第40話 相棒

 ギルド庁舎の外へ出て、噴水の淵に腰を掛ける。

 動揺して混乱する色の混ざったパレットのような頭の中とは正反対に、空は抜けるような青一色だった。


 雲一つ無い空をじっと見つめた。

 思いの外深い青色の空が、ざわついていた心を鎮めていく。


 転生してから今日までの日々振り返ってみた。

 空に映し出される思い出の映像を眺めるように。


 ここまでは少し、あり得ない状況の連続にはしゃいでいたのかもしれない。


 そりゃそうだ。

 生まれ変わって勇者として生きるなんて、出来過ぎたストーリーだ。

 棚ぼたでトントン拍子で何かに導かれているようで。自分が自分じゃ無かったようで。


 ・・・いや。

 そう単純なものでもなかったか。

 なんだかんだで自分が選んだんだ。

 ちゃんと日々の生活くらしがあった。


 勇者認定される前のカンヌさんとミコさんと孤児院の仲間たちとの日々。

 勇者認定された時に手を振って送り出してくれた街のみんな。

 修行場までのカンヌさんとミコさんとの冒険。

 修行場でお世話になったカムイランケ大師匠とグルヴェイグ大師匠。

 ミラジェの宿の人たち。

 カーリーさんとキヨさんとアカツキさん。

 父さん、母さん、ピルスナーさん、デリンジャーさん、プリムさん、フィアーのしっかりとした監視役の人。


 この世界でも、俺は家族や支えてくれる多くの人に出会うことができている。

 皆良い人たちだ。

 この人生でも人との出会いに恵まれたと思う。


 勇者と「魔物の王」がお互いに大きな犠牲を払う事が当たり前の世界。

 いや、それも当たり前のことじゃない。

 誰かが意図的に繰り返えさせてきたことだ。


 「魔物の王」が諸悪の根源なら楽だった。

ついさっきまでは、実際に倒すべき敵は間違いなく「魔物の王」だった。

 そう思っていた。

 いや、


 今、この時点でも、事実上「魔物の王」を討伐しなければならない現状は変わらない。

 俺たちがこの世界で生きるためには倒さねばならない。


 でも。

 繰り返すようだが、けしかけられてるだけだ。

 モヤモヤする。


 自然と左手の親指と薬指で「例の輪」をつくりかけて、止める。

 思い至ってしまったから。

 冷静になって、論理の帰結として妥当なところに至ったに過ぎないが。


 Rは、おそらく全てを知っている。


 Rを責めるのは違う。

 Rに答えを聞くのも違う。

 Rの立場をうやむやにするのも違う。


 ・・・ちょっとウジウジし過ぎだな。

 誰かに与えられたものであれ、今は自分の意思でこの世界のために動いてる。


 陰でコソコソ賢しい真似をしているヤツがいるのが許せないだけだ。

 まるで前世の上級国民面した連中のように。

 理屈は合っていても血の通わない話しかできない連中。


 例の輪を作った。

 「お呼びですかマスター。」

 Rが応答する。

 「R。「魔物の王」を操る連中、そいつらの情報を教えてくれ。」

 どストレートに聞いてみた。

 制限あり情報かな?


 「・・・お答えする前に、確認させてください。


 ・・・マスターは、私を疑ってはおられないのですか?

 ことここに至って、マスターが知り得た事から類推すれば、私はあまりにも都合良くマスターの前に現れた存在です。


 しかもこの世界に深く関わっていることを隠してすらいない。


 マスターからの問いかけを、情報制限などという都合の良い言い訳で逃げたことだってあるのに、どうしてっ」

 「信じてるからだよ、R。」


 「・・・・!!!」

 Rが絶句しているのが分かる。


 俺は続ける。

 「助けてもらったことはあっても、俺はRに騙された事は一度もない。

 そんな良き「相棒」を、何で疑う必要がある?色々自由にできない事情なんて、誰だってあるだろ?

 R。何度だって言ってやる。

 俺はお前を信じている。相棒だからだ。」


 「・・・マスター、あなたに出会えて良かった・・・私は、今こそ自らの立場という呪縛から自分の意思で抜け出そうと思います。

 ・・・今、そちらに参ります・・

 我が神よ、私は己が魂を捧げるべき新たな使命と仕えるべき主人を見つけました。御許を離れますことをお許しください・・・」


 Rは何を言っているんだ?


 とその時、目の前にこれまで感じたことの無い気配が満ち、視界一杯に光が溢れて一瞬何もかもが光に包まれる!


 ・・・・霞んでいた視界が、徐々に戻ってくる。

 一体何が・・、と思いかけて、目の前の存在に目が留まる。


 「初めて直接ご尊顔を拝見いたします。御許に馳せ参じることができ、恐悦至極に存じます。」


 「その声、・・・Rなのか?」

 目の前に現れたのは、Rと同じ声の、金髪碧眼の美女。

 「はい。これまで「R」としてトール様のサポートをさせていただいておりました。

 私の真名はラファウ。

 これからお側に就かせていただきます。」


 「R、いや、ラファウ。いきなり来ちゃうかー。

 ・・・・まあ来ちまったもんは仕方がない。」


 「・・・ご迷惑でしたか?」

 上目遣いで聞いてくる。うん。あざとい。

 手練れのやり口だな。


 「まぁ、いずれはこうなるってことなら遅かれ早かれだな。」

 言いながらこの人をさっきまで話してた面々にどうやって紹介しようか考える。

 そもそも彼女の姿は些か目立つ。

 「まずその羽根。目立つなー。「神様の使い」っぽいけどさー。目立つよねー。小っさくしまうとか無理?」

 聞いてみる。

 「可能です。」可能なんかーい。


 「ウフフフ。マスターのお側に来れて嬉しい。いっぱい働きますからね♡」

 R、もといラファウはご機嫌だ。


 「ラファウ。真面目な話、君が現れた時の気配、これまで感じたことにないものだった。

 魔力や闘気、仙気でもない。

 でも、それよりも洗練された印象を受けた。あれは何だい?」

 俺は当たり障りの無さそうな事からまずは聞いてみる。


 「・・・本当にトール様は一息で核心を突きますね。

 私が放っていたのは「神気」です。トール様に目指していただく到達点です。

 私は神から力を与えられた存在なので扱えます。」


 うん。分かってた。

 前から気になってたからね。


 ・・・ごめんなさい嘘つきました。

 たまたま当たり引いちゃっただけです。

 神気?何それ美味しいの?


 「まずは修行に励みましょう。

 マスターの次なる目標は「半神化デミゴッド」です。

 この段階に至れば「魔物の王」なんてイチコロですよ♡」


 リミッターが外れたラファウさんが、危ない事を言い始めた気がする。

 でも強くなれるなら願ったりだ。

 拗らせて歪んだ取り除くべきものが目の前に現れた時、希望を持てるだけの力があれば良い。


 「ラファウ、皆に紹介したい。

 信頼する身内だ。

 この世界の真実を、少なくとも大事な人たちと共有したい。

 色々教えて欲しい。


 頼めるかい?」


 「・・・一つだけ条件が。

 私も、マスターの、トール様の仲間に加えていただけますか?」

 ラファウが真摯な眼差しで見つめてくる。


 「あたまりえだろ。大歓迎だよ、てかもうとっくに仲間だろ?ラファウ。」

 俺が答えると、彼女は大輪の花が咲いたように、晴れやかに笑った。

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