第28話 トレスト防衛戦①全軍集合
オークスからの援軍を歓迎した翌日の早朝、この日も城壁の上には深淵の森を監視する兵の姿が数名存在していた。
まだ早朝ということもあり、城壁付近に存在する兵は彼らだけであった。
「しっかし、警戒体制を敷いてからもう二週間。何かが起きる気配すらないよなぁ」
夜間警備組に組み込まれた彼はあくびをする。
「まぁ、ここが襲われたことなんて俺達が騎士になってからは一度もないからな。滅多にないことなんだろ?」
「朝日が登れば兵を集めて警戒体制ってのもやりすぎな気もしないか?結局何も飽きないじゃんか?」
「そうだな。何か起きた時の為ではあるが、ここまで素振りもないとなるとなぁ」
兵の二人の会話からこの二人の気が抜けていることが窺える。
その後も呑気に話しながら時間が来るのを待っていた二人。
そして、朝日が昇り始めようかという時間に差し掛かった瞬間であった。
深淵の森から衝撃波のような音が響き渡る。
「「!!」」
彼らは突然の轟音に思わず尻餅をついてしまう。
「な、なんだ!?」
「今のは・・・・・・?」
二人が顔を見合わせた瞬間、今度は街全体が揺れるほどの地鳴らしが起きる。
街全体から軋むような音が鳴り、城壁からは砂埃が舞う。
「「・・・・・・」」
それは一瞬で終わったが、彼らの顔は血の気が引くようにどんどん青ざめていく。
「こ、これって・・・・・・?」
「ああ、間違いない・・・・・・」
彼らにはこれに心当たりがあった。
だからこそ、彼らの行動は早かった。
「は、早く連絡を!!」
「わ、分かった!」
兵の一人は直ぐにその場を離れた。
その顔は焦燥感に満ちており、この数秒で汗だくになるほどのものであった。
⭐︎
それは突然のことであった。
静まり返った空間。
完全に睡眠状態に入っていた私は突如飛び起きる。
「な、何?」
一瞬の出来事に何が起きたか分からなかった。
ただ分かるのは本能を刺激するような何かが起きたということ。
私の心臓は鼓動を早め、危機感を煽っていた。
そして、時間を置かずに地鳴らしが起きる。
急な展開に私は顔を抱えて蹲る。
それは一瞬で終わったものの、私はしばらくそのままの体勢を維持していた。
やがて完全に止んだことを確信した私は直ぐに着替えて準備を整える。
と同時にレアード達が一斉に部屋に押し入る。
「カーフェ!!」
レアードの顔にも焦燥感が感じられる。
「行こう!」
私達は直ぐに出発した。
⭐︎
私達は急いで冒険者ギルドは向かっていた。
孤児院の子供達は良く出来た子達で既に状況を理解しており、泣きそうな顔で見送られた。
子供達の不安を取り除いてあげたかったけれど、リアに急かされそれは出来なかった。
子供達のことはリアに任せる事にする。
日が登り始め、太陽がほんの僅かに姿を見せている時間帯、ギルドまでの道中は既に不穏な雰囲気となっていた。
街の市民も異変を感じたようで、皆外に出て市民同士で身を寄せ合っている状況であった。
それがところかしこに見える。
「これってもしかしてっ!!」
「ああ、お前の想像通りだろうぜっ!」
私の問いにレアードが答える。
「けど、報告が全くなかった」
「もしかしたら状況も特殊なのかもしれないわね」
カインとリリィは早くもこの状況が異常だと指摘する。
「分かんねぇ。だが、今はギルドまで全力で走るぞ!」
尚も見かける恐怖に顔を埋める市民達。
しかし、今は一々構っていられない。
悲壮感漂わせる市民と目を合わせないようにして走っていると、再びそれは起きた。
衝撃波のような音が響き渡る。
そして、僅かに時間を置いて地鳴らしが起きる。
周囲では市民が蹲り、中には嗚咽を漏らすものまで存在していた。
市民からしたら生きた心地がしない状況だろう。
すると、心配を遮るように鐘が鳴り響く。
「警報鐘かっ!」
警報鐘とは、城壁の上に設置されている鐘で東西南北とその間に8つ鐘が置かれている。
この鐘は敵が攻めてきた時などに用いられ、どの方向からの襲撃なのかを街全体に伝えるものである。
トレストの兵はこの鐘がなった場合、直ちに出撃しなければならない。
そして、もう一つ、この鐘には役目があった。
それは市民の避難誘導である。
この街には鐘とは対極に位置する場所に避難場所が設置されている。
鐘が鳴った場合、市民達は鐘の音と逆の方向に集まる。
そして、解除されるまでその場で待機しなければならないのである。
市民の行動は早かった。
鐘の音が鳴り響くや否や、血相を変えて家の中へ入っていった。
鐘の音の方角は北。
深淵の森の方角だ。
市民は皆、南に集まる事になる。
それを確認しつつ、私達は先を急いだ。
⭐︎
冒険者ギルドにつくと、既にギルドマスターが建物の前に姿を現しており、ギルド職員に何やら指示を出していた。
「ギルマス!」
「お前達!」
ギルドマスターのそばに寄ると、既に多くの冒険者が集まり始めていた。
そこには見覚えのない子供やお年寄りの姿もある。
どうやら、連携訓練を除外された冒険者のようだ。
彼らはギルド職員の指示に従ってギルドの中へ入って行く。
「俺達はっ!?」
「全員集まり次第、北に向かう。お前達はそこにいてくれ」
その後、約三十分余りで冒険者が全員集まった。
"深紅の刃"、"黒王戦艦"、そしてオークスの冒険者パーティの面々も全員である。
流石に彼らの様子はいつもと違っていた。
誰かに話しかけることもせず、黙ってギルドマスターが動き始めるのを待っているようだ。
そして、ギルドマススターが動き出したことで、私達冒険者も一斉に動き出す。
目的地はもちろん北だ。
避難の最中の市民の中を逆走していく。
「ガロさん、確認ですがやはりこれは・・・・・・」
「ああ、『魔素溜まりの破裂』だ」
今まで黙っていたトライセンがようやくガロに話しかける。
私達はそれに割り込むことはせず黙って聞いている。
「やはりそうですか。お聞きしますが、今までこの規模の破裂はありましたか?」
「いや、生まれてここまで一度もなかったな。これほど巨大な破裂は」
発生地点は正確には分からない。
しかし、街全体に響き渡っていたことは容易に想像出来た。
深淵の森から発せられたのだとしたら、深淵の森からトレストの街までおよそ2km。
とてつもなく遠くまで響く破裂になったことが分かる。
私達は一斉に息を呑む。
もしかしたら今日、我々は死闘を尽くす事になるかもしれないからだ。
北門まであと少しというところまで来た。
一発目の破裂から既に一時間が経過しようとしている。
しかし、北門に近づいていても戦闘音が聞こえない。
まだ戦闘に発展していない事にホッとした。
「もしかして、スタンピードじゃなかったり?」
一人の冒険者の声が響き渡る。
確かに魔素溜まりの破裂によって生じる現象は一つではない。
街をも破壊するほどの地鳴らしであったり、津波であったりと毎回変わることもある。
だからこそ、その発言を聞いた時、もしかしたらという期待を感じてしまった。
「いや、間違いなくスタンピードだ」
しかし、ギルドマスターの一言に期待は粉々に砕かれる。
「破裂は場所によって現象が異なる。だが、一定の付近で起きる破裂は基本同じだ。そして、トレストの街近辺では基本スタンピードとなる」
「け、けどもうかなり時間が経ってますよ!?」
「ああ、だがその間、災厄と呼ばれるものが何も起きていないのも事実だ」
ギルドマスターが発言にその冒険者は口を閉ざす。
「お前ら、これからやるのは今までと何も変わらない魔物狩りだ。今まで通りにやれば必ず皆助かる。支え合い、庇い合うことを忘れるなよ」
その言葉が伝播し、冒険者一人一人の顔つきが変わる。
この様子を見てギルドマスターは「よし」と小声で発すると、進む足を早めた。
北門の内側には天幕がいくつも用意されていた。
しかし、私達はそれには目もくれず、そのまま通り抜ける。
そして、遂に北門を抜け、場外に出たのである。
⭐︎
「!!」
正直壮観と言わざるを得ない光景であった。
間違いなくトレストの全兵が集結しており、一つの軍が出来上がっていた。
他の冒険者もこの光景には目を見開いており、空いた口が塞がらないようであった。
「お前ら、俺は少し外すから、後方でグループごとに纏まって隊列を組め。そんでもってしばらく待機だ」
そう言い残し、ギルドマスターは後方の軍の中へ入っていった。
⭐︎
トレストとオークスの連合軍で構成された三軍。
三軍が縦に並ぶ形となっており、一軍はトレスト騎士団兵3000、二軍はオークス軍4500、三軍は本陣500となっている。
第一軍の指揮を任されているのはトレスト騎士団副団長ザイン・アンブレ、第ニ軍の指揮を任されているのはアラン・プレストである。
そして、此度の総大将を務めるトレスト騎士団団長ジーク・パトライアは本陣である第三軍にいた。
ジークは一発目の魔素溜まりの破裂を聞いた後、誰よりも早くこの北門に姿を見せており、軍がくるか否や、すぐに第一軍、第二軍に横陣を引かせたのである。
その後ジークは早速物見を動かした。
物見を森の中に送り込みスタンピードの全容の調査に向かわせたのである。
そして現在、ジークは本陣で物見からの報告を待っている状況であった。
まだあまり時間が経っていない上に、魔物の軍勢も未だ姿を現していない。
だと言うのに、ジークは表情を険しくしていた。
「ジーク」
名前を呼ばれ視線を向けるとそこには冒険者ギルド、ギルドマスターの肩書を待つ老人ガロの姿を確認する。
老人であるはずなのに未だ衰えない身体付き。
日々の努力の賜物であることだけは認めている。
「じじいか、何のようだ?」
「状況を聞きに来た」
ガロの発言に眉を広めるジーク。
牙狼と話をするだけで苛立ちを感じてしまうことに対し未熟である、と己を反省させる。
「見てわかるように敵の姿は未だ見えない。物見を送り、30分ほど経つ。今はその連絡待ちだ」
「そうか。それで俺たちの役割は?」
「お前達冒険者は数も少なく、我々との連携訓練もしていない。よって別動体として動いてもらう。お前は指示があるまで後方で待機していろ」
「分かった」
ガロは踵を返して背を見せるが、ジークはその背に話しかける。
「魔物との戦闘は我々も想定しているが本職はお前達の方だ。状況によっては一番厳しい環境に突入させる可能性もある。お前達の連携訓練。まだまだ我々には遠く及ばないが、その努力と根性は見させてもらった。もしお前達に頼る場面が来た時はよろしく頼む」
ガロは背を向けたまま動かない。
「任せろ」
どんな顔をしているのか分からないが、その発言には人生の重みを感じた。
ジークはガロの姿が見えなくなるまで、その背を見つめていた。
⭐︎
トレスト騎士団基本設定
隊下の()内はそれぞれの隊の隊長
①全兵3000
(ジーク・パトライア)
②歩兵隊 1800
(ザイン・アンブレ)
②-①攻撃歩兵隊 800
(ドレット・スウィング)
・(通常)歩兵隊 400
(ロータス・ハーベル)
・特殊歩兵隊 150
(ガリア・セルス)
・重装歩兵隊 100
(カイゼル・シーザリオン)
・特殊重装歩兵隊 100
(グラン・ストーン)
・伝令 50
②-② 守備歩兵隊 1000
(グリトニア・ヴァリアスター)
・(通常)盾兵隊 700
(ダント・ラグナ)
・特殊盾兵隊 100
(ジルコニア・レイベルト)
・(通常)工兵隊 100
(ニコラ・オルフェウス)
・特殊工兵隊 50
(ミック・アルバトロン)
・伝令 50
③騎馬隊 450
(グレイル・ハーラー)
・重装騎馬隊 100
(エイハム・ロッソ)
・軽装騎馬隊 200
(ガイアール・ストリング)
・物見隊 100
(チャーチス・リーバルト)
・伝令 50
④弓兵隊 700
(ローレンス・ハルストン)
・(通常)弓兵隊 400
(ローリア・アシュガルド)
・特殊弓兵隊 150
(ベンゼマ・ローマリネ)
・弩級兵隊 100
(カリネス・アーガイル)
・伝令 50
⑤補給部隊・軍医隊 50
(フィックス・ロンド)
※通常と特殊な違いは部隊にあったスキルを使えるかどうか
⭐︎
「伝令!伝令!物見より至急の伝令です!」
物見から情報を受け取った伝令が馬を走らせて本陣にやってきた。
「通せ!」
ジークの指示に従って道を開ける本陣の兵達。
伝令は本陣の中を通るとすぐに報告を始める。
「物見からの報告では敵はゴブリン!ゴブリンの軍勢とのこと。ゴブリンの軍勢は非常にゆっくりな速度でこちらに向かっているとのことです。しかし、その数は未知!把握するにはもう少し時間が必要とのこと。それと、このゴブリンはおそらく一つ目の破裂によるもの。残りの破裂による魔物の軍勢は未だ調査中とのことです」
「分かった。引き続き調査を進めるよう伝えてくれ」
「はっ!」
伝令はすぐにこの場を離れ森へ向かっていく。
ジークはその姿を見届けた後、情報を整理し始める。
初めの破裂で生まれたこはゴブリン種。
ゴブリン種は基本低俗な魔物。
初めの破裂の威力を考えるに相当数存在することとなる。
「ゴブリンですか?吉となるのか凶となるのか」
隣にいる鎧を着た男性が口を開く。
彼の名はグレイル・ハーラー。
トレスト騎士団の全騎馬隊を纏める隊長である。
「グレイル。なぜこんなところにいる。早く持ち場へ戻れ」
グレイルは本来第一軍の騎馬隊を指揮する者。
本来は本陣にいない者である為、ジークは叱責する。
「ザイン副団長から伝令の報告を聞いてこいと命令されたので」
その発言にジークは顔を顰める。
「魔物が姿を見せ次第、守備兵と弓兵を出して殲滅しろと伝えろ。まだ敵の全容が見えない故、弓を撃ちすぎるなともな」
「はっ!」
グレイルは馬を走らせて、戻っていく。
ジークはそのまま森に目を向け、敵の動きを警戒するのであった。
⭐︎
「なに?守備兵と弓兵を出して殲滅?その上で弓を撃ちすぎるなと?」
第一軍の後方。
そこでは第一軍の指揮を任されているザイン・アンブレに報告をするグレイルの姿があった。
彼は本来攻撃歩兵隊隊長あったが、今回ジークが本陣にいる為、第一軍の大将となっていた。
グレイルからの報告を聞いて、ザインはその言葉の意味を即座に理解する。
つまり、敵の数が分からないから、兵と弓を温存しろと言うことだ。
歩兵を出すと言わなかったのはそう言うことだろう。
「連絡ご苦労。持ち場に戻ってくれ」
グレイルはその場を離れる。
「グリトニアとローレンスに伝えろ。魔物が見えたらそれぞれ半数出すよう準備しろとな」
「はっ!」
話を聞いていた伝令はすぐに行動を開始した。
守備歩兵隊隊長グリトニア・ヴァリアスターと弓兵隊隊長ローレンス・ハルストンへと伝令を伝えるために。
⭐︎
「待たせたな」
ギルドマスターが戻ってきた。
ギルドマスターは聞いた情報をそのまま伝えてくれた。
そして最後に放った言葉も。
その発言は私達にとって予想外なものであった。
だが、私達は互いに身を見合わせ、そして喜んだ。
あのジークが、騎士団長が認めたと言うことだ。
あとはこの戦いを勝ち抜いて、直接土下座させるだけ。
私達の士気はどんどん上がっていった。
⭐︎
そして、その時は来た。
深淵の森からゴブリンが遂に姿を見せる。
緑色の醜悪な姿をしている。
背丈は子供用のように小さいものから、大人のように大きいものまで、体格もまばら。
腰に布を一枚巻いているだけのほぼ裸体に近い格好。
しかし、皆棍棒のような木の棒や、ボロボロの剣など、武器を持っている。
ゴブリンはどんどん姿を現していく。
どんどん、どんどん、どんどん。
途切れることなく次々と姿を現し、未だ途切れる雰囲気すらない。
そして、戦闘にいるゴブリン達が人間には分からない言語を発すると、一斉に走り出し、駆け出してきた。
「よし!盾兵と弓兵を出せ!」
ゴブリンの突進に合わせて、ザインが命令を下す。
その命令を聞いたグリトニアとローレンスは即座に盾兵隊隊長と弓兵隊隊長へ前に出る様、それぞれ命令を下す。
「密集して盾を並べろ!隙間を空けず、真っ向から跳ね除けろ!」
「「「「「おぉ!!!」」」」」
グリトニアが指揮する守備歩兵隊の一つ。
盾兵隊隊長であるダント・ラグナが盾兵に混じって声を飛ばす。
盾兵は声を上げて、ゴブリンの突撃に備える。
「一撃必殺で撃ち落とすぞ。敵は動く的であるが、動きも鈍く、真っ直ぐに突撃してくるだけ!訓練の成果を見せる時だ!」
「「「「「おぉ!!!!!」」」」」
ローレンスが指揮する弓兵隊の一つ。
弓兵隊隊長ローリア・アシュガルドが兵を奮い立たせる。
兵もそれに応え声を上げる。
「放てっ!!」
ローリアの命令と共に矢が放たれる。
トレスト防衛戦が今始まる。
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