第26話 仙境に至る者

 「早っ!えっ?もう?昨日の今日で?早っ!」

 ミコさんがパニクっている。

 カンヌさんは穏やかな表情でサムズアップしている。現実逃避する時この顔してんな。傾向だな。


 そりゃ一昨日来たばっかなのに、今日はもう三領域同時発動に挑むってんだからそんな反応にもなるよねー。

 「史上最速で修得すると思う」って言った本人がこのスピードを想像できずにプチパニック起こすくらいだもの。


 我ながらワイルドスピードだと思うわ。


 でも本当にさ。

 身内が驚くような成長を遂げられれば、「魔物の王」を容易く倒せる可能性が出てくるわけでしょ?


 焦るつもりは毛頭無いけど、自分の成長が、世界にとっての良い影響になるなら。


 そりゃ頑張るでしょ?



ーーーーーーーーーー



 「三領域同時発動」の実演は、「修行場」エリアの西の端、大渓谷「蟒蛇」の底で行うことになった。


 万が一、暴走か何かで俺が大怪我をしても、ミコさん、カンヌさん、あとグルヴェイグ大師匠が回復術の心得があること、谷底なので周囲のことを気にしなくて良いこと(魔物はいるけどね)、最悪「ベースキャンプ」まで戻る手間を考えた時、地理的に最善の場所であったことなどが選定の理由だ。


 グルヴェイグ大師匠の飛翔魔法で、基本現地まではスイスイだ。

 途中飛んでくる飛行タイプの魔物の撃ち落とすくらいはあったけど、言ってしまえばその程度で、トラブルも無く。


 そんなこんなで世界最大の渓谷、「蟒蛇」に到着した。


 「蟒蛇」って言われるだけはあるねー。

 何でも飲み込みそうな深さで底が霞んでよく見えない。

 おまけに対岸まで50kmあるから、ぱっと見は世界の果ての崖っぷちにしか見えない。


 見渡す限り赤茶けた土と岩、色味の無い枯れ枝だけにしか見えない植物。


 生き物の気配が薄い岩石砂漠だ。


 「底の方まで降りておけば問題ないじゃろ。見回してみて良さそうなところはあるかや?」

 グルヴェイグ大師匠が気遣ってくれる。

 本当に見た目「魔王」なのにめちゃくちゃ優しいんだよなー、この人。カムイランケ大師匠も同じくらい優しいお爺ちゃんだけど。


 「グルヴェイグ大師匠。谷底に川はありますか?それと、広い「中州」のような地形はありますか?」

 俺は尋ねる。正直、深すぎて谷底の地形がよく分からん。霞んでよく見えんもの。


 「うむ。ならばあそこが良いかの。場所を移す故、もう一度飛ぶぞ。」

 グルヴェイグ大師匠の飛翔魔法が再度発動する。


 20分程で、谷底に要望どおりの地形が広がるエリアに到着する。中州自体が広大で、川と川の間の平原にしか見えない。

 おまけに、この渓谷自体が巨大過ぎて、この位置だと両岸の崖すら見えない。


 おあつらえ向きだね。


 「ではトールよ」

 カムイランケ大師匠が尋ねてくる。

 「手順についてはどう考えておる?どの強化から始めても成立するとは思うがの。考え方は聞いておきたい。維持できず動けもしないワシらだが、言うまでも無く順序についても研究したからの。」


 それについては俺も考えていた。質問に答える。

 「はい。まずは「闘気」による強化から。次に「魔力」、最後が「精霊力」の順で重ね掛けます。」


 「ほう?何故じゃ?」

 興味深そうにカムイランケ大師匠が聞き返してくる。


 「「闘気強化」のエネルギーで肉体を活性化させて強靭にし、そこに「魔力強化」で不可視の鎧を纏う。さらにその上から「精霊強化」で不可視の衣と盾を纏う。

 要は身支度の発想です。何と言うか、戦いに赴く準備の手順として自然なと言うか。」


 「うむ。気を衒わん事は大事じゃからな。早速試すかな?」


 俺は頷く。同時に、四人が50m程の距離をおく。


 ふぅっ。集中前のいつものルーティン。

 「行きます!」

 気合いの声を上げる。


 まずは「闘気強化」!

 ウオォォオオンッ!!


 「おぉっ!最早ワシなぞ足元にも及ばんの!」

とカムイランケ大師匠。マジご謙遜。


 お次は「魔力強化」!

 キィイイィィィイイイアァァァッン!

 「むぅう!昨日よりも鋭くさが増しとるっ!無駄が見当たらん!」

とグルヴェイグ大師匠。ギガご謙遜。


 最後にぃ・・・「精霊強化」っ!!

 「レイ」っ!力を貸してくれっ!!

 思うや否や光の精霊「レイ」が頷いて俺の周りに力強いエネルギーフィールドが生まれる!


 同時に。

 俺自身が眩い光に包まれる!




・・・




ーーーーーーーーーー



 今だけ「R」が補足解説しますね。

 マスターは「三領域同時発動」を成功させた影響で存在進化されました。

 これによりマスターは、ホモ族から仙人種へと存在の格が上昇します。

 「仙境」に到達した者となり、より側に近づいたため、私Rがマスターに対して秘匿すべき情報の一部が解除となりました。


 マスターなら当然の結果ですけどね。



ーーーーーーーーーー



 ・・・・光が徐々に収まっていく。

 どうやら同時発動は成功したらしい。

 暴走しなくて良かったー。


 ん?

 身体つきが変わって・・・って、急成長しとるがな!大人ボディやんけ!

 伸縮性の高い衣類で良かったー。だって何とか大事なところは隠れてるから。


 あ、そこじゃ無いですか?

 失礼。


 なんか三つ混ざって効果が出た感じですね。

 あー、なんか師匠方もお口あんぐりされてますね。


 例の輪っかと。


 「おめでとう御座いますマスター。「仙人種」への進化を成し遂げた方は、この世界においては実に3000年振りの出現となります。心よりお祝い申し上げます。」


 「ありがとうR。って、俺仙人になったの?」

仙人て。おじいちゃんイメージのあれ?


 「はい。「三領域同時発動」を可能にする資質とは、「存在進化」に至る資質。

 「仙境」に至り、大地や水や空気や多くの命を巡る世界そのものに満ちる力を我がものとする「仙気」を自在に纏い操る者、すなわち「仙人種」へと至る資質を指します。

 マスターに教えを施した方々も、それぞれの種族では抜きん出た強者ですが、「存在進化」に至るには、より大きな才能、魂の器を必要とします。」


 「身体がデカくなったのは?」

 ついでに起きた現象の確認をする。


 「「仙人種」は、精神生命体の側面があるため、肉体よりも精神に存在の主導権が移ります。

そのため、肉体的に最も充実する年齢に意識せずとも寄せられて見た目が固定されます。それが理由です。

 マスターの場合は元がホモ族ですので、種族的な肉体のピークである20歳あたりの状態に寄せられた形になりました。


 また、精神力が以前とは次元が違う影響を肉体に及ぼすため、日常生活レベルにおいては物理的な「劣化」とは無縁になります。

 肉体組織の入れ替え作業であるところの「代謝」が起こらなくなり、「代謝」を起こすための材料として必要だった「食物」を摂取する必要が無くなっため、「飢え」が命の危機に繋がらなくなりました。

 活動に必要なものは世界に満ちるエネルギーであり、それは「仙気」としてマスターは自在に操ることができる様になります。


 これらの理由から寿命の理から外れ、老いにより死ぬ事が無くなりました。」


 不老不死ぢゃないですか。

 人外ですがな。マジスーパーマンですがな。

 でも、まだ気がするのは何でだろう?

 「R教えてくれ。?」


 質問する根拠は無い。でも確信めいた予感がある。


 「・・・さすがはマスター。「仙境」に至ってなお。更なる成長の可能性を感じておいでとは。

 先ほどのご質問に対する答えは「いいえ」です。マスターは、更なる成長が可能です。」

Rが答える。


 「やっぱりか。順調過ぎるって思ったわけじゃないけど、Rに教わらなくても辿り着くなんて、出来過ぎてるとは思ったんだよ。

 「専属オペレーター」の導きが必要な領域があるって事だね?」

 もう少し突っ込んでみる。


 「仰る通りです、マスター。

 ただし、現時点ではこのあたりまでが開示の限界です。

 もう一つだけ、次の壁を超えるための情報ヒントを。貴方の額にあるは、もう一つ上の次元へ昇り行くための鍵になります。今後は今まで以上に。」

 とRが情報をくれるが。

 うーん。「気にして欲しい」か。

 今までで一番靄に包まれた言い回しで要領を得ないな。

 でも、悩まないでおくか。

 まずは「仙人種」としてできる事を確認しないとな。


 「いろいろありがとうR。」とお礼を伝えると、


 「ああ。本当に勿体無いお言葉です。

 本音を言えばもっとお渡ししたいのですが・・・。でも私、マスターをこれまで以上に支える覚悟ができました。どうか歩みを止めず、邁進してくださいませ!」

 何だかRからの信頼が厚くなってる気がする。

 ありがたいことだね。


 「一旦切るよ、R。」

 言いながら例の輪で意識共有を解除した。




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