第003話 光の話③ 始りの予兆①
ゆっくり、ゆっくり夜を進む。
飛行船とは気持ちよい乗り物って、言いたかったが、現在ローリング・フォーティーズの風が強くなって来ているせいで、船酔いならぬ、飛行船酔いの真っ最中だ。
クリスティと博士は大丈夫らいいが、クルーの半分は胃の中に何もないっていないだろう。
また、一人船尾に走っていく男が目に入る。
ここにいるクルーの一人で一番大きい体の黒人男性で、名前はろくに覚えていないが、出身はイスラム圏の男だ。
この飛行船のクルーは3割半が老人、2割半がそれに続く中年といった所で、あとは中年に入りそうな奴らが多く。20代や30代は1割を切る程度だ。
で、この分布で、日本人が4割、残りが外人勢だ。
そして黒人が半分を占める。残る1割がアメリカ、ロシア、EU勢の順となる。
言って見れば、かなり偏っている訳だ。
アジア圏では日本人以外はいないのだが、黒人以外は他国面々のスパイだろうな。
クリスティもその一人だが、黒人にも居るのだろう。
しかし、そんな面々だからか、チームとしてはそれぞれがエキスパートな腕をもっているらしく。
いつのまにか、怪しげな奴らだけが指示系統の工員になっていた。
そのまま、乗り込んだわけだから、博士が艦橋と呼ぶ、ここはそれらのメンツが勢ぞろいしているのだ。
「クリスティ、彼なんて名だっけ?」
またーって顔をこっちにむけてきたが、仕方ないなーという顔にかわると、
「ブレハム・ハムナプトフよ。私がもし倒れたら、彼にここを任せなさい。イラク空軍の准将よ。って、これは内緒よ。ここにいる連中は、みんな知っているから、言ったけど」
「空軍か、なるほど。飛行船だって大丈夫って言いたいんだな」
クリスティが小型の計測器へ目を移しながら、
「ロシア機もアメリカ機もイケるんだから、この飛行船だって扱えるはずよ」
「そんなすごい奴が居たのか。でもさ、それならなんでクリスティがそこを担当?」
「博士が一番だと、選んだんだから、しかたないわね。理由はわかってるけど、ひかる君だって私のことは知ってるでしょう」
そうでした、あなたも空軍にいたし、宇宙へも上がったってのは知ってる。
「でもさ、この飛行船の操作なんて戦闘機ほど難しくなさそうだけどなー」
「そうねぇ。そこが私らには楽しい仕事ね」
博士が足元の床を数回けとばしてから、クリスティは黙ってしまった。
「ひかる君。君だって、昔、武にF-15J C/Dイーグル戦闘機の複座機で後座にのっただろ。実の所はな、なんらかで飛行経験をしている奴らしか、ここには居ないんだよ」
陰謀くせー。って俺だけが、なんか小者じゃないか。操縦は経験がないんだからな。
だいたい、博士が一番あぶねーのは、考えるまでもなそうだ。
「それより、そろそろ新装備を試す。それと下のゴンドラは内部に上げる。あれがついていると邪魔でなぁ。風がひどいと、落としてしまうかもしれんからな」
そういえば、まだバミューダ鉱石はあの中だった。
「ってことは、この状態でクドラントフィールドは解除するんですか?」
「そういうことになる」
そうなると、今の揺れとは比較にならない揺れ方になるじゃねーか。
「でな、新装備ってのは後尾にあるエアースロットル機構だ。と言ってもエンジンなどにあるスロットルではなく、この飛行船の進行方向を安定化させるための吸気口で、吸いこんだエアーは吸入口より圧力を受けて強く噴射できる仕組みでな、直進性を増すように設計した新装備なんだ」
博士は、あまり細かい仕組みまでは教えてくれないが、大まかには理解できる。
ようするに、揺れなくなる工夫は、安定運航に必要になんだ。
風の来る方向へ頭を向けたまま、尻を振るって風が当たる面は最小になるってことだな。
「後部の舵より、後ろにスロットルを突きだし、エアーインテーク部は舵の前あたりだ」
博士は、六角レンチみたいな、クランチ器具をもっていって、回してこいと渡す。
「しっかり張り出すまでは、揺れるので、かなり危ないぞ。気お付けてな」
そして、安全帯とハーネスベルトを一式、渡された。
これ、俺に役がまわる理由を聞きたいね?
そこは骨組みのみの場所だった。というより、梯子もタラップもない。
外壁近くに、確かに回転させる部位がみえるが、そこへ行くには宙吊りになってもおかしくない。
全部で6か所。上下に3つずつ、左右に2つずつ、丁度、飛行船を輪切りに見て60度方向へ6つある。
サーカスじゃねーんだぞ、こんな所に、なんで作ったんだ。
あのジジィ、俺が資金調達をサボったとでもいいたいのか?
電気系の拡声機が飛行船内部に伝令をひびかせた。
「これよりクドラントフィールドを解除する」
俺は慌てて、腰の安全具を鉄骨へ繋ぎ、回転具へ向かう。
飛行船は二重構造の層をもっているってのを、思い出す分には、エアーインテークは、外層にあって、外層と内装の間に空気を通すという事だろう。
こちら側に装置の開閉器をつけた理由は判った。が、なんで俺なんだよー。
俺はその後、なんどとブラーンと中吊りになったことか。
仕事はしっかりやったが、あちこち打ち身に、頭にはたん瘤までつくって戻った。
「おかえり、ひかる君すごいわ。通常航行でもかなり安定したわよ」
「そりゃよかったね。こちとらパチンコ玉になった気分だったよ」
博士は、にやりと笑いやがった。
たしかに、ここのクルーから比べたら、年齢的にも。体格が小さめってのも、あって。
適任だとでも思ったんだろう。
「そうだ、そろそろ人工衛星との連絡が切れるぞ、各自母国との連絡がある奴はおるだろ。この先は通話できん。済ませておけ」
俺は、とうとう博士の素の顔をみた。偉そうに。
どうせ俺の携帯は一般の電波しか入らない。こんな陸のない海ではアンテナは立たない。
誰にかける電話もないが・・・。
それでも、携帯を取り出すと、待ち受け画面を開く。
そこには、俺と兄と父とクリスティが祭りの花火をバックに楽しそうにしている一枚が時を残していた。
花火かぁ、ずいぶんと長く見てないな。
当たり前だが、アンテナはやっぱり立っていない。
艦橋にもどると、あの黒人の大男が左手を負傷したのか包帯が巻かれて居た。
俺がそれをみていると、「ゴンドラの収容中にロープにはさんだだけだ、気にするほどでもないぞ」と、日本語を使って話してきた。
「俺もエアーインテークの解放で、あちこち打ち身ですが、やってきましたよ」
「一番若そうに見えるが、よくやった。・・・そうだ、俺のバックから衛星携帯をとってくれ」
すぐ横にあるが、利き手側を挟んだらしい。バックはすぐ近くにあるが、頼まれる。
バックを開けると、中身は・・・。
ザスタバ CZ 99、セルビアの銃が無造作に入っているのを見る事になった。
モデルガンで見たことはあったが、本物がここにはあった。
衛星電話をさっと取り出して、ブレハム・ハムナプトフへ渡す。
「この先、よろしくな。君の兄、武は俺のバディだったこともあるんだ」
「そうでしたか」
ブレハムは、もう隠すこともなく、そのまま国防省へ電話を掛けた。
そんな最中に、博士が拡声器をつかった。
飛行船全体へ博士の声がかかる。
「これより先は、運命を儂に預けてもらうが、飛行船から降りるという者は、後方のエアー噴射口からしか出れなくなる。それがもっとも安定して着水できる方法となる。着水以後の命の保証はないが、どうしても降りる者がいたら、それで降りてもらう」
博士の説明はつづく。
このあたりからは、南極周極流だ。
南極をぐるりと地球一周、最も海流が早い海流で有名で、海水温マイナス2度。
何分も泳ぐ前に死ぬ温度だ。飛び込むなら死が目前と決る海だ。
仮に船が救出に来て居ても、この海流から出るには、大型の船舶でも困難な海流だ。
ゆえに、南極への到達とは、人類が苦労してきた歴史の一面として語られている。
波のアップダウンも激しく、船体へのダメージも大きい。
それゆえ、南極探査へ出た弱い船では、遭難どころか沈没となる。
世界でもっとも過酷な海流の上、風に逆らっての空に、俺たちは居るのだ。
ポイント・ネモは、この先の航路で待っている。
「クドラントフィールドを再発生は、満月が上がったら、発生させる」
博士の声は、いつもの声とは少し、張り詰めていて、皆が固唾をのんで聞いた。
あれ、おかしいな、地球の自転に対して、船首に満月って、出るのか?
俺は右腕に握りこぶしをつくり、地球にみたて、月の動きと太陽の位置を考えた。
いや、ありえない。月は拳の右に出る。ブラジル方面じゃないとおかしいのだ。
今向かっている方向は、オーストラリア方面へ向いている。
何が、おきるんだ。
そんな訳ないだろう。
いやぁ、博士がまちがったにちがいねー。そんなおかしな事が、あるわけないだろ。
西に航路をとってるんだ、東にしか満月はあがらんぞ。ボケたか?
しかし、それはすぐにやってきた。
見たこともない赤い満月が船首にむかって、あがって来たのだ。確かに月の模様は同じだ。
「これよりポイント・ネモへの突撃をアプローチを開始する」
博士は意気揚々な感じを声にのせていた。
クドラントフィールドを再発生を行うと、速力はぐんぐん増していく。
まるで戦闘機が雲を抜けて、空を突き抜ける気分だ。
「そろそろ、人工衛星との通信がきれるので、通話はそろそろ限界になる」
この警告が出たころには、誰もが通信をおえていた。
しかし、俺の携帯には、着信が来た!
「え、何?、アンテナなしなのに?」おばけ電話、壊れた?
思わず、声をだすほどに驚いた。
こういう時は、とりあえず、出る。
電話してきたのは誰だ。
携帯の声は女だった。
「武の命令で、通話する者だが、そのまま聞いてもらう」
なんか、上からの言い方する女だな。
「その飛行船は、かならず成功してもらうために、助言を与える」
「誰なんだ、君?」
「いつか、わかる。それはどうでもいい。この先、渦がでてくるから、その時、鯨の一角を渦の軸に乗せろ。そうしないと穴の通過に問題をおこす。いいな。軸を観ろ。軸にはこちらから光を送るので、それを目標に一角を乗せて航行しろ」
そこから、声はかすれてきて、「・・・いいか、その先へ向かっても私も武も居ない・・・」
それっきりで、声と通話状態は切れた。
それを見ていた、いや、聞いていただな。
クリスティと博士は、ロケットブースターの計器を操作しはじめた。
これは一大事だ。ありえない事がおきるんだ。
「ポイント・ネモまであと100kmに入ります」クリスティが声を荒げると。
前方に霧が現れ始めた。
赤い満月は、その霧の中でも見えた。
また、UFO?
そして、霧は次第に渦をつくりはじめ、渦は大砲の砲身のようになっていく。
下側は海面に一部没して、まるで霧のトンネルが出たような状態で、飛行船はその中へ向かう。
渦は風をまいて、時計の逆巻きに荒れている。
「博士、これ通るんですか? 風速が強すぎて、ちょっとでも外したら、海面におしつけられるかもしれないです!」
「そのためのロケット推進なんだよ」
飛行船は揺らぐ。上下左右へと。
操船がむずかしいのか、博士もクドラントアラート鉱石を必死に調節し、忙しい。
渦の中心、奥からグリーンの光線だろうか、一条のラインが渦の中心軸に引かれた。
内部からのビーム?
大気に反応して見えているのか?
大学でレーザーポインターのビームを使った講義では見たことがあるけど、あんな大規模なのは見たことはないな。しかしこれが・・・。
なるほど、携帯での話は、これの事か。確かに、回転する渦の中心あたりだ。
「博士、あの光にのせてください。飛行船の角をライトに乗せるように航行してください」
「了解。クリスティ君、フルバーストだ!」博士は、点火を合図した。
「イエス」こういう時は今も英語なのか。クリスティの顔にも緊張がはしる。
ロケットは爆音をたてて、8基とも火を噴き、がくんと重力がかかった衝撃を伝えてきた。
あとは、もう必死に何かに掴まるだけで、声が遠くなり、なにもかもが轟音に消されていく。
周囲の渦も轟音をたてているが、ロケットが近いからか、振動もすごい。
ビームのラインには、しっかり角はのった!
体が推進力の加速重力に耐えきれなくなって、俺は気を失っていく。
「再び来たぞ、武ぅ」気が遠くなる瞬間に聞いたのは、博士の声で、最後だった。
【飛行船は、このときポイント・ネモを通過して、空から消えたのだ】
何もかも無かったかのように、霧も晴れて・・・。
飛行船の姿は消えた。
少し前に戻り、赤い月が見えてから。
一部のクルーは、この異常な穴に入ることを怖がって、海中へ飛び込んだものもいた。
宗教に強く関わる者には、この渦を通過するとき、悪魔をみたと発狂して船尾へ走っていたのだ。何人がそうしたか、残ったのは何名なのか。
冷たい海へのダイブは、何かの救いになるのだろうか?
夜空の星だけは見ているはずなのだ。
伝説の大陸への通過路。海と陸との反転界、または分離界。それは異世界と言うべきかもしれない。
しかし、現在もそこへ辿り着く保証が、有るとは決まらない事を、誰もしらない。
博士ですら・・・。
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【前置きとなる第0章】は、ここまで、3話分で終わりです。
次章からはナトランティスの本醍、本話となって繋がり、物語は異世界へ
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