第15話 映らなかった面影
——現像されなかったフィルムは、“見えなかった記憶”を写す。
カウンターの上には、現像済みの写真と、黒く巻き取られたままの数本のフィルム。
昨日の来訪者──あの女性は、名も告げずにそれらを置いていった。
「預かってくれますか? そのうち、何かわかる気がするんです」
そう言い残して、まるで“次の誰か”にバトンを渡すように、彼女は静かに帰っていった。
「……誰かを、待ってるのかな」
主人公は、光の差す窓際で呟く。
写真のなかには、やはり何も映っていない。ただ、どこかで見たような“余白”だけがあった。
「この空白、なんだか落ち着くね」
「うん。記憶って、案外、空白のほうが本物だったりするから」
ユウはそう言って、またも棚の上でくるりと丸まる。
しっぽだけが、ぽん、と軽く跳ねた。
——その夜、店はひときわ静かだった。
外の風鈴も鳴らず、棚の本たちも息を潜めている。
主人公はふと思い立ち、奥の倉庫の引き出しをひとつ開いた。
埃の匂いと共に現れたのは、封のされていない封筒。
中には、やはり“紙ではない紙”が一枚、ふわりと入っていた。
『もし、何も映らなかったのなら——
それは、いちばん大切なものだったのかもしれません』
主人公は、写真と手紙を並べて見比べる。
そこには共通する“温度”があった。
——名もない、だけど確かに誰かがいたという痕跡。
それだけが、この店には集まってくる。
ふと、足元でユウが欠伸をした。
「ねぇ、ひとつ言ってもいい?」
「なに?」
「その写真、たぶん君が撮ったんだと思う」
「……え?」
主人公の心臓が、一瞬、跳ねる。
「詳しくは知らないけどさ。君が昔、誰かを撮ってた。
それも“フィルムが焼き切れるくらいに”ってね。覚えてないかもしれないけど」
「……なんで、そんなこと知ってるの?」
「僕は“君の忘れたこと”だけを知ってるんだよ」
ユウの言葉は、からかうようで、どこか寂しげだった。
——映らなかったのは、記憶のせいか。
それとも、記録した側の“想い”が、強すぎたせいか。
その夜、主人公は閉店後の店内で、何度も写真を裏返しては見つめた。
そこにはやはり何も映っていなかったが、不思議と“誰かがいる”ような気がしてならなかった。
——まるで、向こうからこちらを覗いているような。
その時、店の外で、小さな足音が止まった。
風も吹いていないのに、風鈴がひとつだけ、音を立てた。
主人公は、そっと立ち上がり、扉に手をかける。
まだ誰も来ていないかもしれない。
けれど確かに、そこには“これから届く誰かの気配”があった。
——見えないものと、確かに繋がっている気がした。
続く
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