第2話 国会、初登庁。

国会議事堂は、思っていたより大きくて、そして重かった。

建物そのものが、大きな意思を持っているみたいだった。


「関係者の方ですか?」


玄関の前で立ち止まっていたら、黒服の警備員に声をかけられた。

私は一歩下がって、鞄から身分証を取り出した。


「文部科学大臣……朝倉 翠さん、ですね。お待ちしておりました。ご案内します」


警備員の目線が、一瞬だけ泳いだのを私は見逃さなかった。

たぶん、心の中で「小学生じゃん」って言ってたと思う。



中に入ると、空気が変わった。

足音が響く。天井が高い。壁が白くて、無駄にきれい。

なのに、人の姿はあまりなかった。

私は、案内されながら頭の中で何度もつぶやいた。

ここに、私がいていいの?

エレベーターを上がり、会議室に通された。

そこには一人の女性が立っていた。


「おはようございます。私、文科省から派遣された補佐官の坂井(さかい)と申します。

本日より、大臣の業務をサポートさせていただきます」


その人はスーツ姿で、髪はひとつにまとめていて、背筋がピンとしていた。

たぶん、すごくできる人なんだと思う。

私は思い切って聞いてみた。


「あの……わたし、学校には……?」


「はい。大臣としての公務に支障がない範囲で、で、小学校への在籍は継続されます。

 義務教育との両立は、AIS制度でも特例が定められています」


「じゃあ、今まで通ってた学校の友達には……」


「ご家族と、在籍していた小学校には、すでに個別の説明と調整が行われています。詳細は後ほど資料をお渡ししますね」


まるで、すべての“非常識”が“常識”として処理されていくようだった。



議員バッジを胸につけて、登庁届にサインをした。

何かのコスプレをしているみたいだった。


「今日は記者会見があります。『小学生が大臣に任命されたこと』に関する初見解を、記者団から求められます」


「えっ……しゃべらなきゃいけないんですか?」


「はい。でも安心してください。あくまで“所信”ではなく、“ご挨拶”ですから。

 内容は自由にご発言いただいて構いません」


……自由に、って。

こっちは、何も知らない小学生なんですけど。


「……あの、変なこと言ったらどうしよう。笑われたり、怒られたり……」


坂井さんは、ふっと笑った。


「“何も言わないより、何か言った方がいい”というだけでも、充分立派です。

それに、あなたの言葉は、誰かの“気づき”になる可能性があるんです」


その言葉が、少しだけ胸の奥に入ってきた。

それを聞いて、ほんの少しだけ、息ができた気がした。



私は、演台の前に立った。

たくさんのカメラが、まぶしかった。

無数のフラッシュ。無言の期待。

きっと、「おもしろいコメント」を待っている人もいる。

「炎上しそうな一言」を探している人もいる。

だけど──私は、胸の奥から湧いてきた言葉を、素直に口にした。


「正直、何をすればいいのか、まだ全然わかりません。

 でも、子どもだからこそ、言えることもあると思っています。

 “勉強ってなに?” “学校ってなんのため?” そんな素朴な疑問を、大人と一緒に考えていけたらと思います」


記者たちの反応はまちまちだった。

「かわいいですね」と笑う人もいれば、無言でメモを取り続ける人もいた。

でも、それでよかった。

私は、ちゃんと自分の言葉でしゃべった。



坂井さんが、控室で言ってくれた。


「堂々としてましたね。緊張、されてましたか?」


「めっちゃしてました。でも……

 “子どもなのに”って言われるの、やっぱりくやしくて」


そのとき、坂井さんはふっと笑った。


「いいですね、その気持ち。

 “当たり前”を疑うことが、変化の第一歩ですから」


私の中に、小さな火が灯った気がした。



🧠 学びのヒント

「ここに自分がいていいのか?」

初めての場所、大きな役割。

年齢や立場にとらわれずに声を出すには、ちょっと勇気がいります。

でも、「疑問を持つこと」や「素直に言葉を伝えること」は、

どんな大人にもできるわけじゃありません。

🌱“子どもだからこそ言えること”って、どんなことだと思いますか?

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