないための、ある種隔離された箱庭、「神」にとっての安全地帯が「天界」なのだ。

 「天界」を創り出したのは、恐らく第二世代の神々。

 何故なら原初の世界には、まだまだ指向性のある「祈り」を扱うほどの文明が育っていないから。

 常に晒されてきた指向性の強いエネルギーである「祈り」から解放されると、世界の管理者であることこそが「神」が存在する第一義となった。 


 「秩序」で満たされた世界こそが至上。

 故にバランスを乱す存在は天罰を下して排除してきた。

 それで終いにならないところが神々にとっては煩わしい限りなのだが、そのような存在はいつの世にも現れる。


 ならば、そのような者を排除する仕組みで世界をより秩序立てれば良い。神々はそう考えた。

 だから構築されるのだ。

 どんな世界においても「システム」という名の壁が。


 「人種」の国々レベルですら似たような事は起こるのだ。「業平」だったかつての俺が晒された、人の思考を奪う支配の仕組みのように。


 これは、根本的には「神」の側の問題なのかもしれない。

 「神」がシステムを好むのだ。

 「人」のレベルで「システム」に抗うことなどできようはずがない。


 ラファウが人種の視力では絶対に知覚できない極小の世界から「神気」の適性試験を始めたのは、人の器を超えた世界に理解が及ぶかどうかが「神気」の適性として重要な条件だからだ。

 これは当然理解できる。どのような規模であれ、現在過去未来のあらゆるものに普く干渉できる力。

 それが「神気」。 

 

 そして「神気」を得るということは、絶えず聞こえる世界の声と心持つ者たちの祈りの念という、膨大と呼び表してさえ及ばない、とてつも無い情報の圧力を受けても対処仕切れる、自分を保てる魂の器を自覚することなのだ。


 向き合わず耳を背け、システムという壁の向こう側に安寧を見出した古き神々。小さな世界でイタズラに命の声を弄ぶことに罪悪を感じなくなった亜神。

 穏やかなる無策を決め込む神界の日々をかき乱し、罪深き亜神を誅し、世界に横たわるシステムを未来へ向かって生きるものに利する仕組みに改める。力及ぼせる限り。

 それが、新たに「神」の座を目指す俺の歩む道だ。

 あらゆる声に耳を塞がない、この心を携えて共に行く神に俺はなる。

 そのための力だ。


 そう思ったと同時に業平な俺と未来の俺は姿を消し、ミラジェの街に戻っていた。


 

 


 

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