12歳の大臣、AI国家へ行く。
@airgaku
第1話 君が、文部科学大臣に選ばれました
朝食中に、それは来た。
「
母の声に、私はスマホをのぞき込んだ。トーストをくわえたまま、のんきに画面をタップして──
次の瞬間、牛乳を盛大に吹き出した。
【任命通知】
あなたは新・文部科学大臣に選ばれました。AI国家選抜制度にもとづき、国民認証・公文書手続きは完了済みです。
「……え?」
画面を何度もスクロールし直した。けれど、間違いじゃなかった。
私の名前、顔写真、そして「役職:文部科学大臣」の文字。
「なにこれ、ドッキリ動画? スマホのバグ? それとも新しいソシャゲのイベント?」
私はスマホを机に置き、わざとらしく深呼吸する。
父と母が顔を見合わせ、苦笑した。
「最近のAIって、変なことするねぇ」
けれど、添付された政府の公式発表サイトを確認した瞬間、空気が変わった。
まるで、部屋の温度が5度くらい下がったみたいだった。
「……これ、本物じゃない?」
画面には、国会議員リストのなかに「朝倉 翠(12)」と記されていた。
私の、正式な顔写真付きで。
「まさかうちの子が大臣になるなんて。冗談にもならないわよ」
母が言う。
でも、父は無言でスマホを操作し、ぽつりとつぶやいた。
「AIS制度……忘れてたな」
数年前、日本は“立候補制”の選挙をやめた。
代わりに導入されたのがAI国家選抜制度(AIS)。
政治家を「選ぶ」のではなく、「AIが国民のなかから選ぶ」制度。
経歴、日常の行動、SNS投稿、推薦の言葉、学校での振る舞い──
すべてが分析対象になる。
その結果として、年齢も、職業も、まったく関係ない。
議員になれるのは「今の時代にとって最適」と判断された人。
たとえ、それが12歳の小学生でも。
「理由、ちゃんと書いてある」
父が読み上げた。
・学級会で展開した“子ども会議”のSNS投稿が拡散し、支持スコア上位1%を記録
・同年代からの推薦が多数あり、教育分野での革新性が見込まれる
・共感力スコア・公共意識スコアが標準値を大幅に上回る
「えっ……そんなの、わたし知らないよ。
ただ、“こんなことがあったらいいな”って、絵に描いて投稿しただけで……」
私は自分のスマホを取り出し、思い出したように過去の投稿を見返した。
“給食のメニューをクラスで決めるにはどうしたら?”
“子どもが決めたルールで学校が運営されたら?”
コメントがついて、いいねももらえて、嬉しかった。
でも、それが「大臣になる材料」になるなんて、思いもしなかった。
「勝手に選ばれて、どうすればいいの?」
私の声が震えた。
誇らしいとか、嬉しいとか、そんな気持ちは一切なかった。
胸に渦巻いていたのは、戸惑いと、不安と──ちょっとだけ怒りだった。
「ほんとに……AIって“正しい人”を選んでるの?」
ふと口にしたその疑問に、母は黙り込んだ。
父も、返事をしなかった。
スマホを持つ手がじんわり汗ばんでいるのがわかった。
でも通知は、すでに「辞退期限が24時間以内」であることを示していた。
もし辞退しないなら、明日の朝には、国会で登庁手続きがあるという。
その夜、私はなかなか眠れなかった。
布団の中で、天井を見ながら考えた。
どうして私なんだろう。
他に、もっとすごい人はいなかったの?
なんで“子どものアイデア”が、大人の制度に反映されちゃうの?
いろんな「なぜ」が、頭の中をぐるぐる回った。
けれど、答えは出なかった。
翌朝。
私はスーツに着替え、リュックを背負った。
国会議事堂へ向かう道を、電車と徒歩で進む。
ランドセルじゃない。制服でもない。
なのに、私はまだ「小学生」だった。
でも今は、「文部科学大臣」でもある。
ふたつの肩書きが、私の背中に重くのしかかっていた。
議事堂の建物が、遠くに見えた。
不安だし、自信もない。
でも、逃げたくはなかった。
たとえ12歳でも。
わたしの声で、何かを動かせるかもしれない。
そう思って、私は一歩、前に踏み出した。
🧠 学びのヒント
「なんで自分が選ばれたの?」
突然大きな役割を任されたとき、驚きや不安を感じるのは当然です。
でも、自分では気づいていなくても、過去の行動や言葉が、誰かの心に届いていることがあります。
AIであれ人であれ、評価されたときは「自分が何をしてきたか」をふりかえるチャンスです。
🌱あなたなら、どんな理由で選ばれてみたいですか?
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