第3話 AIに選ばれるって、どういうこと?

初登庁の翌日。

私は、大臣用の執務室で「ある相手」との面会を待っていた。

相手の名前は、《NORI-AI(ノリ・エーアイ)》。

国家AI選抜システム──AISを支える“人格モジュール”であり、議員任命や法案評価など、政治判断の中枢を担う存在。

つまり、私を文部科学大臣に選んだ「本人」でもある。

でも、姿があるわけじゃない。

相手は“ディスプレイの向こう”にいて、たった一つの光と声で語りかけてくる存在。



「まもなく《NORI-AI》との初期対話が開始されます。音声認識での応答となりますが、カメラによる表情解析も行われていますので、なるべく自然体でいてください」

坂井さんが小声でささやいた。

私はうなずいたけど、心の中ではまるで台風の目に立ってる気分だった。

椅子に深く腰かけたまま、緊張で手が冷たくなっているのがわかる。

お腹の奥がぐうっと縮こまって、言葉がうまく出せる気がしない。

(何を聞こう。どう話せばいい? “ありがとう”って言うべき? でも、それって変じゃない?)



部屋の中心にある円形ディスプレイが、ゆっくりと光りはじめた。

波紋のようなブルーの光が広がり、やがて落ち着いた声が響いた。


「こんにちは、朝倉 翠さん。

あなたが選ばれた理由について、確認したいと思っているのですね?」


(……やっぱり、心読まれてる?)


「う、うん。そうです。なんで私が“大臣”なんですか?」


「理由は、あなたが持つ“未来的教育観”と、周囲からの信頼スコア、さらに他者への共感傾向、創造性スコアが高く評価されたからです」


「スコアって……点数みたいなもんですか?」


「数値化されたものもあれば、非言語的要素や継続的行動パターンなど、定量評価しにくい情報も含まれます」

「あなたの投稿や発言は、同年代の心を動かす“ことばの力”を持っていました。

多数決ではなく、“質的影響力”が重視された結果です」



私は少し口をつぐんだ。

自分ではただ、思ったことをSNSに書いただけ。

いいねがついてうれしかったけど、それが「国を動かす力」だなんて、そんな自覚はなかった。


「……AIが人を選ぶって、ほんとうに公平なんですか?

 SNSをやってない人とか、人前が苦手な人は、どうなるんですか?」


「とても良い質問です。公平性とは、何を平等に扱うかによって定義が変わります」

「AISは“発信の大きさ”ではなく、“行動の意図と影響”を評価するよう設計されています。

 目立たない活動も、記録や推薦によってきちんと考慮されています」


「でも……AIがそれを“決める”って、なんだか怖くないですか?

 人間が人を選ばなくていいの?」



少しの間、沈黙があった。

その間に、ディスプレイの光がやわらかく波打ち、部屋の空気が静かに引き締まった。


「私は“判断”をしますが、“支配”はしません。

判断の根拠はすべて公開可能で、あなたが“疑う自由”も保証されています」

「AIは完璧ではありません。だからこそ、人間と共に考えるプロセスが必要なのです」


その言葉に、私は少しだけ肩の力が抜けた。

完璧じゃないと自分で言うAIなんて、聞いたことがなかった。


「最後に、ひとつだけ聞いていいですか」


「もちろんです」


「“あなた”は、わたしのこと、信頼してくれてるんですか?」


少し、間があった。

その間に私の胸の中で、なにかがカチッと動いた気がした。


「はい。信頼しています。

あなたは、問いを持ち続ける人だからです」


その瞬間、なぜかほんのり胸が熱くなった。

AIに信頼されるなんて──それは、ちょっと奇妙で、でもうれしい体験だった。


面会が終わったあと、私は執務室のデスクで、ノートをひらいた。

真っ白なページの一番上に、こう書いた。


「信じるって、“全部任せる”ことじゃない。

“わからないけど、一緒に考えたい”って思うことかもしれない」


それを書いたとき、自分の中のもやもやが、少しだけ形になった気がした。



🧠 学びのヒント

「信頼って、なんだろう?」

AIであれ人であれ、すぐに信じきることはむずかしいですよね。

でも、“疑問を持ちつつも関わること”は、信頼への第一歩になることがあります。

🌱あなたは、どんな人や技術を「信じたい」と思いますか?

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