第30話 トレスト防衛戦③隊列を組む魔物

第一軍と第二軍を交互に動かしての防衛戦は大きな益を生み出すことに成功していた。

まず兵力の維持。

交互に動かすことによって兵の体力・集中力を保たせることによって消耗を抑えることに成功。

そして、兵力の温存。

未だ敵の全容が不明な点に置いて戦略の温存は非常に大きな意味があった。

主に重装部隊・特殊部隊を使用せずに戦えたことで、後々の大きな戦力とすることが出来る。


そして現在、正午に差し掛かる頃、ようやくゴブリンの軍勢のストックが切れたのか、ゴブリンが現れなくなる。


「これでラストぉ!」


グレイルの方向とともに最後のゴブリンの首が落ちる。


すべてのゴブリンの死体が転がるのみとなり、戦場はシンと静まり返る。


そして、雄叫び。

勝利が決まったと兵の一人一人が喉がはち切れん勢いで声を上げる。

次第に伝播していき、第一軍、第二軍、そして第三軍である本陣までも合わせて大きな勝利の雄叫びが上がる。

それは空気が振動するほどのものであり、震えが止まらないほどであった。


ドレットやロータス、グリトニア、ダントなどの小隊長、中隊長は戦いが終わったことに安堵の表情を見せていた。


そして、遠くで見ていた冒険者も同様であった。

すべてのゴブリンが消え、戦わずして勝利できたことに皆喜びを感じていた。


「・・・・・・」


しかし、未だに険しい表情を崩さずにいるものが数名いた。

ジークやザイン、グレイルと言った大隊長、総隊長である。


ジークとザイン、グレイルは胸のざわめきを感じていた。


これで終わりではない。

むしろ本番はこれからだと確信していたのだ。


「一度戻るぞ」


グレイルが歓喜の表情に浮かれている騎馬兵に指示を出す。

グレイルの険しい表情に理解出来ない様子であったが、隊長の指示に従い騎馬隊は一旦戻っていく。

それを見たガイアールも違和感を感じて後退していった。






⭐︎






本陣にて戦況を伺っていたジークは焦燥感に駆られていた。

それはすでに数刻経っているのに未だに報告が無い物見の存在に対してであった。


可笑しい。

こんなに時間が掛かることは今まで一度も無かった。

もしや、森の中で何かがあったのか!?


そう考えれば考えるほど焦燥感は強まっていく。

しかしこの問題から目を背けることは出来なかった。


「伝令!伝令!」


そんな時であった。

伝令が姿を現す。


ジークはすぐさま伝令を通し、自らの前に招く。


伝令は顔色が悪く、非常に話しづらそうにしている。


まさか!


最悪の状況が頭をよぎる。

しかし、聞かないという選択はない。


ジークは覚悟を決めて、伝令に目を向ける。


伝令はジークに目を向けて、何度か目を背ける仕草を繰り返した後、ようやく口を開く。


「物見からの報告です。敵の全容が把握出来ましたので報告申し上げます」


伝令の声に暗さを感じる。

良くない情報なのは誰の目かにも明らかだ。


「敵の全容ですが・・・・・・」


その瞬間であった。

本陣まで届くほどの身震いするような咆哮が聞こえてきたのは・・・・・・。






⭐︎






「何事だ!?」


突如響き渡った咆哮にザインは眉を顰める。


今の咆哮はまさか・・・・・・。


身に覚えのある咆哮に背筋が凍る様に固まる。

一匹や二匹ではない。

もっと多くの数百はいるだろうという咆哮の数。

それだけではなく、もう一種類、聞き覚えのある咆哮が聞こえる。


すぐそばで浮かれ気味になっていた兵も咆哮を聞き、動きを止めていた。

止めていたというより固まっていると言った方が正しいかもしれない。

彼らの顔には怯えが見て取れる。


ザインは森の入り口に目を向ける。


何かが姿を現す。

ゴブリンだ。

まだ全滅していなかった。


「!!」


しかし次の瞬間、驚愕することとなった。


ゴブリンがどんどん姿を現す。

その数はどんどん増えていく。

隊列を作り等間隔で近づいてくる。

5000程だろうか?

しかし、先ほどとは違い出てきたゴブリンはすべてただのゴブリンではない。


「ゴブリンタンカー、ホブゴブリン、ゴブリンナイト、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジ・・・・・・」


すべてゴブリンの上位種であった。


そのゴブリンの軍勢が先ほどとは違い隊列を組んで姿を現している。


そして、中央に現れたゴブリンの軍勢。

その両翼にはゴブリンよりもさらに上位の魔物がいた。

かたや、鬼の様な形相で人を遥かに超える巨大。

その上に全身に赤と黒のラインが描かれた鎧を纏っておりその手には巨大な金棒を持っている。

かたや、イかれた豚の様な形相で、人を遥かに超える巨大。

腰回りに分厚い布を巻いており、腹が出ている。

しかし、その全てが筋肉で出来ていると分かるほど隆々としてあり、その手には首切り包丁が握られている。


その姿を見て、ザインはさらに顔を歪める。


「オーガにオーク・・・・・・か」


戦場は異様な雰囲気に包まれていた。






⭐︎






「敵軍はゴブリン上位種、オーク、オーガの軍勢です。ゴブリンが5000ほど、オークが2000、オーガが500ほどです」


「5000、2000、500・・・・・・だと・・・・・・」


騎士団団長であり総大将のジークはその軍勢を目の当たりにして歯を噛み締める。


そして、その軍勢は軍としての形を取り、我々に対峙している。


トレスト軍全体が一気に絶望に包まれる。

兵士一人一人に先程までの士気はない。


しかし、さらに追い打ちをかけるかの様に伝令から情報が入る。


「それともう一つ。物見についてなのですが・・・・・・」


伝令が物見について言及したことで、顔色を変える。


「物見隊は無事か?」


「・・・・・・」


伝令は答えづらそうにしている。


「答えろ!伝令はどうなっている!?」


「で、伝令は全滅いたしました!!」


ジークは目を見開き、驚きに包まれる。


物見はスキルによって生存率の高い者で構成していた。

ジークも彼らの生存率に対し、高い信用と信頼を持っていた。

だからこそ、驚きを隠さなかった。


「物見隊隊長チャーチス様からの言葉手です。間違い無いかと・・・・・・」


「チャーチスは?」


「私にすべての情報を話した後、お亡くなりに・・・・・・」


伝令は悔しさを滲ませ、拳を握りしめている。

ジークも同様、顔を歪ませ魔物の軍勢を忌々しそうに睨みつけている。


「物見からの情報を全て話せ。それだけでは無いだろう。ボスの情報を」


「はっ!ボスはそれぞれのジェネラル級!ゴブリンジェネラル、オークジェネラル、そしてオーガジェネラルです!そして、少数の守備だけを残し、全軍を送り込んでいるとのこと!」


「そうか」


「それと最後に、奴らの他に魔物の姿は見当たらなかったそうだす」


「・・・・・・分かった。ご苦労」


伝令はその場を去る。


「・・・・・・」


ジークは物見隊隊長チャーチスとの会話を思い出す。

思えば、彼とは話が通じなかったなと懐かしむ。

歳の差が離れすぎているからだろうか?

私が50代、彼が20代。

ジェネレーションギャップと言うのか、価値観が違いすぎて非常に困らされた記憶がある。

彼にいつもこう言っていた。


「年寄りは柔軟さが足りない!そんなんじゃ時代に取り残される」


と。


正直、ムカついたがもう聞けないと思うと寂しいものがある。


ジークは前を向いた。

恨みのこもった目を魔物に向ける。


「チャーチス。お前の仇、部下の仇は私達に任せろ」


そして、手を前にかざし、大きな声を上げる。


「今度こそ最終決戦だぁ!奴らの情報を集めるためにチャーチスはその身を犠牲にした!私は奴らを許せん!大事な部下の命を奪った奴らを!お前達も同じだろう!皆チャーチスやその部下のことは好きであっただろう!彼らの命を奪った奴らを絶対に許してはならん!戦え、トレストの兵よ!オークスの兵よ!仲間の仇を討つのだぁ!!」


その言葉は下がりつつある兵の心に火をつけた。

ムードメーカーであったチャーチス。

そして、実に楽しそうに日々を楽しんでいた部下達。

そんな彼らに幸せなお裾分けをお貰っていたのだ。

兵は彼らの訃報を聞いて、恨みの炎をその目に宿す。


そして彼らは魔物を遥かに上回る咆哮を放ったのであった。






⭐︎







「陣形を変える!第二軍を前に出し、第一軍と横並びに!全軍を持って対処する!」


士気が上がったことを確認したジークは全体に指示を与えた。






⭐︎






「いくぞ!」


アランの指示により全軍が最前線に上がる。

これにより最前線は右軍に第二軍のアラン軍、左軍に第一軍のザイン軍となり、その背後に本陣と両サイドに予備兵という陣形となった。

そして、第一軍、第二軍が隣り合わせになったところで、全軍に号令を飛ばす。


「全軍!突撃!」


ジークの咆哮により、全軍が動き出す。

ここからは温存しながらの戦いでは無い、正真正銘、命を燃やしての死闘となる。


第一軍と第二軍が同時に前進する。


雄叫びを上げ、最高潮に上がった士気のまま、魔物の軍勢に突撃していく。






⭐︎






左軍のザイン軍。


「ドレット!重装歩兵と特殊重装歩兵を左翼のオーク軍にぶつけろ!グレイル!重装騎馬を右翼オーガにぶつけろ!」


「我々も同様だ!重装歩兵をオークに!重装騎兵をオーガにぶつけろ!」


ザインの指示により、重装歩兵と重装騎兵は両翼に展開していく。

隣の戦場でも同じ様に指示を出しているアランの声が聞こえてきた。


ザインは指示を出しながらも敵の出方を伺っていた。

隊列を組む魔物。

ここまでする以上見掛け倒しでは無いはずだ。


「特殊工兵隊!第一刃始め!」


ザインは特殊工兵隊へ指示を飛ばす。


工兵隊とは罠の仕掛けや解除を担当する部隊。

その中でも特殊工兵隊とはスキルによってその範囲を広げ、殺傷能力をさらに高めることが出来る特殊部隊である。


そして指示を受けた特殊工兵隊隊長ミック・アルバトロンが動き出した。

用意された高台に登り、高所から敵の位置を把握。

細かく指示を出して、魔物を次々と罠に嵌めている。


第一刃。

それは初動の突撃を止めるための一手。

比較的森に近い位置に設置した罠を発動していく。


まず始めに起動したのは単純な罠。

落とし穴であった。

しかしスキルによって作られた落とし穴はその範囲も威力も桁違い。

幅三メートル、高さ三メートルほどの落とし穴を横陣に合わせて伸ばした落とし穴である。

敵軍全体を範囲とした落とし穴が発動する。

その下には無数の棘があり、落ちた魔物を串刺しにするはずであった。


「・・・・・・」


しかし、あろうことか落とし穴は見破られており、跳躍することで次々に躱されていく。

落とし穴に引っかかったのは先頭にいたゴブリンタンカーのみ。

しかもその数自体もごく僅かであった。


「躱されただと!」


「なぜバレた!?」


「あり得ない!」


「ゴブリンに見破られるほどの知能がは無いはず・・・・・・」


特殊工兵隊からそのような声が上がる。


初手を躱されたミックは次の一手を出そうとしていた。


「柵だ!柵を作り、誘導しろ!」


ミックは「第一誘導柵!」と宣言した。


すると今度は地面から柵が現れ、ゴブリンの進路を妨害しようとする。

これを戦場全体に作るがゴブリン種、オーク種、オーガ種の取った行動はバラバラであった。

ゴブリン種はあろうことかその柵を利用し、遠距離のゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジの隠れ蓑にし出したのである。

さらにオークは柵を外し、武器として使い始め、オーガに至っては一振りで柵を破壊していた。


「まさか、私の作画全て不発どころか逆に利用されるなんて・・・・・・」


流石のミックも驚愕し空いた口が塞がらない様子で嘆いていた。


しかし、ミックの驚きも当然であった。

何故ならこの三種は特に知能が低いことで有名だからである。

本来ならばシンプルな策だ足止めもできる様なまものであった。

だからこそ、ミックは何が起きているのか分からず固まってしまっていたのである。


第一刃を突破したゴブリンはゴブリンタンカーを先頭に突撃していく。


「攻撃能力の無いタンカーが前だと!?」


ゴブリンタンカーの武器は盾のみ。

本来守備的な魔物であるため、このまま突撃して行っても前線を突破することは出来ないはずである。


「・・・・・・」


だと言うのに、尚もゴブリンタンカーに先陣を切らせていることに違和感を覚えたザインは急遽布陣を入れ替えた。


「歩兵と騎馬を下げさせて盾兵を前に上げろ!」


これは相手の意図を読み解くまでの時間稼ぎの陣形。

敢えて同じ様に守備隊を前に出すことで敵軍に自ら動いてもらうための策であった。


歩兵と騎兵への指示は、間も無くぶつかる寸前まで接近していた間近での指示であった。


「なんだと!?」


「どう言うことだ!?」


突然の指示に驚いた様子を見せるロータスとガイアールであったが、接触するギリギリで反転、間一髪激突を回避したのであった。






⭐︎






ザインの指示を受け、ダントが盾兵を率いて突撃する。


盾兵とゴブリンタンカーが激突する。

ガンと鈍い金属音をたてると同時に、押し込み合いが始まる。


しかし、ゴブリンタンカーと違って槍を持つ盾兵。

隙を見て、一突きしようと画作する。


「今だぁ!」


ダントの雄叫びに合わせて片手を離し槍に持ち変える。

そして、ゴブリンの頭部を狙おうと狙いを定めようとしたところで盾兵は皆驚きを見せる。


「違う・・・・・・こいつらタンカーじゃない!ホブゴブリンだぁ!」


戦場で一人の盾兵が叫ぶ。

それは戦場の最前線で同時に起きったのであった。






⭐︎






「なに!」


「くっ・・・・・・」


戦場を後方で見ていたザイン、そしてジークは度肝を抜かれていた。


実は姿を現していた時から、盾を持っていたのはゴブリンタンカーではなくホブゴブリンであったのである。

ホブゴブリンは通常のゴブリンよりもサイズが大きい。

しかし距離が離れていたことと、隊列を組んだいたこと、そして、オークとオーガのサイズを違いに目が眩み、見逃してしまったのである。


盾兵は攻撃の形を取ってしまったために、隙をつかれ逆に押し込まれてしまう。


背後に倒れ込む盾兵を懐に忍ばせていた本来の武器である槍で突き倒すホブゴブリン。


早くも魔物に裏を描かれ、突破を許してしまうザイン軍であった。






⭐︎






ホブゴブリンの偽装により前線を押し込まれていた左軍のザイン軍。


しかし、右軍のアラン軍はザイン軍とは違い、今までと同じ様な戦いを展開していたため、ホブゴブリンによる奇襲を受けていなかった。


もちろんアランはホブゴブリンがゴブリンタンカーになりすましていたことなど知らない。

しかし、ゴブリンタンカーが先陣を切った事に違和感を覚えたアランは、ザインとは互い遠距離で攻める形に変えたのであった。


弓矢隊に指示を出し、なりすましたホブゴブリンを狙う。

今度は全容が見えているため、質ではなく数で勝負。

矢の嵐がゴブリンの軍勢を襲い、ゴブリンの盾には無数の矢が刺さっていく。


「ん?」


アランはある程度までゴブリンが近づいてきた事でようやく気づく。


「ゴブリンタンカーじゃない?」


それがゴブリンタンカーでは無い事に気づいたアランは策を変える。


「騎兵を動かせ」


騎兵が防陣をとっている盾兵を抜いていく。


しかし、騎兵がゴブリンに近づいていくと矢が飛んでくる。


「ちっ!正確だな」


遠くからでも分かる正確さに悪態をつく。


騎兵は速度があるが、正確さ故にダメージは受けている様に見える。


「ゴブリンを引き寄せよ!囲って弓兵で仕留める!騎兵は一旦下がれ!」


ゴブリンアーチャーとゴブリンの挟撃を避けるために騎兵を下げさせる。


ゴブリンアーチャーは特殊工兵隊の柵を上手く使用して近づいてきていた。


まずは射程外まで離さないといけない。


その様に考えたアランは騎兵を使いホブゴブリン、ゴブリンナイト、ゴブリンタンカーをおびき寄せる策を取る。


騎兵は必死に矢の猛攻から逃げる様子を演じさせる。

わざとヘロヘロを装わせ、逃げる騎兵を追いかけさせる。

それが狙いであった。


しかし、ここで予想外なことが起きた。


「・・・・・・」


騎馬が弱者を演じているのいうのに、ゴブリンは追う素振りを見せなかったのである。


それどころかゴブリンは軍を移動させ、左軍のザイン軍を攻める動きを見せ始める。


「くそっ!魔物風情が・・・・・・」


相対している軍勢が左軍に向かえば、厳しい戦況になるだろう。

それにこの戦い方。

知能が高いボスによるものだと推測出来る。

下手をすればザイン軍が崩壊する。


分かっていても動かざるを得ない。


「全軍!突撃!弓兵は射程内から打ちまくれ!」


こうしてアラン軍は正面からぶつからざるを得ない状況となるのであった。















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