第43話 研究者の本領
デリンジャーさんの反応は、俺にとっても意外なものだった。
俺と同じく勇者認定を受けている娘さんのカーリーさんのことを思えば、もう少しこの理不尽な神の裁定に怒りを示すのかと思った。
ラファウの吐露した真実を聞かされてなお、
「ありがとう」
と、デリンジャーさんは言った。
そのデリンジャーさんが続ける。
「貴女が明かしてくれた、元天使でなければ知り得ない貴重な数々の情報。
大変ありがたいものでした。
お陰で、多くの懸念材料が杞憂に過ぎないことが明らかになりました。
未だ我々が知り得ていない、我々を縛るような制限は無いこと。
「魔物の王」に挑むにあたって原則禁止事項は無いこと。
よく考えれば分かることでした。
これまでの圧倒的不利が思考を狭めていたようです。
つまるところは情報不足によるビハインド以外は然程のことは無かった訳です。
この事実は大きい。
かたや人種を間引く為に創られた生物兵器。
かたや潜在能力がいかに高かろうがただの人。
神々からすれば絶望的な差に過ぎると感じたからこそ、これまで恩寵や賢者の石まで与えてバランス調整までする始末。
その甲斐あって、ここ数千年は目論見通りに「人種」に過去の栄光を取り戻させてないからこそ、現状はバランスが取れていると錯覚している。
故に断定できます。もうこれ以上我々がこの戦において憂慮すべき材料は無いと。
神々は、自分が信仰されることの他は現実世界への関心など薄そうですしね。
ラファウさんのおっしゃる通り、「人種」の動きになど毛ほども関心を持っていない。
勇者への恩寵を適当に決めてる点など侮られすぎていて少し嬉しくなってしまいます。
ここまで条件が揃っていれば、付け入る隙がありすぎて、むしろどうやって借りを返してやろうか悩んでしまいますよ。
おまけに私の研究成果に、ある意味当事者、ある意味第三者のラファウさんが、分厚い辞書の様な歴史的事実の裏付けを与えてくださった。私の問いかけに対してお答えになった際、「酷く渇いたもの」と表現なさいましたね?
とんでもない。
知識の源泉が潤って仕方がないくらいだ。
情報を制する者が時代を制するのです。
勝利への確信以外に何があるというのでしょうか?
更に言えば、現在進行形で史上最強に近づきつつあるトールさんという勇者によって、現時点においてすら即達成可能な目標がかなりあることが示されている。
あとは人事を尽くすだけですよ。
人材は揃っている。
私もお力添えできそうで燃えてきました。」
ラファウは瞠目していた。
てっきり憤りを、怒りを、詰られ涙され罵られて項垂れる他無いと覚悟していたのだ。
有限の命に生きる者たちの強かさを見た気がした。
デリンジャーという人物の目には、全く迷いが無い。
本気で出し抜くつもりなのだ。
誰あろう神々を。
過去に神々の怒りを買った「人種」は、滅びかける程の憂き目にあったというのに。
繰り返させない為にもその事をもう一度理解させねばと思って口を開きかけたところに、ラファウは更に驚くセリフを耳にすることになる。
デリンジャーは言う。
「私は、いや、私たちは、神々からこれ以上の理不尽を受け入れるつもりありません。
お話を聞く限り、我々を罰し続けることに拘泥しているのは、おそらく一部の神。特に厳格な神であろうとして歪んでしまった一柱のみが相手。加えても付き従うのも使徒と手先の生物兵器しかいない。
ここまでをどうにかできれば、他の神々に対しては過去の反省と融和の意志を示せば良いだけです。
・・・万が一、過去と同じ様に人種に贖いを求めるのなら・・・さて、どうしてやりましょうかね。
ところでラファウさん。
確認ですが、この世界において「神」とは大別して3種類いませんか?
恐らくですが、世界が創造される原初において混沌から形あるものを創り出すことに関わった世代、これを第一世代とするならば、その後の秩序形成の段階で関わった世代が第二世代、今のトールさんのように、知恵と至る器を持った者が新たにその座に加わったことで生まれたのが第三世代。
その様に考えると、「神々」のすることにしては一貫性の無さと軌道修正の多さが目立つことと、貴女のような存在が生まれることの説明がつく。
貴女自身も「天界においては私が所属していた神及びその組織」と神々とその周辺に居る者が一枚岩では無いことをわざわざ語ってくださった。
「神」の意向を具現化する組織の一員だった元天使のラファウさんの価値観が揺らいでいる事もその推論を裏付けますし。
いかがですか?」
ここに来てラファウは戦慄していた。
本能で怖れを感じたと言って良い。
「智」に生きる者の恐ろしさを知ったと言って良い。
トールとは異なる「強さ」の資質。
デリンジャーという人間は「参謀」「軍師」として極めて有能だった。
或いは、自分自身が当事者となった事で、眠れる才覚が目覚めつつあるのかもしれない。
ここまでは想像できず、デリンジャーの見据えるものに判断がつきかねていると、トールが会話に入ってきた。
「ラファウ。
俺たちは、俺たちの時代でこのくだらない犠牲の連鎖を止める。その為にすべき事に一切躊躇わない。
でも、心を失うつもりもない。
恐れず付いて来てくれ。
お前の知識も力も必ず必要だから。」
「・・・まだ私は天使根性が抜けていなかったようです。
分かりました。トール様に何処までも付いて行きます。
あと、デリンジャーさんでしたか。
神々に世代があることについては、仰る通りです。
貴方の慧眼に、思わず脅威を感じてしまいました。
見抜かれるとは、こうも恐ろしいものなのですね。」
ラファウは正直に、思ったとおりをデリンジャーさんに伝える。
「買い被りですよ。」
困ったように笑うデリンジャーさんだった。
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