第29話 トレスト防衛戦②トレスト軍の精強さ
「弓兵隊、放て!」
ゴブリンの進行に合わせて矢が放たれる。
その一本一本が確実にゴブリンの急所を撃ち抜いていく。
しかし、進行してくるゴブリンの軍勢は仲間の死体を踏みつけながらトレスト軍との距離を縮めていく。
ゴブリン一体一体の視線はトレストに釘付けになっており、仲間の死に意識を割くことは決してしていない。
まるで同情すらしていないように見え、兵の間でじわじわと動揺が広がっていく。
正確性重視である為、矢の嵐、矢の雨と言った光景ではない。
その為、ゴブリンの掃討とは行かず、大多数の軍勢が弓の射程範囲からどんどん外れていく。
「盾を構えろ!」
ダントの指示を受け、盾兵が横並びとなる。
盾を綺麗に並べ、隙間無く並べる。
ゴブリンの軍勢と盾兵の衝突まで僅か。
ここまでくると弓で狙うことは出来ない。
「来るぞ!呼吸を合わせろ!」
「「「「「おぉ!!」」」」」
そして、盾兵とゴブリンがぶつかる。
「か、軽いぞ!」
「何だ!大したことねぇじゃねぇか!」
「当然だ!ゴブリンは低ランクの魔物。厳しい修練を積んだ我々の敵ではない!」
同じく盾で攻撃を受け止めているダントから激励が飛ぶ。
「力の差を見せつけてやれぇ!」
盾兵は呼吸を合わせ、先頭を走るゴブリンを一斉に弾き飛ばす。
「よし!盾を解いて槍に持ち変えろ!」
盾兵は背中に背負っていた槍を取り出して、弾き飛ばしたゴブリンの急所に槍を突き出していく。
「くらえぇ!ゴブリンのクソどもがぁ!」
「俺たちに挑むなんざ100年はええんだよぉ!」
盾兵の突き出した槍を受けたゴブリンはあっという間に事切れ死体が地面に倒れていく。
「おらおらおらぁ!」
中でも盾兵隊隊長ダントの実力は段違いであった。
突き出した槍は数体のゴブリンの頭部を一突きで仕留め、そのまま横薙ぎに振り抜いてゴブリンの死体を振り飛ばしていく。
その後も腕力を生かした突きを繰り返し、人気は目立つ活躍を見せていく。
「よし、充分だ。再び防陣を作るぞ!」
先頭のゴブリンを一斉に始末した後は再び盾を隙間無く並べ防御の型に入る。
しかし、全ての範囲を盾兵だけだやり過ごせるほど魔物の軍勢の数は少なくない。
「歩兵を盾兵の背後に配置しろ!」
ザインが命により、攻撃歩兵隊長ドレット・スウィングが声を上げる。
「行くぞ!」
「「「「「おお!!」」」」」
ドレットの指示により、歩兵隊長ロータス・ハーベルが歩兵を率いて前に出る。
盾兵は防御の型を敷いているが、ゴブリンの数によっては、先頭のゴブリンを飛び越えようとする。
「させるかぁ!」
しかし、跳躍した瞬間を狙い歩兵がゴブリンの足を切り付ける。
足を無くしたゴブリンはそのまま倒れ込み、歩兵の餌食となる。
「歩兵隊!」
盾兵の一人が驚き声を上げる。
ゴブリンが密集し、盾兵だけで抑えるのが困難になっている箇所に向けて歩兵が集まる。
そして、盾兵が守り、歩兵が攻める連携が出来上がる。
「歩兵は常に盾兵の状況、敵軍の位置を頭に入れとおけ!」
ロータスがゴブリンを切りつけながら、歩兵全体に指示を出す。
「可能な盾兵は横に広がり距離を取れ!歩兵を通すのだ!」
ダントが未だゴブリンと戦闘中であった為、守備兵の全体指揮を取っているグリトニアが指示を出す。
ロータスは歩兵を連れて盾兵の間を抜けて前に出るとゴブリンが固まっている箇所に側面から突撃する。
ロータスが剣を上段で構えると、剣から煙が出る。
そして振り下ろすとゴブリンは真っ二つになり同時に断面が焦げつき煙が出る。
「ゴブリンは低俗な魔物。一太刀で始末し、盾兵の背後に戻るぞ!」
歩兵は一時的に盾兵の前に出て、周囲のゴブリンを討ち取っていく。
そして、あらかた仕留めた後、後方に戻り待機する。
先を見通したザインの一手により、少しづつゴブリンの数を減らしていく。
後方では尚も弓矢を放つ弓兵隊。
弓兵体は一人一人が集中力を高め、確実に急所を狙っていく。
「ゴブリンが真っ直ぐ近づいてくるから狙いやすくていいな」
「あいつらには矢を躱すという知能すらないのさ」
「ただの動く的。普段の修練と何ら変わらない!」
中でも弓兵隊隊長ローリア・アシュガルドは同時に三本づつ放っていく。
それだけでなく放った三本が全て別々のゴブリンの急所を正確に貫いていく。
「同時に三本も・・・」
それを見ていた弓兵はそんなローラあの姿を見て、尊敬のこもった目を送っていたが、すぐに我に帰り、弓を引く。
弓兵隊が戦場中央でトレスト軍へと突撃を果敢に行うゴブリンの軍勢を間引き、包囲を抜けたゴブリンを盾兵と歩兵で排除していく。
序盤はこの形での戦線維持をすることとなる。
⭐︎
第二軍を指揮するのはオークス騎士団の代表アラン。
第二軍は歩兵・騎馬・弓兵3000を中央に据え、両翼に750ずつ、計1500を予備兵として配置している。
この予備兵は第一軍、第二軍の両方に対し、即座に援軍を出せるよう第二軍の側面に置かれている。
予備兵はアランの指示でいつでも出撃出来るようになっている。
オークスの代表を務めるだけあり、彼の洞察力は目を見張るものがあった。
彼の目の前で始まった戦い。
彼はトレスト騎士団兵の動きから序盤の動きを理解する。
「アラン様、戦況をどのように見ますか?」
兵の一人が話しかける。
アランは戦場から目を離さずに端から端まで目を通す。
「序盤はこのままで問題ないだろう。兵も落ち着いて対処出来ている」
中でも隊長格の実力は群を抜いている。
その精強さを目の当たりにして、アランは「流石だ」と口にする。
「なら、しばらくはこのままで?」
「ああ、だがいくら厳しい訓練を組み重ねているトレスト兵といえど、戦場では大変な疲弊を伴うはずだ。おそらく半刻。半刻置きに我々と交代していくこととなるはずだ」
アランは自身の経験と戦況から今後の展開まで予想して口に出す。
屈強な隊長格とその部下の兵達。
それぞれの兵達の連携力。
そして全兵の集中力。
序盤の攻防だけでも修練・連携の徹底さを物語っていた。
アランはその交代のタイミングを逃さぬよう戦場の動きを注視していた。
⭐︎
「ザイン様、騎馬の準備が出来ました」
伝令の報告を受けたザインは尚も増え続けるゴブリンの数をさらに減らすために次の一手を繰り出す。
「両側面より騎馬を突撃させよ!」
指示を受けた騎馬隊が動き出した。
⭐︎
「軽装騎兵隊、出るぞ!」
騎兵隊隊長グレイル・ハーラーの指示で一小隊50の騎馬隊が二隊、両側面へと移動を開始する。
右翼の騎馬隊を指揮するのは軽装騎兵隊隊長ガイアール・ストリング。
左翼の騎馬隊を指揮するのは騎馬隊隊長のグレイルであった。
弓の射程範囲を基準に戦場を縦に二分割する。
そして、右翼が手前、左翼が奥の戦場に突撃していく。
「弓兵隊の射程内には入るなよ!」
グレイルを先頭に左翼がゴブリン目掛けて突撃を開始する。
「狙うは単独になっているゴブリンだ!けして、無理はするな!危なくなったら引くことも頭に入れておけ」
「「「「「はっ!」」」」」
グレイルは戦場の中へ入り、標的を決める。
「あそこのゴブリンは動きが鈍い!行くぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
グレイル騎馬隊は動きが鈍いゴブリン目掛けて全騎で突撃していく。
「ふっ!」
グレイルは矛を振るい、ゴブリンの首を落とす。
他の者も周囲の動きが鈍いゴブリン目掛けて仕掛けていく。
矛を振るい、剣を振るい、槍を振るい。
あっという間に終盤のゴブリンは掃討される。
「ふっ、何という軽さ」
グレイルは首を切り裂く感覚がまるで無いことに失笑する。
「グレイル様、他のゴブリンがどんどん弓兵の射程範囲内に入っていきます」
「グレイル様、我々の騎馬隊に突撃してくるゴブリンが集団があります」
「くそっ、一体一体は雑魚だが、数が多すぎて捌ききれない」
グレイルは自身の任された戦場全体に目を向ける。
そして、その場で矛を振るう。
すると斬撃が発生し、騎馬隊に突撃してくるゴブリン数匹の胴体を真っ二つに切り裂く。
「騎馬を分裂させる。十騎一隊として五隊作れ!この五隊を戦場全体に配置し、ゴブリンの数を間引く!」
「「「「「御意!」」」」」
号令に従い直ちに五隊に分かれる。
そして、それぞれが各所に散らばりゴブリンを狙い始める。
「はぁっ!」
それぞれの部隊がゴブリンを薙ぎ倒し始める。
ゴブリンの数は多いが、実力ではこちらが遥かに上、グレイルは五隊に分けても尚、こちらが優勢となって戦えることを確認した後、自身も戦いに集中し始めた。
グレイルの突撃とほぼ同じくして右翼のガイアールも突撃を開始する。
ガイアールもまたグレイルと同じ戦法を取っていた。
ガイアールは目の前のゴブリンに矛を振るう。
ゴブリンは横から斬られ、何が起きたのかも分からず絶命する。
分裂した隊も確実に薄くなった箇所を狙いゴブリンを減らしていく。
そんな光景であり、明らかに優勢のはずであったがガイアールの表情は喜びに満ちたものではなかった。
妙だ。
ガイアールはゴブリンの動きに違和感を覚えていたからである。
何故我々に目もくれず真っ直ぐ街を目指す?
ゴブリンは騎馬によって斬られ続けているにも関わらず、狙いを変えることなく真っ直ぐがむしゃらにトレストを目指していた。
ゴブリンの集団に突っ込んだ時でさへ、我々の存在に気付いていないかのように、目もくれず走り続けている。
何を考えているのか分からないゴブリンに妙な感覚を覚えながらも、それを振り払い走り続ける。
ゴブリンの数は確実に減っている。
状況はトレストに有利となっていた。
⭐︎
後方で待機している冒険者の面々。
初めている軍勢同士の戦いに動揺と感動が半々といった様子が見られている。
「序盤は我々が優勢のようですね」
ギルドマスターの隣でカノンが口を開く。
「ああ、だがまだ序盤。油断は出来ない」
「そうですね」
冒険者もすでに準備万端となっており、突撃の命令を待っていた。
⭐︎
「・・・・・・」
半刻が経った頃、ジークは戦況に目を向け兵の状態を目を凝らしていた。
開戦当初と比べ徐々に動きが鈍りつつある。
しかし士気が高く、まだまだ衰えてきているわけではないが、疲れのせいか討伐数が減り、徐々に盾兵の元にゴブリンが集まり出してきていた。
だが、その様子を見てジークは顔を顰めていた。
そして手を前に翳し、大声を上げる。
「第一軍と第二軍を入れ替える。各指揮官にその旨を伝えよ」
本陣にいる伝令は一斉にその場を離れる。
未だゴブリンの数をが途切れる雰囲気は感じられない。
一体どれだけの魔物が隠れているのか?
ジークの思考の大多数はその事で占められていた。
⭐︎
「全軍前進だ!」
ジークの名を受けたアランが予備兵をその場に残し、それ以外の二軍全軍が出陣する。
「騎兵は第一軍と同じように両翼に分けて出撃させろ!」
「はっ!」
アランを含む第二軍が前に出る。
各兵の間を抜けるように前に出る。
第二軍が出てきたことを確認して一軍の兵は後退していく。
「全軍無事に所定につきました。第一軍が後退していきます!」
「ああ、見えている」
一軍がアランを通り抜けて後方は退却する。
「後は頼む」
「御意」
ザインはアランとのすれ違いざまに一言告げる。
通り抜けた後、小さくため息をついて一言。
「軍を丸ごと入れ替えるのも骨が折れる・・・・・・」
誰にも聞こえないよう嘆くアランであった。
⭐︎
第二軍の戦い方は第一軍とは僅かに違っていた。
違っている点は前線で走らせている騎兵の数。
第一軍の騎馬隊隊長グレイルは騎兵を半数残して、右翼左翼からそれぞれ戦場を縦に二分割して突撃させていた。
しかし、アランは全軽装騎馬を4つに分断。
戦場を縦横四分割してそれぞれに両翼から突撃させていた。
この戦術を取っているのにはアランなりの理由があった。
敵前線を早急に壊滅させ、奥にいるであろうボスを引き摺り出す。
魔素溜まりが破裂した際、スタンピードには必ずボスと呼ばれる高ランクの魔物が生まれる。
今回はゴブリンである為、ボスとなるのは、ゴブリンロード、ゴブリンキング、ゴブリンジェネラルのうちのどれかであろう。
それぞれには決まった特徴がある為、ボスの存在が分かれば戦い方を決めることが出来る。
逆にボスが出てこなければ大胆に軍を動かせないのである。
もちろん本陣のジークには報告が上がっている。
温存すべき騎兵を一気に投入していると。
しかし、それに対するジークの返答は、『沈黙』であった。
「お前達も見ていた通りだ!やることは第一軍と変わらない!各所指揮官の指示に従って対処せよ!」
軍の交代をきちんとこなせたことに安堵するアラン。
軍そのものを入れ替えることは決して少なくない。
軍の消耗を考え入れ替える事は初歩的な事だからである。
しかし、それを戦いの真っ只中にやるとなると話が変わる。
本来は状況を見て行うのが得策。
しかし今回はほぼ強引に行うこととなった。
入れ替えのタイミングを狙われると軍が打開するリスクがある為、戦闘中での強引な交代は戦略上良しとはしない。
今回は相手がゴブリンだからこそ確実に出来ただけであり、高ランクの魔物が入り混じる戦場であったならこのような危ない橋を渡るような事はしなかったであろう。
だからこそ、一番の心配事がまず消え去ったことに安堵する。
気を取り直して、戦場に目を向けるアラン。
騎馬を早速全軍突入させることにより、増えつつあるゴブリンは確実に数を減らしていく。
短時間で元々の数まで減らす!
アランはそのつもりで騎馬隊を全軍放っていたのである。
やがてゴブリンの数が減っていったことで、一度騎馬隊を半数戻す。
再び従来の戦い方に戻る。
そして、再び半刻が経ち、第一軍と入れ替わるのであった。
⭐︎
「「行くぞぉ!」」
グレイルとガイアールが全騎兵を連れて両翼に展開する。
先程の戦い方を見て、第二軍と同じ策を用いる第一軍。
グレイルとガイアールはそれぞれ騎馬を連れて側面から突撃してゴブリンを蹴散らす。
彼らに気付いた二軍の騎馬隊は撤退を始める。
「お前らっ!やり方は同じだ。数の薄い箇所を狙う!」
今度は十騎十隊に分かれ、分散していく。
先ほどと同じように兵の疲弊によりゴブリンの数が再び増えている。
その差を間引くように騎馬隊は勇猛果敢に走り回っていた。
そして、盾兵、歩兵、弓兵も同様。
第一軍がやってきて、交代できるところからどんどん交代していく。
第一軍の盾兵と歩兵、弓兵の連携により、第二軍の兵士はすんなりと交代していった。
「ザイン様!」
伝令に呼ばれたザインが目を向ける。
「ガリア様、カイゼル様、グラン様等、各部隊の隊長が指示を待っております」
ザインはそういえば何も言ってなかったなと気づく。
「しばし待て。時期が来ればお前達の力を借りる時が必ずくると伝えろ」
伝令はその場を去っていく。
おそらく前線に出たいのだろう。
仲間が戦っているのに出られないことに歯痒さを感じていると言ったところか・・・・・・。
もう少しの辛抱だ。
勝手な真似は間違ってもするなよ・・・・・・。
ザインは戦場の両端に目を向ける。
伝令が走っている姿は見られない。
またジークからの指示もない。
物見は未だ調査中ということか・・・・・・。
急げよ、チャーチス!
チャーチス・リーバルト。
物見隊隊長であり、現在森に入り調査を行ってくれている者である。
物見隊は気配察知や気配断絶などのスキル保持者で構成されている。
その為、大胆に行動出来、いつも有益な情報を持って帰ってくる。
あいつらのことだ。
心配いらないだろうが、今回の調査相手はおそらくAランク相当の魔物とその軍勢だ。
慎重さも大事だが、可能ならば出来るだけ早く帰ってきてくれ。
ザインは物見隊の安全を祈らずにはいられなかった。
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