第31話 トレスト防衛戦④戦場全体の戦況

左軍を率いるザイン軍。


そこの戦場ではホブゴブリンの巧妙な偽装により、不意をつかれ、守備兵が抜かれる事態となっていた。


ホブゴブリンは盾兵を薙ぎ倒し、その姿後方にいる歩兵へと突撃する。


歩兵は迎え撃とうと武器を抜くが、今度はホブゴブリンの背後からゴブリンナイトが現れ、逆に連携により徐々に押される事態となっていた。


「こいつら、連携をしてきやがる!」


歩兵が剣を振り下ろすが、それをホブゴブリンが受け止め、ゴブリンナイトが攻撃を仕掛ける。

それだけには留まらず、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジの攻撃にも同時に晒されていた。


「こいつら味方ごと!」


「平気で打ってきやがって!」


あろうことかゴブリンアーチャーとゴブリンメイジは味方に構わず、矢と火の玉を放っていた。

それにより、ゴブリン陣営にも少なからず被害が出ているが、ザイン軍への被害はそれ以上となっていた。


「というかなんでこいつら攻撃に晒されてるのに、回避しないんだ!」


「痛みを感じていないのか!?」


ホブゴブリン、ゴブリンナイト、そしてゴブリンタンカーは攻撃を受けつつも、それを全く気にする素振りを見せず、ザイン軍への攻撃を行っていた。


敵と味方が密着しすぎているため、ザイン軍からは弓兵による援護が出来ない。


これらにより戦況はザイン軍に不利となっていた。






⭐︎






「・・・・・・」


左軍のザインは押し込まれる盾兵達の光景を見て不快感をあらわにしていた。

ザインの指示は乱戦によりかき消され聞こえない状態となってしまっている。


「ザイン様!このままでは」


「分かっている!」


ザインの周辺にいる特殊歩兵の一人が声を掛けるがそれに対して雑に返す。

始めは全軍突撃の命を受けていたが、敵の狙いが分からなかった為、特殊歩兵隊は下げていたのである。


くそっ!


「全軍突撃する!着いてこい!」


この状況を見てザインは自らが前線に出て隊を立て直すことを選択する。


「はっ!」


残っていた特殊歩兵を連れて突撃を開始しようとする。


「!!」


しかし思わずモノが目に入り、ザインとその一行は動きを止めてしまったのであった。






⭐︎






「くそやろぅがぁ!!」


守備陣が壊滅しそうな中、守備隊隊長のダントだけは奮闘していた。


目の前のホブゴブリンの構えた盾を腕力だけで強引に取り上げて、自身が持つ盾で殴り付ける。

その後も周囲の守備兵を助けるために走り回り、奮迅の活躍を見せていた。


「ダント隊長があれだけ踏ん張ってくださっているのに、我々が倒れるわけにはいかんぞ、お前らぁ!!」


守備兵の叱咤を受け、周辺にいた倒れている守備兵が雄叫びと共に立ち上がる。

そして、少しづつ立ち上がる守備兵の数が増えていった。






⭐︎






「俺達もつづくぞぉ!」


歩兵隊長のロータスが咆哮を放つ!

そして、目の前のゴブリンナイトを複数相手取り、その上でどんどん切り刻んでいく。


その姿を目の当たりにし、歩兵もまた士気を盛り返し、反撃を開始していく。


この戦場は隊長達の活躍により、立て直し始めていた。






⭐︎






しかし、ゴブリン達もむざむざ立て直しをさせてしまう様なことはしない。

ホブゴブリンとゴブリンナイトは連携で更に前線を押し込んでいく。

未だ立て直しがするでいないため、立ち上がり戦闘に復帰する兵が増えているが、戦況はあまり変わっていなかった。


「くそっ!こいつらの邪魔さへなければ・・・・・・」


思う様にいかない為に歯痒い思いを感じるダント。

同様に離れたところではロータスも同じ様に顔を顰めていた。


そんな時であった。


「全軍突撃!」


「おお!!」


巨大な咆哮と共に背後から何かが近づいてくるのを感じた!

そして、それを確認する間もなく、それは盾兵、歩兵を抜き去ると目の前のゴブリンを吹き飛ばし前線全体に姿を見せる。


「騎馬兵!!」


その正体は後退したはずの騎馬兵。

そしてダントの目の前に現れたのはガイアールであった。






⭐︎






「ゴブリン共を蹴散らせっ!」


ガイアールは声を上げると自らも矛を振いホブゴブリンを盾ごと切り裂く。


「ガイアール!!」


ダントは驚きのあまり声を上げる。


「ダント隊長。今のうちに立て直しを!」


「それよりも何故ここに後退の指示が出ていたはずだ」


「別におかしなことでも無いだろ。いち早く異変に気づいたから戻ってきた。それだけだ」


ダントはその発言を聞いて目を見開いた。

それはつまりザインの指示に背いたという事に他ならないのだから。


「騎馬を順次突撃させている。今なら立て直しの時間も稼げるだろう。だが奴らの弓矢の嵐の中では長くは保たない。早くしろ!」


「順次ってそれだけの騎馬を率いては・・・・・・」


背後に目を向けると、同じ様にグレイルも遅れて騎馬を連れて向かってきているのが見える。


「早くしろ!」


ダントは直ぐに行動を開始した。


「盾兵は一度後退する!離脱次第すぐに立て直しを図る!」


ダントは前線全体に聞こえる様に声を上げる。

すると次々に盾兵に動きが見え始める。


それだけではなく、その声を聞いていたであろうロータスからも後退の指示が出る。


「騎兵も盾兵と歩兵が下がり次第後退する!出過ぎるなよ!」


隣ではガイアールも騎兵に警告を告げていた。


ダントはガイアールに「頼む」とだけ告げると、すぐさま盾兵を後退させて下がっていったのである。






⭐︎






ダント率いる盾兵とロータス率いる歩兵は一旦下がり、すぐに立て直しを始める。


そして、ダントとロータスは横並びとなり、騎馬の様子を伺っていた。


前線では既にグレイルが突撃を終え、後退している最中であった。


ゴブリンの軍勢はホブを先頭に向かってきているが弓兵の妨害があり、その足は鈍っていた。

ホブゴブリンは自信をも包み込むほどの巨大な盾を構えている。

そのおかげで被害はまるで無いのだが、流石に矢の嵐の中では満足に行動出来ないようだ。

しかし、遅くなっただけで止まったわけでは無い。

徐々にゴブリンの軍勢はその距離を縮めていた。


すると、ドンという大きな音と共に鋭利な形をした長い木の杭が飛んでくる。

弩である。

後方では弩が用意され、弩級隊隊長カリネス・アーガイルの指示の元、巨大な木の杭が放たれていたのである。


弩によって放たれた巨大な木の杭はまっすぐ飛んでいき、ダントの視線の先、ホブゴブリンの軍勢の先頭に落ちていった。


「やったか?」


ダントが嘆く。


落ちた際に砂埃が舞ったため見えない。

そして、ほんの少しの間でその砂埃が消える。

そこには盾を貫通してホブゴブリンに突き刺さっている杭があった。

それだけではなく、その大きさが功を奏し周囲のゴブリンも巻き添えにしていた。


これは大きな成果であった。

弩こそ、この戦況を変えるきっかけになるかもしれない。

ダントはそのように感じた。


そして、次々に放たれる杭。

何十機とある弩から放たれる音はゴブリンからしてみれば地獄のレクイエムと言ったところであろう。

その全てが効果的であり、ゴブリンの軍勢を襲っていく。

ゴブリンの軍勢の動きが更に鈍る。


しかし、ここでゴブリンの軍勢にも動きが出る。

杭を撃ち落とそうと火の玉を飛ばしてきたのである。

杭と火の玉がぶつかると杭は軌道が逸れ、見当違いな方角へ落ちていく。

次々と放たれる杭に対抗して、次々に放たれる火の玉。

弩による攻撃もゴブリンメイジによって対処されてしまった。

これで一つまた、劣勢へと追いやられたこととなった。






⭐︎






右軍アラン軍の更に右。

中央の戦場では右軍と左軍が全軍突撃を見せていた頃、右翼と呼べる戦場では重装・特殊重装歩兵連合軍とオークの戦いが始まろうとしていた。

重装歩兵隊を率いるのは重装歩兵隊隊長カイゼル・シーザリオン。

特殊重装歩兵隊を率いるのは特殊重装歩兵隊隊長グラン・ストーンである。


「おーおー、おっかねぇ顔」


カイゼルはオークの顔を見て失笑を浮かべる。


「あまり刺激すんじゃねぇ」


それに対し叱咤するグラン。


重装歩兵の中でも特に体の大きな二人は更に大きな巨体のオークを見上げる形で目を向けていた。

二人の背後には重装歩兵で出来た隊がいくつか見られる。重装歩兵・特殊重装歩兵合わせて二百。

オークスの兵も合わせると四百がこの右翼に集まっていた。


それに対しオークは二千。

数の上では圧倒的に負けているが、隊長二人は自信ありげであった。


「とりあえず、一発ぶつけてみますか」


カイゼルは背中に背負った大剣を抜くといきなり地面に叩きつける。


すると大剣を打ちつけた地面が割れ、溶岩が噴き出る。

その割れは続いていき先頭のオークまで届く。

オークは溶岩をまともに浴びてその場で苦しみもがいている。

やがて溶岩が消えると、オークの顔には酷い火傷による爛れた皮膚に包まれる体となった。

そんな状態であるにもかかわらず、先ほど以上の眼力を飛ばすオーク。


「一撃で死なないとはな」


カイゼルは再び大剣を振り下ろす。


地面がひび割れ、そこから溶岩が噴き出す。

それは真っ直ぐ焼き爛れたオークに向かっていくが、オークも背中に背負っていた首切り包丁を抜くと、思い切り地面に叩きつける。

オークが地面を切り付けると、青い斬撃が地面を破りながら放たれ、カイゼルの放つ溶岩とぶつかると互いに消滅していった。


そんな光景を見て目を丸くしているカイゼルに対しオークは笑みを浮かべたことでカイゼルも獰猛な笑みを浮かべる。


「面白れぇ!」


カイゼルはオークに飛びかかっていくのであった。






⭐︎






時を同じくして、左軍ザイン軍の更に隣、左翼に位置する場所では重装騎兵がオーガとの戦闘を開始しようとしていた。

重装騎兵隊隊長エイハム・ロッソが率いる百人部隊である。


「我々最強部隊を強い敵にぶつけるのは予想通りではあったけど、相手がオーガだとは・・・・・・」


オーガを目の前にしたエイハムは顔を引き攣って面倒そうな表情を浮かべている。


重装騎兵隊には特殊部隊が存在しない。

何故ならこの重装騎兵こそが特殊部隊であるからである。

そして、彼らは百人と言う寡兵でありながら数多の死戦を乗り越えてきた者達である。


「まぁ、いいか。いつものことだし」


戦う覚悟が出来たのか表情が一瞬にして変わる。


「さて、やろうか」


エイハムの号令で重装騎兵隊は一斉にオーガに飛びかかっていった。






⭐︎






本陣では総大将ジーク・パトライアが戦場全体に目を向けていた。


中央右軍アラン軍は正面から全軍突撃を繰り出しており、互いに決め手にかける状態であった。


中央左軍ザイン軍はゴブリンの軍勢により前線を押し上げられていたが、間一髪立て直しに成功したとこで再びぶつかり合い、押し込み合いが続いている。


右翼、重装歩兵・特殊重装歩兵連合軍は寡兵ではあるが、オークの軍勢を相手に有利な戦いを繰り広げている。

しかし、オークの数が多すぎることで突破には時間を要することが予想される。


左翼、重装騎兵隊は右翼同様寡兵でありオーガが相手ということもありながらもなんとか均衡を保っていた。


戦場全体の戦況を分析したジークは眉を広める。


これでは前線を崩壊させてジェネラル級のボスをおびき寄せることが困難であると感じたからである。


「ガロを呼べ」


ジークは伝令に一言告げる。

伝令はここで冒険者をまとめるギルドマスターの名が上がったことに驚くがすぐに行動に移す。


そして、暫くしたのち、伝令とともにガロが姿を現す。


「俺たちの出番って訳か?」


ジークはガロに目を向ける。

ガロも状況を理解しているようで険しい表情を浮かべていた。


「非常に遺憾だがお前達冒険者の手を借りなければならない事態となった」


「・・・・・・」


普段ならガロから一言言い返されるのだが今回ばかりはそれが無かった。


「見ての通り戦況は均衡している。だが、それも時間の問題だ。長引けば、魔物どもに有利となるだろう」


ジークが戦場に目を向けた為、ガロも目線を移す。


「私の策では前線を崩壊させてボスを戦場に引き摺り出す予定であったが、見ての通り難しいだろう。よって、先にボスを始末することにした」


「つまり、俺達にボスを倒して来いと言うことか・・・・・・」


「ああ、敵のボスはジェネラル級。ゴブリンジェネラル、オークジェネラル、オーガジェネラルだ。周囲には少数ながら守備がついている。また道中他の魔物の存在は確認出来ていない。ヤレるか?」


ガロはその発言を聞いて、黙り込む。

ジークから見ればガロは頭の中で計算しているように見える。


「無論だ!」


ガロは高らかに告げた。

その声は自信に満ちており、ジークが任せるには充分なものであった。


「なら行け」


ジークの発言を最後に、ガロはその場を去った。






⭐︎






「今戻った」


私の耳にガロの一言が聞こえてくる。

ガロの一言を聞いて、皆の視線がガロに集中する。


「それでどんな指令だったんですか?」


落ち着いた様子のトライセンが口を開く。


「状況を打開する為、俺達冒険者でボスを討伐することとなった」


「「「「「!!」」」」」


私を含むほぼ全員が驚いた表情を見せた。


「お、おい」


「ボスを俺達でか・・・・・・?」


特にランクの低い冒険者は狼狽え、弱気になっていく。


「そうだ。ボスは三体。ゴブリンジェネラル、オークジェネラル、オーガジェネラルだ」


「「「「「・・・・・・」」」」」」


相手がジェネラル級と聞き、皆に動揺が走る。


「お待ちください!」


その時待ったをかける声が出る。


「カノン」


ガロはカノンに目を向ける。


「流石に全員で討伐に向かうのは反対です」


「失礼ながら私も反対です」


カノンに賛同するようにトライセンも反対する。


周囲に目を向けるとオークスの冒険者パーティ、そして、トレストの高ランクパーティも皆反対しているようだ。


「分かっている。実力不足なものを森に入れはしない。精鋭のみで突入してもらう」


ガロは反対されるのが分かっていたようで淡々と案を告げる。

皆その案に耳を傾けていた。






⭐︎






「なに?冒険者が森へ入るだと!?」


右翼重装歩兵・特殊重装歩兵連合軍を率いる隊長の一人、特殊重装歩兵隊隊長グラン・ストーンは伝令からの報告に驚きを浮かべていた。


現在、右翼では重装歩兵隊隊長カイゼル・シーザリオンが先陣を切ってオークと真っ向からやり合っている。

重装歩兵・特殊重装歩兵の兵もカイゼルとともに並びあって火花を散らしていた。

ここでは特殊重装歩兵も前線に出ている為、スキル使用による激しい衝突が起きており大きな轟音が鳴り響いていた。

そんな中カイゼルは伝令の報告を聞くために一人下がっていた。


「はっ!なので、彼らが来しだい森へ通せるよう援護をお願いしたくあります」


「無茶を言う」


カイゼルは連合軍とオークの戦いに目を向けて悪態を吐く。

伝令もその戦い振りを見て顔を引き攣らせていた。

至る所から溶岩が噴出し、爆発が起きている。

そんな中でもオークは全てを破壊せんと武器を振り下ろし、周囲一帯を吹き飛ばしている。


「あ、あの・・・・・・」


戦況を見た伝令が声を掛ける。


「なんとかする。その旨伝えてくれ」


カイゼルは視線を戦場に向けたまま、告げた。
















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