第002話 光の話② 始りの予兆①

 あれからどうなったかって、当然博士の独断は続き、結局出航。


 そうなるわな。いつものこと。いつものことだい。(止められない俺も俺だが)


 さて、飛行船というのは本来、ゆっくりと進むものであり、このようにさっさと見えない高さへ浮くものではない。


 いきなり出航と言って、ドックの天井を開けている最中からプロペラエンジンの機動を開始した博士。


 一部ぶつけそうになるも、無事出航。


 そのまま数分で人の目で、あまり見にくいだろう高さまで来たものだ。


 その速さとは5分程度。


 はー。と、ため息ひとつ。


 ロケット噴射して打ち上げてる速度と、あんまり変わらないような勢いだな。


 下で見ていた人の事だ、当然、あんぐりと顎を下げて驚いただろうな。


 それを見た人は轟音など音が出ないので、数ほどは少ないだろうが、さて、奇妙な物を見たと今頃騒いでるはずだ。


 船体が真っ白なんで高度も極端に高いと肉眼で見つけるのも大変になる。


 ロケットみたいに噴射の軌跡はのこらない所が、救いだ。それでも写真は撮られただろう。


 水平に横長い物体が、その姿勢を維持したまま、ロケットなみにぐんぐん地上を離れる姿。異様だろうなぁ。


 一応。船内でも外界を見るカメラが付けられているので、操縦席ではそれをスクリーンに切り替えて見ていられるんだが、これらを操作するのも初めてで、慣れてもいないうちに高度をブチ上げてしまった。


 今は前方だけをスクリーンに映している。


 前方カメラは左右4つずつ並列して目玉のように配置している。


 これをクリスティは蜘蛛みたいね、何て言ってたけど。


 博士に言わせれば、用途別なカメラだとかで、いろんな計測用らしい。


 そういう機能だってのも工員からも聞かされてはいるので、性能がある機体なんだろうとおもっている。


 博士はナマズの触覚とかいってたな。


 現在この飛行船は、無重力の内部で操縦を行っている。


 クルー全員が未経験な飛行船である点が一番怖い所だが、今のところ何も事件は起きていない。


 雲間を抜けた時は、少し風に煽られたが雲の中を強引に突き抜けていった。


 大きさがなければ、揺れ多かったのかもしれない。


 飛行船そのもに乗ったのも初めてだった俺は、ヘリコプターに初めて乗った時の記憶をたどっていた。


 あのような、揺れはないんだなと。UH-60ヘリで旋回した時は、遊園地のライド系のアトラクションに乗ったような気分だった。


 それを思い出していたんだ。


 博士が、一枚のプレートを持って来た。


 船体名の入ったプレートだ。大舵の前にそいつを付けると、満足そうに腕を組んだ。


 名は、「白鬼の鯨号」と名付けたのだ。


 満足なんだろうな、博士。


 見た目が一角鯨で、真っ白だから、そんな名前になりました。と、まぁいい、名前なんか。航行に集中しないとな。




 で、現在、機長は博士こと、胡麻田一本路(ごまだ・いっぽんじ)博士、操舵は俺、泉岬光(いずみさき・みつる)となりました。


 クリスティは航海士として地図方位の担当で、他のクルーは、適当に製造時の知ったる部に分かれて運用しております。


 日本の北海道から出発したが、まだ北極には到達してません。


 そりゃそうだ。北極へ向かう季節じゃない。都合のいい風は吹く訳もなし。


 それでも、飛行船の腹側にある6基のプロペラは頑張って推進力を作っている。


 クドラントアラート鉱石をいじくってるのは、当然博士。そんでもって通常エンジンの調子もみている。


 飛行船のプロペラエンジンは電気モーターでバッテリー駆動式。充電パネルも外層に張り付けた物である。


 そんな訳で、この飛行船の全エンジン系は博士が握った状態。


「博士ぇ、そろそろロケット使う準備しなくていいんですか?」


「このままの高さでロシア領に入るんですか?」


「使わんよ! あれは、まだまだ後での予定だ。今はほっとけ」


「へーぃ」どのタイミングで使う気か、本当に使う気があるのかも疑わしく感じる。


 そのうち撃ち落とされるんじゃないか。


「ロシアには言ってある。気にせず高度を上げるぞ。太陽光は高い高度ほど当たりやすくなる。もうすぐ夜じゃからな」


(手回しのいい所がある面で、充電ケチかい)


 いつもながら気苦労か。なーんか・・・どうでもよくなってきた。


 それも、クドラントアラート鉱石のほうが、あまりに順調で安定航行にあるので、嘘みたいな乗り心地だからだろう。


 夕陽の入る景色を見るのに、カメラの一つを夕陽に向けると、美しい光景がスクリーンに映し出され、工員兼クルー達も見入っていた。


「ひかる君。君は北極に行った事は、あるか?」


 ない。そんな何もない所、行ってどうする。


 昔なら氷もあっただろうが、今はただの海だ。白熊もいねーぞ。


 「ないですよ」


 俺を、博士が名前で呼ぶ時は、光を「ひかる」と呼ぶ。


 これは父も兄も姉も妹も、そう呼ぶからであって、学生時代から家どうしでの繋がりがあって、ご近所でもなのだが、この人は知っても直さないのだ。


 何回か間違いは指摘したが、もう、いいやと、なった。


 今じゃ、まともに呼ぶ奴はいない。クリスティも「ひかる君」と呼ぶ。こっちは身内寄りなんで、まぁ納得いくんだが。


 元は小さい時の、あだ名なんだが、身内以外で、成人してからも呼ばれる身ともなると、直してほしい。知らない人に聞かれれば、それなりな気苦労も発生するからだ。


「・・・そうか、それじゃーな、少し北極を教えてやろうかな」


 あ、この流れ。しくじった。


 博士は北極の生体調査で海洋船で出た頃の話を、ずっと聞かせてくれました。以前にも聞いた話で、あくびもでました。


 で、とうとう、北極点に到達。なんにもなかったな。


「博士。ここで、何かするんですか?」


「何をしたいんじゃ。わしは再び北極点へ来たかっただけだ」


「はい? そうだったんですか」そうですよね。そういう人でした。


 ああ、高度が高すぎて日没がこねー。老人はさっさと寝ちまえ。


 と、言いたいが・・・なんもしなきゃー、バミューダに直行しろやー。


 雑誌でも持っていたら、行き場のないフラストレーションは、床に張っ叩く所だよ。


 もう観光だ、観光。そういう事にしよう。


 自分を納得させて、少しぎこちなくなったが、クリスティに紅茶でも飲もうか?


 なんて会話をはじめた。


 流石に寒さ対策された飛行船で、内部は二重構造といえ、寒さは伝わる。


 クドラントアラート鉱石が熱を出していなかったら、暖房設備が居る所だったな・・・。


 そこへ、謎の円盤が急接近してきた。これは所謂UFO、今じゃUSOなんて言ってるのも知ってるが・・・。


 目の前に出たそれは、船体にアメリカの旗印を付けていた。


 アダムスキータイプの円盤だ。昭和に見たやつだ。なつかしいな。


 おそらくはアラスカ方面から、やってきたのだろう。


 さて、もう驚かんぞ。


 しばらく並走したあと、先導するように前に位置を取り、行き先が解っているんだな、航路をしっかりバミューダへ向けた。


 そのまま知らない振りをして、博士に聞く。


「あれ、お友達ですか?」博士のことだ、何か繋がりがあるんだろうけど、知らない所で怪しくても、何から、していそうだ。


「ん、特にないぞ。この飛行船がめずらしいから、見に来たんじゃろ」


「ははは、そうですかねぇ、こんな飛行船、普通に見ても可笑しいですからねー」


 逃げた方がいいんじゃないか?


「そうじゃなー、ロケットはミサイルにも、見えるかもしれんからなー」


 博士が真面目に言う所か? 笑える顔をしてら。


「通信士、アメリカ宇宙局の通信バンドで、『御勤めご苦労様』と、言ってやれ。返事はないと思うがな」


 博士は煙草を胸ポケットから出して口にいれた。


 飛行船に水素満載な条件はなくなったものの、安全なのだと判っても、気になる煙草だ。


 そうそう、そうだった、こんな高い高度では飛行船は運用できない。


 この先へ上がるなら宇宙服もいる高度になる。


 フィールドで包まれていなければ、酸欠になる高度に到達しているのだった。


 とりあえず付いて行こう。


 好戦的な話は無しで、お願いしますよ。


 そうしてUFOを追いかけてアメリカ上空を飛ぶと、下に戦闘機が集まっていた。どうやら、この高さへ上がってはこれないのだろう。


 F-22戦闘機、ラプターだな。


 迎撃するなら空軍基地からで、妥当な機体だよな。


 空対空ミサイル、たぶんサイドワインダーを搭載して来たんだろうけど、58000フィート以上の、この高さじゃ射程におさめても、機体姿勢維持の操縦のほうが厳しいだろう。


 クリスティはたぶん知っている。


 そういう、お仕事をしていた人だしなぁ。


「あと10000フィートは登ってこないと、飛ばした意味はないですね」と、クリスティは軽く言う。


 サイドワインダーにも世代や用途別に種類があって、「AIM-9Xなら届くだろ」俺だってなにも知らないわけではない。


 40km射程の9Xミサイルなら、狙えれば届くだろう。


「発射はないですよ。ロケットが落ちた時に対処するつもりで、あげてるんでしょう」


 事情通なクリスティには全体像の知識で勝てる訳もない。


「そもそも、こっちだってロケット全部点火し、更に上空へ上がったら逃げられますからね」


 ブラックバードが来てないんだし、最悪を考えて、やはりUFO計画機が出て来たって事か。


 アメリカを縦断するのは、以外と早く感じた。


 そのまま、海へ抜けると、アダムスキー型は、左右に機体を振って、スッと消えた。


 あれがTR-B2の後継機なんだろうか?


「博士、バミューダですが、何かするんですか? さすがに何もないなんて事はないでしょう?」


「ああ、やるぞ。海中へ下ろすぞ」


「白鬼の鯨って一応鯨ですし、潜水能力まであるんですか?」


「ばかもんが、飛行船が潜水艦になるわけがなかろう。ワイヤーでソノブイを下ろすんだよ」


「あとは近くに、向うから浮上してくれる手筈だ。ワイヤーに天然物のクドラントアラート鉱石籠をひっかけて吊り上げる」


 潜水艦って、どうせ、ろくな相手じゃなさそうだな。海賊? いやマフィア? メキシコ湾だしなー。何が来ているやら。


「博士、軍事物資は積んでないでしょ。ソノブイなんて当然ないでしょ?」


「そっくりな物は、あるんじゃよ」


 左様ですか。結局エサもなしか。海賊やマフィアだったら、パシリにさせやがってと、怒りそうだ。


 クリスティが指示を発した。


「降下開始し位置に入ります」いよいよバミューダ域だ。


「了解。機首下げ、旋回行動開始。ラダー30度右倒し。目標高度まで雲なし、気象安定」


「うむ」博士はエンジンを一部切り、急速降下を開始した。


 海上30mで安定状態を維持。ソノブイもどき投下。


 ドボンと、なさけない音をたてて、もどきは海中に落ちた。


 もどきって言っても、ソナーは付けてあるらしい。


 どこの潜水艦がくるのか、海上には、まだ何も見えない。


 そうしているうちに、海面に赤い色が目立つ国旗を掲げながら、真下から潜水艦が一隻、浮上してきた。


「あれ、やばくないですか?」真上から真下を映すカメラはないので窓をつかって見るので、はっきり識別しにくい。この潜水艦、中国じゃないのか?


 飛行船の影の真下だ、レーダーに映らないように、上手に隠れているってことか?


 見なかった事にしよう。


 下方窓の近くにゴンドラがあるので、そこへいったん収容して、天然鉱石は積み込んだ。


 意外と多く貰えたと喜ぶ博士だが、この人はどことも繋がりを持っている。怖い怖い。


 アメリカ近海で潜水艦、いやあれは原子力潜水艦だろう。


 どう考えても、居るわけない物が居るって、何がどうなってるんだか。


 まさかこれも了解済み? そんな訳もないだろう。博士が関与してる部分がよくわからない。あー怖いって。


 さっさと逃げたい逃げたい、腹の下から弾道ミサイルなんてたまらんぞ。


 青ざめていく顔を見てか、クリスティは「航行開始、一般高度まで上昇してください」と声をあげた。


「ヨーソロー」と、博士だけが上機嫌だった。


 ここからは、大国の顔をみるほどには緊張はない。一般の飛行船を偽装する。


 クリスティが「進路をスクリーンへ投影します。計画はこのまま一般的な飛行船の高度でよろしいですか?」と聞く。


 博士はそれをみて、「そのままでいい、ここからの諸国は普通に飛行船だと思うことだろう。スパイ機関が強い国ではない」


 たまに、こういう事も言う博士だ。そこは思考が鋭敏だって納得する。


 俺はホログラムスクリーンの航路をじっと眺める。


 あとは、南米大陸を横断して目指す座標へ向かうが、やっぱり、この計画は、目的地へ行くには問題があるんじゃないか?


 逆回りした方が遠くてもいいだろうに。


 ローリング・フォーティーズに逆らうんだ。結構厳しいぞ。


 普通は逆航路を使って追い風で入るもんでしょー。


 わざわざ風の来る方へ向かって、向き風を受ける方向に向かうのはおかしい。


 この時、事故を起こすとしたら、ここだろうなと、俺は覚悟を固唾にのせて、飲み込んだのだ。


 事故があっても、最も近い陸地まで、2700km近く、世界でもっとも遠い海を目指す。


 プロペラを回して、飛行船は偏西風へ向かって南下をはじめた。


 そして二日目の夜がやってくる。


 ポイント・ネモまで、まだまだ遠い。


 【第0章 第002話は、ここまで】


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 【クリスティの考えは巡る】


 クリスティ―も光ると同じく、それは思っていた。


 この航路で、南太平洋、海洋到達不能極(Oceanic Pole of Inaccessibility)ポイント・ネモを目指す理由って何かしら。


 天然石まで積んで、きっと、そこは入り口にすぎないんだわ。


 彼女は博士が海洋地図にインクで書いたルートと到達先、ポイント・ネモの場所に、未知と書いた所を右中指で軽く2回ふれた。


 ネモ船長の名前から付いた、ポイント。プラトンが居た時代を思い出して、指先は大西洋のアトランティスへと、指先は辿る。


 そのまま少し考えて、何かのヒントかを導いた。


 南半球の偏西風(ローリング・フォーティーズ)に逆らう事が、何か意味があるんだわ。


 それを、博士は見るが、彼は一部始終を知っていてか、更に目が合っても、何食わぬと煙草を吹かすばかりであった。

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