第23話 最上位騎士の出陣
王都アクアリア。
王宮の中には総司令室が存在する。
そこは総司令の書斎であり、戦の書物や文献が数多く存在している。
レイン・フロウ。
現27歳の若さで最上位騎士となった彼はある目的のために総司令室を訪れていた。
扉をノックする。
間を空けずに返事が聞こえたため、一言放ち入室する。
レインの目の前、巨大な机には様々な書類の山が出来上がったおり、目的の人物の顔が見えない。
「レイン・フロウ。参りました」
一言告げると、机の奥で音が聞こえる。
書類の山から顔を見せる。
徐々に身体全体まで見え始め、その人物が姿を現す。
フィアリス・アストモス。
最上位騎士でありながら、その手腕から総司令も兼任している。
日々忙しなく動き回っており、一日の作業量は最上位騎士の誰よりもダントツに多い。
「レインか?どうした?」
少々疲れた顔を見せるフィアリス。
すでに処理済みの書類が机の隣に山積みになっているのを見ると、まだまだ処理作業は終わりそうもない。
レインは書類の山を見て呆気に取られていた。
「出撃の準備ができましたので、報告に参りました」
フィアリスの声に我に帰ると、姿勢を正して出撃の旨を伝える。
「そうか。気をつけろよ。報告が真実ならば今回の出陣は我々にとって未来を左右するものになる」
「軍配置を変えられたのはやはり警戒の表れ・・・・・・ということですね」
緊急会議が開かれたより一週間。
すぐに軍の配置を決め、招集を図っていたがファアリスは突如その編成を大幅に変更した。
主な変更点は三つ。
一つ目はフレア・ブレイズ、ブラッド、ラース・クルーエルの同時出撃。
二つ目はリリア・ノーブルの出撃。
三つ目はレイン・フロウ直下の兵の配置変更である。
「ああ、ブラッドの進言があった」
ブラッドはバトルジャンキーとして知られており、ブラッドの軍は突破力が売り。
攻撃力に重きを置く騎士と軍である。
しかし、ブラッドが最上位騎士となれたのは自慢の腕力だけではない。
もう一つ非常に大きな要因がある。
それはブラッドの勘によるものである。
ブラッドの勘は必中と呼ばれるほどのものであった。
その為、ブラッドの進言があった場合、それを見越して作戦を立てる様になっていた。
「勘・・・・・・ですか?」
「ああ、早めに出撃した方が良いと進言があった。よってフレア直下の兵三万。ブラッド直下の兵二万。ラース直下の兵一万五千を連れて先に出る様伝えた。ロウネスまでの道中で近隣の城、都市から早急に兵を徴兵させている故、戦場に着くまでには十万にはなるだろう。残りの五万も王都の近隣の城、都市から兵をロウネスに送る故、残りの五万も何とかなるだろう」
ここまで聞いてレインには一つの疑問が生じた。
「それでは何故ロウネスに向かわせるはずだった私直下の兵一万五千を戻したのですか?」
本来レイン直下の兵一万五千はフレア軍として派遣される予定であった。
しかし、現在その直下の兵は全てレインの元におり、深淵への援護兵となっていた。
直下の兵を使えるとなればとても助かる話ではあるが、それでは矛盾が生じてしまっていた。
「それには理由がある」
「お教え願っても?」
「私には独自の情報網がある」
「承知しています」
フィアリスには我々にも知らない情報網がある。
どの様な存在がその役を担っているのか全く想像出来ないが、その者達が寄越す情報は我々騎士団の情報網よりも遥かに精度の高いものであった。
「その者達の情報によると魔人という存在は我々の想像を絶するものかもしれないという可能性がある」
「それはどの様に・・・・・・?」
「聞いた話では魔人は古代の魔神戦争の際に、突数百万という魔物を率いて突如現れたとのことだ」
「!!」
にわかには信じられなかった。
それでは魔人は数百万もの魔物を使役できる種という事にらなるからだ。
そんな魔物は聞いたことがなかった。
「ありえません!数百万などと・・・・・・それではまるで・・・・・・」
「ああ、魔人とは魔神同様、全ての魔物の頂点に君臨する種なのやもしれぬ」
「つまり、深淵の森やその周辺に生息している魔物全てと相対すら可能性があると言うことですね」
「ああ、あくまで可能性の話だがな。現状深淵の森にはどれだけの魔物があるのか把握出来ていない。よって当初の少数精鋭では愚策になる恐れがある。」
「だから、直下の一万五千を私の元に戻したのですね」
「ああ、少ないかもしれないがそれでも少数で行かせるよりは良いだろうと言う判断だ。許せ」
「いえ、その話を聞けばその様に考えるのは同然のこと。誰もあなたを責めるなどしません」
「本来なら私も出るべきなのだが」
フィアリスはこの事態に動けない自分を悔いている様であった。
「最上位騎士があなたしか残らない今、あなたが王都に残るのは当然の判断です」
しかし、フィアリスは最善の選択ができていない自分を許せない様であった。
今でも必死に策を考えているのがよく伝わってくる。
だからこそ、レインは話を変える選択をした。
「リリアももう出たのですか?」
リリア・ノーブルがこの場にすでにいないことを知っていた為、確認をとる。
リリアは今、直下の兵一万と道中で徴兵一万を拾ってカルム領へ出陣することになっている。
カラム領とはロウネス領の隣に位置する領土であり、軍事国家ミリタリアと中立国家ラクトフェリアの国境が繋がっている領土である。
そして、ロウネスに軍を派遣すると言うことで、隣国からの行軍に対処する為にリリアを出陣さてることとなった。
中立国家ということで彼方から攻めてくることは今まで一度もなかったが、こちらもブラッドの進言により急遽用意することとなった。
「ああ、フレアと時を同じくして出陣した」
フィアリスは窓の外に目を向ける。
その瞳はリリアの安否を気にしているかの様だ。
「心配ですか?」
「・・・・・・」
レインの問いにフィアリスは答えない。
しかし、その問いに反応した時の表情がそれを物語っていた。
「気持ちは分かります。初陣ですからね。最上位騎士となって。けど、心配いらないと思いますよ。彼女は我々に劣らない最上位騎士ですから」
「・・・・・・そうだな」
ではこれで、とレインは踵を返す。
今すぐ出陣して最短でトレストまで行く。
そうすれば一週間と少しで到着する。
「レイン・・・・・・」
フィアリスに呼ばれた為、フィアリスに目を向ける。
その瞳は力強い火を灯していた。
「はっ!」
「必ず帰って来い」
「承知いたしました」
レインは跪き誓いの礼を見せる。
これはルイン騎士団の最上位の敬礼である。
そして、顔を上げ、そのまま部屋を後にした。
レイン・フロウ、出撃である。
⭐︎
十万の長い長い行軍。
フレア、ブラッド、ラースが騎馬に乗り、先頭を歩いている。
ロウネス東部。
王都を出陣して、ロウネスの領土に入り少し経った頃、近隣の城、都市から徴兵した軍が集まり大軍が出来上がっていた。
ロウネスの最西地、戦場となるであろう国境付近まで数日というところまで至っていた。
リリアはすでにフレア軍を離れ、カラム領へと向かっているところであろう。
「ブラッドさん、辛気臭い顔してますけど、心配事ですか?」
ラースがブラッドに話しかける。
ブラッドは出陣当時からあまり会話に参加せずじっと何かを気にしている様であった。
フレアも気になっていたのか横目でブラッドに視線を送る。
「ちょっとな」
一言放つとブラッドは再び浮かない顔を見せる。
「ブラッドさん、気になる事があるなら、話して頂けると。我々も見落としている何かがあるかもしれません」
話そうとしないブラッドにとうとう根負けしたフレアが口を開く。
この行軍は予想外のものであったが、フレアにとっては行幸ならものであった。
何故ならフレアとブラッドは馬が合わず、口喧嘩をよくしていたからである。
戦闘前から最上位騎士がギクシャクしてしまうのは非常に良くない。
ブラッド自身もそのことは十分理解しているだろうが、人の心というものはそんな簡単に割り切れないものであることをフレアは学んでいた。
だからこそラースという両者の間を取り持ってくれる潤滑油的な存在が現れたことはフレア自身に対しても希望であった。
しかし、それでも万が一のことがある故、フレアは極力ブラッドとの交流を避けていたのである。
しかし、ブラッドは常に上の空で様子がおかしいことは誰の目から見ても明らかだった。
普段なら闘志全開で暑苦しくやる気に満ち溢れていただけに、かなり面食らっていたのである。
そして、とうとう我慢できなくなったフレアは口を開いたのだ。
フレアは出来るだけ刺激しない様に伝える。
あくまで我々は味方だというアピールだ。
「そうだな。総大将に何も言わずに迷惑を掛けるのは避けたいところ。気を使わせて悪かった」
フレアはブラッドが素直に謝罪をしたことに心底驚いた。
と同時にそれほどの何かを抱えているのだと推測する。
「今回の行軍。俺が総司令に進言したことでこの形となった」
「あなたの勘はよく当たる。私達もそのことについては言及致しませんよ?」
「そこは承知している。だが、今回は嫌な予感がする。大事な何かを見落としている様な。とんでもなく恐ろしい事が待っている様なそんな感覚がある」
ブラッドが既に冷や汗をかいていることに気付いたフレアとラースは戦慄した。
そして、それほどの何かが起きようとしているのだと理解する。
フレアは冷静に現状を分析する。
このままいけばあと五日ほどで戦場となるであろう国境沿いに到着する。
物見の報告はまだ来ていないが広い範囲で偵察をさせている。
我が軍は十万まで増え、大規模なものとなった。
残りの五日でさらに増える予定だ。
十五万もいれば一先ずの対処は出来るはずだ。
そして、既にロウネスに駐屯している兵五千は既に国境沿いで偵察と監視をさせており、何かあれば伝令役が報告に来ることとなっている。
そして、現在まで伝来役が来ていないとすれば、既に始末されていなければ、まだ開戦していないということになる。
また我々とは別にリリアが軍を率い、ラクトフェリアとの国境警備に入ることになっている。
つまりラクトフェリアからの行軍にも対応出来る形が出来ていることになる。
そして何より、ロウネスはミリタリアからすれば攻めづらい地。
それだけでもこちらに有利に働く。
何も問題は無い。
「考えすぎではありませんか、ブラッドさん。現状我々は全方位に注意を向けている状態です。偵察もこまめにさせておりますので出し抜かれる心配はないでしょう」
とは言ってもブラッドには一抹の不安があるのか、顔色がよろしく無い。
「だと良いかな。だが念の為、いつでも軍を動かせる様に徹底させておけ」
「分かっております」
何があろうとこの国は絶対にやらせん!
ブラッドは改めて決意を固める。
ブラッドの目にはとてつもない闘志の火が燃え盛っていた。
一抹の不安を抱えながらも着々と戦場に近づいていくのであった。
⭐︎
そして、時を同じくしてもう一つの戦場となるかもしれない領土。
カルム領のすぐ東に位置する海沿いに存在するリヴィエラ領がある。
リヴィエラ領はルイン王国内で最も広い領土を誇り、水質に優れた土地であった。
王都のやく三倍ほどの広さの領土を持つこのリヴィエラをフレア軍そして、リリア軍は通ってそれぞれロウネス領、カルマ領へと向かっていく。
そして、道中の城や都市からの徴兵のほとんどがリヴィエラ領の兵となっている。
そして、リリアはカルム領とリヴィエラ領の境。
まだギリギリ、リヴィエラ領の中を進軍していた。
既にカルム領土の境界まで来ている為、緑豊かな草原の中の林道を進軍していく。
「随分と静かな土地ですね」
兵の一人がぽつりと呟く。
視線を移せば至る所で農業に励んでいる者が見え、鳥が飛んでいる。
鳥の囀りがBGMとなり、これから戦地へ赴こうとしているとは思えないほど、穏やかな行軍となっていた。
「そうね。カルマ領はとても平和で争いとは無縁の領とも言えるわ」
「けどそれって、つまり争いが起きてないってことですよね」
兵の問いにリリアは頷く。
「ええ、カルマ領はラクトフェリアとの国境沿いの領だけど、ラクトフェリアは中立国家。自ら軍を派遣することは今の所していない」
「では今回は何の為に行くのですか?軍が送られないのなら意味はないと思うのですが」
兵の発言ももっともであった。
しかし、一つだけ見落としている事がある。
それは絶対はないと言うことである。
「そうね、けどいつ何が起きるか分からない。それが今の世なの。覚えておきなさい。絶対はない。それを忘れて疎かになった国は必ず大損害を被ることになる」
問いを唱えた兵は息を呑む。
彼女の発言はそれほど恐ろしいことだからであった。
「けど、そうなると良いわね」
しかし、リリアは出来た人間。
フォローを忘れていなかった。
一度話が途切れた為、リリアは前に向き直る。
彼女の表情は、兵と話していた時とはまるで違っていた。
真剣味の帯びたその表情は真っ直ぐ遥か先を見ていた。
リリアは出撃前、フィアリスに司令室まで呼ばれた時のことを思い出していた。
⭐︎
「出撃・・・・・・ですか?」
司令室に呼ばれたリリアはフィアリスの突然の出撃命令に疑問を感じた。
「ああ、直下の兵一万に徴兵一万。全軍二万を率いてカルム領に向かってくれ」
カルム領と言う言葉を聞いてリリアはすぐに今回の意図を理解した。
「畏まりました。しかし、徴兵はどこに?」
緊急会議からの流れで直下の兵を率いて道中の城、都市で徴兵を率いることは理解していた。
その為、自身の場合も同じであると瞬時に判断していた。
「カルム領への道中、リヴィエラ領の徴兵をカルム領との境界付近で合流させる様、指示を下している」
「畏まりました。では直ちに出撃します」
頭を一度下げ、すぐにこの場を離れようとするが、フィアリスの声が掛かり視線を向ける。
「分かっているだろうが、其方の役目は隣国ラクトフェリアの牽制だ」
中立国家ラクトフェリア。
中立を謳い、他国との戦争を避ける政治を行なっている国だ。
軍はいるが決してその数は多くないと聞く。
それほどに他国との争いを避ける国だ。
今回もおそらく杞憂に終わるだろう。
しかし、何事にも絶対はない。
だからこその牽制だ。
「はい」
「だが、それは今回の出撃目的の半分に過ぎない」
「!」
リリアは真剣な眼差しに変わる。
それはフィアリスの目の色が変わったのが分かったからだ。
「よく聞け、リリア。今回の出撃を進言したのはブラッドだ」
「それは本当なのですか?」
その進言からブラッドの勘が絡んでいることは容易に想像出来た。
ブラッドの勘の鋭さは、最上位騎士になる前、ブラッド軍の遊撃隊を務めていた経験があるから骨身に染みている。
ブラッドはいつも遊撃隊を動かす時、常に勘が絡んでいた。
そしてそれは常に戦の勝敗を左右する様な場面であった。
だからこそ、ブラッドの勘による進言ならば何かあると考えるのが一般的とまで言える。
「ああ、編成を変えたのもブラッドの進言が要因だ。そして、リリア。君をカルム領への牽制のために出撃させろとブラッドは進言した」
「!!」
名指しで最上位騎士の出撃を進言。
それが何を意味するのかリリアには理解出来た。
「援軍・・・・・・ですか?」
「ああ。ブラッドは今回の進言にあたり、嫌な予感がすると言っていた。もしかしたら最上位騎士を失う可能性があるのかもしれん。だからこその援軍要請だと私は考えている」
つまり、牽制のために軍を置くが、ピンチになったら近いからすぐに飛んできてくれと言う事なのだろう。
ブラッドはそれほどの事態が起きると考えていると言うことだ。
「畏まりました。必ずやご期待に応えて見せます」
跪き、ルインの最敬礼を見せる。
「最上位騎士の初陣だが気を抜くな。些細な判断ミスも重く受け止めろ」
「はっ!!」
「そして、必ず生きて帰って来い」
「・・・・・・はっ!」
⭐︎
あの時のフィアリスはフレアやブラッド、ラースだけでなくリリアのことも案じてくれていた。
その気持ちはリリアを逆に奮い上がらせるものであった。
今リリアの目には闘志が漲っている。
フィアリスの総司令の期待に応える。
その為に最善を尽くすこと。
それを胸にリリア軍は進んでいく。
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