第38話 その後の情報共有と考察(これ大事)②

 「俺も、父さんと母さんの「解呪」に挑まなければ、同じように考えていたと思います。

本当に狡猾なやり方で、という目的はほぼ果たされていることを踏まえると、非常に巧妙な思考誘導だし、相手の手強さが感じられます。


 先に結論から言えば、俺はダンジョンは独立した意志を持つ「魔物」の一種ではないと考えます。


 では、ダンジョンとは何か。


 俺は「魔物の王」の成長を助ける端末であると考えます。

 あるいは「働きアリのようなもの」と言い換えても良い。


 後者の方が様々な点で納得できます。

 この点は後から根拠を説明します。


 把握できた機能としては、ガーディアンを通して世界の実情を把握するための監視装置、かつ、ダンジョン管理装置であり、コアに溜め込んだ「魔素」を自らの成長のために搾取する養分供給装置だと言えます。


 ダンジョンは、恐らく歴代の「魔物の王」が残した物がそのまま引き継がれているはずです。

 当代の「魔物の王」が一から作るような労力をかけたのでは、史実にある様な巨獣には成れないし、強大な魔力を溜め込むこともできない。


 そういう意味で、ダンジョンは負の遺産です。

これから総力を上げて探し出し、徹底的に潰す必要があると思います。

 ただし、俺のように「仙気」が使える者がダンジョン・コアを破壊する最終段階で「コア」から放たれる「呪い」を無力化しなければならない。

 まずは、ガーディアンが守るくらい「魔物の王」にとって重要なものとなったダンジョンを潰していく必要があります。

 主だった「魔素」の供給源を断って、兵糧攻めにしてやるんです。


 ダンジョンを潰すことで同時に奴の情報源を奪えます。

 いかに強大でも、この世界で力を振るうためには時間をかけて成長する必要がある。

 奴はその過程でガーディアンを使役し、観察することでこの世界のことを学んでいる。

 生き物の基礎能力や本能や弱みや思考回路、複雑な魔法理論も。


 意欲的に学ぶことはしなくとも、新しい能力獲得の柔軟性は非常に高いんだと思います。

 人間を含めた生き物の行動を写し取り、精度の高いモノマネを実行し、無限の体力と魔力で機械的に再現性の高い試行錯誤を繰り返し、最終的には能力を我がものとしてしまいます。

 そのレベルは、高度な呪詛すら使いこなすものです。


 繰り返しますが、確かに意欲的には学んでいない。

 凡そ思考というものが感じられなかった。

 ただ奴の本能に刻まれていれる新たな能力を獲得するという、この部分の貪欲さは侮れない。要注意でしょう。


 奴は全て自身のために活動しています。

 まるでアリの王のように何処かでこの世界に降り立つための準備をしている。

 地下を中心に世界中にダンジョンという端末をめぐらして養分を吸い上げ情報を吸い上げ、いかに現世において並び立つ者のない存在になるか。それだけを本能的に目指している。


 だから、ダンジョン自体には固有の意志はありません。

 その事に気付いたからこそ、奴と間接的にとは言え対峙することになりました。


 巨大な存在であり強い生存本能を持っています。自分以外の全ての命は、奴にとっては自らを肥え太らす糧であり贄でしかありません。

 対話は成立しません。


 どちらが生き残るべき存在なのか。

 それをかけた戦いになります。」


 一気に話し切る。

 一瞬、場を静寂が支配する。


 ここで考え込んでいる様子だったデリンジャーさんが質問してくる。

 「本当に百聞は一見にしかずですね。

 ダンジョンに関する新説、と言うより真説でしょうか?

 具体的で腑に落ちる点が多かった。

 ところで、「魔物の王」と間接的に対峙したとおっしゃっていましたが、がどこに居るのか推測できますか?」


 「今はまだ情報不足の状態です。でも、「フィアー」レベルのダンジョンをいくつか潰していけば、確実に掴める気がします。

 一つの根拠は、「魔素」徴収の仕組みが、こちらからすれば「兆し」として把握されていることです。

 それは、「魔物の王」本体の能力ではないことを示していると考えます。

 歴代の「魔物の王」たちが、必ず同じ成長の仕組みを使っていることもそのことを裏付けます。「魔物の王」は、既に用意されているこの魔素回収システムを利用しているに過ぎない。

 であれば、関与できる範囲があるはず。

 「兆し」を示すダンジョンを調べ上げれば、恐らく全てのダンジョンの中心点付近に奴はいるのではないか?という仮説は立てています。」

 俺は答える。


 「・・・なるほど。ここまでのお話を聞いて、もう一つ想定するべきかもと考えたことがあります。

 お話ししても?」

 デリンジャーさんが言う。


 「もちろんです。」

 と俺。


 「ありがとうございます。

 トールさんの説をもう少し穿った見方で整理すると、あまり想像したくありませんが、黒幕がいる可能性が否定できません。」


 「「黒幕」ですか?」

 思わず聞き返す俺。


 「はい。「魔物の王」成長の仕組みであるダンジョン・コアからの魔素徴収システム。これが歴代の怪物たちが残したものの流用であるならば、「魔物の王」は寧ろダンジョンをせっせと創り出す筈です。より強く、より早く生まれ出るために。

 尚且つ、今回の貴方の様に、敵対する生き物の中に、稀にコアの破壊にまで至る強者も生まれる。

 大事なものなら強化するはずだ。破壊されまいと必死になるはずだ。逆に創るも直すも壊すもどうにでもできるなら、今回のように尻尾は掴ませない。「兆し」など気づかせない。

 あまりにも、「魔物の王」とダンジョンの関係性が希薄だ。相互補完ですら無い。


 これまでは、ダンジョンという存在にあまり注目が集まってこなかったがために、このように深く考察される事も無かった。研究者としてはお恥ずかしい限りです。でも、おっしゃるとおり、ものの見事にそもそも前提として魔物側のものと考えることを当たり前にしてしまっていた。

 、完全に意識の外に置いてしまっていた。


 仮に「魔物の王」とダンジョンが一方的な関係だとすれば、ダンジョンの管理に積極的で無いとするなら、当代の「魔物の王」はどうやって「魔素」を徴収できるダンジョンと「魔核」の存在を知るのでしょう?

 どうやって徴収システムを構築、作動させるのでしょう?

 「兆し」が徴収システムの作動開始の合図なら、まだ複雑な能力など獲得していないはずなのに、どうやって作動させるのか?


 ダンジョンの成立過程とは、本当に我々が想像してきたようなものなのでしょうか?成立後は誰の手によって、どの様に維持されてきたのでしょう?

「コア」があるから「魔素」が濃いのか、「魔素」が濃いから「コア」が生まれるのか。「コア」とは自然発生するものなのか?

 この部分もよくよく考えればハッキリしていません。

 かなりの部分が伝聞情報ですあり、これまで我々が抱いてきたイメージとダンジョンに関する認識というのは、手に入った情報を繋ぎ合わせて補正したものを何とか辻褄合わせをしたに過ぎない。


 もしも「魔物の王」に利する存在がいることが確実だとしたら。

 貴方が指摘した「思考誘導」をしているのは、「魔物の王」すら飼い慣らしている、未だに認識すらされていない「何者か」なのだとしたら。

 或いは、「魔物の王」と私たちの戦いの歴史すら、キャスティングボードを握る何者かに仕立て上げられたものだとしたら・・・・。

 私の中では辻褄が合ってしまう・・・。

 私は戦慄を禁じ得ません・・・・。」


 先ほどとは比較にならないくらい場が凍りついた。


 誰もが勇者を中心に対策を立て、いかに犠牲を出さずに「魔物の王」を倒せるか。

 この命題を解決する事こそが、最優先事項だと考えていた。


 その前提がそもそも間違えているとしたら。

 何者かにまんまと踊らされているに過ぎないのだとすれば。

 この世界に生きる者と、「魔物の王」の対峙すら、


 むしろ、俺の認識と知り得たことから示した仮説よりも、遙かに辻褄が合ってしまう。


 今日、対決した「魔物の王」は間違いなく倒すべき相手だ。それは間違いがない。

 だが思い出してみれば、あまりにも簡単にコアを砕くことができてしまった。

 「魔物の王」が成体になっていないから?

 俺という想定外の敵を前に守りきれなかったから?


 ・・・ダメだ。

 デリンジャーさんの説が説得力で上回る。


 「魔物の王」にしてみれば、コアは壊されたくは無い。だが、コアを死に物狂いで守るほど大事にもしていない。そもそも管理も補修も保全もしていない。この世に生まれ出た時に自分のために正しく機能しさえすれば良い。その程度なんだとしたら。

 俺たちにとってはそもそも存在自体にはさほど実害がない。うちの両親は特筆すべき事故だと言えるし、奪われた時間はあったが、生きて戻っている。冷たい言い方をすれば、屈辱を受けたと感じることも、囚われた理不尽に怒る感情も、俺たちの価値観がベースだ。ダンジョンの本質とは関係が無い。

 中の魔物は鍛えた冒険者が間引ける程度だし、コアを定時で監視していれば、「魔物の王」出現の「兆し」すら判断できる。


 要するに、ダンジョンは「魔物の王」戦役における考慮すべき懸念材料のうち、「メイン」のものでは無い。どちらかと言えば「ニッチ」だ。


 「魔物の王」寄りに見えて、今回のように隠れていた「魔物の王」の尻尾を掴む端緒にもなっている。

あまりにもちょうど良くどっちつかずだ。


 そうなると、俺が提案した「主要ダンジョン潰し」すら、徒労に終わるように思えてきた。いや、最早無駄だ。


 「・・・少し考えを整理する時間をください。外の空気吸ってきます。」

 情け無いが、俺から切り出した。



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