第22話 互いの関係性

バチンと甲高い音が大通りで響く渡る。

人影一つ無く、静寂に満ちた空間。

街灯だけが彼女達を照らしていた。


突然のシグレの行動にパーティメンバーのエルダとパレラが慌てて止めに入る。


シグレが拘束を解こうと暴れるが、エルダとパレラは手を離す事なく、少しづつ距離を空けていく。


しばらくするとシグレが落ち着きを取り戻した様でエルダとパレラによる拘束が解ける。


しかし、尚も変わらず私を睨みつける眼差しは変わらなかった。


私はジンジンと鈍い痛みを感じる頬に触れる。

自分では確認のしようがないが赤く腫れているだろう事は予測出来る。

それほどの衝撃を感じた。


「シグレさん・・・・・・」


名を嘆くとシグレの表情が更に歪む。

何を言われるのかと身構えるが、次に発せられた言葉は私の想定したものではなかった。


「ごめん・・・・・・」


バツの悪そうな顔をしているシグレ。

私はそれを見て呆然としていた。


シグレは一度大きく息を吐くと、私を見据える。


「カーフェ。どうして私が怒ってるか分からないの?」


「・・・・・・私が貴方達の大切な人を見殺しにしたから・・・・・・」


私自身ずっと後ろめたく思っていた出来事をやっとの思いで口にする。


するとシグレは再び憤怒して私に詰め寄ってくる。

エルダとパレラが再び取り押さえようとするが、既に私の胸ぐらを掴んだシグレはその手を離さずに詰め寄ってくる。

そして、怒りの表情と涙を溜めたその様々な感情を吐き出す様に口を開く。


「その顔がムカつくのよ!見当違いな事で落ち込んでんじゃないわよ!」


私はシグレの発言に思考が止まる。

私の思いが間違っていたって?

それを聞いて、私もまた我慢出来なくなり長年堰き止めていた思いを吐き出す。


「けど私がいなければ皆死ぬ事はなかった!深淵なんて無茶な所に行くこともなかった!貴方達の大切な人は私が奪った事は間違いないじゃない!」


知らず知らずのうちに私も涙を流しシグレの胸ぐらを掴んでしまっていた。


「それが見当違いだって言ってるのよ!私のせいで死んだ?ふざけんじゃないわよ!貴方のせいなわけないじゃない!!」


「じゃあ誰のせいなの!?」


「彼自身の責任よ!」


それを聞いた途端、私は頭の中が真っ白になる。

どうして私のせいにしないの?

私のせいに決まってるのに・・・・・・。

私はゆっくりと胸ぐらを離すとぽつりと呟いた。


「どうして私を責めないの?私がいなければ彼らは死ななかったのに・・・・・・」


大粒の涙がこぼれ、制御が効かなくなる。

嗚咽を漏らし、涙がどんどん流れていく。


「冒険者は全員自己責任の上で行動してるの。冒険者の死は自分の判断ミス。貴方が責任を感じる事はないの」


「私は間違っていたの?」


「貴方が間違ってたわけじゃない。けどね、あの人は自分の意思で貴方を生かしたの。その意図を汲んでほしい」


すると隣にいたエルダとパレラが前に出てくる。


「もっと早く伝えるべきだったわね。ごめんなさい。けど、これだけは理解してほしいな。私達は誰も貴方のせいだなんて思ってない。彼らの選択を否定しないでほしいだけなの」


「彼らの死を知った時、確かに私達は貴方を責めてしまった。そして、悪目立たちさせてしまった。その事は本当に申し訳ないと思っているわ。けどもう終わりにしましょう」


彼女達の本心を初めて聞いて、徐々に心の闇が晴れていく様な感覚を感じた。

そして、それと同時に心の隅っこで隠れていた、もう一度仲良くしたいという思いが強まる。


「いいの?私はもう一度前を向いても・・・・・・?」


「むしろ向いてもらわないと彼らの思いが無駄になるわ」


その瞬間、私はずっと忘れていたことを思い出した。


彼らに言われた言葉。

真の冒険者とは利子度外視で動ける勇敢な者であるべし。

如何なる時も誇りを忘れるな、と。


そっか、彼らのした事は誇りだったんだ。

自分の誇りのために笑って行ったんだった。


見ていなくても彼女達はそれが分かっていた。

だからこそ、みくびるなって怒ってくれたんだ。


その瞬間、心を覆う闇が完全に晴れ、消えて行った。

私の心はようやく救われたのだった。


「ありがとう、姉さん」


「っ!?・・・・・・それでいいのよ。次、落ち込んだ顔なんて見せたら今度は殴るからね!」


それだけ言い残して、仏頂面のままシグレはエルダとパレラを連れて去って行った。


残った私は清々しさを感じていた。

そして、天を見上げ、私を生かしてくれた彼らに感謝を述べた。






⭐︎






翌日、いつもより早い時間に目を覚ます。

まだ誰も起きていない時間帯。

普段の半分も睡眠時間を取れていないはずなのにやけに目が覚めている。

そして、いつもより体の調子が良い。


昨日の件。

それがあったからこそ、今私はいつも以上にすっきりとしていた。

きっと心のモヤが取れたからだろう。


私はすぐに行動を始めた。


着替えを終え、朝食を作る。

普段作らないこともあり下手くそだ。

けどこれは感謝の気持ち。

我慢して食べてほしい。


そして、日が上り始める時間帯。

上から扉の開く音が聞こえる。

レアード達が起きてきたのだろう。


料理を見たらなんていうのだろうか?


私は照れ臭くなって、早めに孤児院を出発した。


私が向かうのはお墓。

トレストの街のとある一角。

そこには冒険者として亡くなった者達のお墓がたくさん建っている。


私は墓参りに訪れる。

手には何もない。

贈れるものなど何も無い。

けれど、行かなければという衝動に駆られてここに来た。


私の目の前には私の為に亡くなった者達のお墓が並んでいる。

私はその一つ一つに水を掛け、清め、そして身を合わせる。


伝える言葉は一つ。

ありがとう。

それだけだ。

短いがその言葉に全てが詰まっている。

これで良いと私は感じていた。


するとこちらに向かってくる足音を感じた。


目を向けるとそこには花を手に持った"夢物語"一行の姿。


どくんと大きく脈打つの感じだが、意を喫して口を開く。


「・・・・・・おはよう、シグレ姉さん、エルダ姉さん、パレラ姉さん」


私から声を掛けたことに驚いたのか目を丸くして固まっていた。


しかしシグレは我に帰ると、端が悪そうな顔をする。


「・・・・・・おはよう」


そして、ぷいっとそっぽを巻くと、私の隣を通り過ぎ、墓に花を添えていく。

それに対してエルダとパレラは笑みを浮かべて私に話しかけてくる。


「おはよう。随分とすっきりした顔してる」


「そ、そうかな」


「ええ、どこか開かない顔してたからね。ごめんなさいね。責任負わせてしまって」


エルダはそう言って頭を撫でてくる。


「大きくなったわね、カーフェ。今いくつになったかしら?」


「え、えっと15になった」


「そう、5年ぶりなのね。こんなに大きくなって。いつの間にか私よりも背が高くなったわね」


「そ、そうかな?えへへ」


やはり、緊張からどもってしまう。

私の身長は今167cm。

シグレとエルダは私より背が高いが、パレラは私の方が見下ろす形となっていた。


「昔は私が見下ろしてこうして頭を撫でていたのにねぇ」


そう言って、パレラはエルダを押し除けて私を撫で始める。

気付けば、二人係で私を撫で回すことになっていた。


なんだか照れ臭い。


そんな風に思って頬を赤く染めていると、シグレの姿が目に入る。


シグレは墓に花を添えたり卒塔婆を飾ったりしている。

私には目もくれない。

やはり心の奥底では私のことを許していないのでは無いか?

その様に不安に感じているとエルダが今度は髪を流す様に撫で始める。


「シグレはいつもあんな感じよ。全く、素直じゃないんだから」


「うるさい!」


エルダに反応して声を荒げるシグレ。

エルダを睨みつけるが、エルダはどこ吹く風といった様子を見せている。


「あんた達もさっさと手を合わせなさい!」


シグレ達は並んで手を合わせ始める。

その姿は何かを話かけている様に感じた。


シグレ達は立ち上がると私の傍を通って抜けていく。


そして、立ち止まり、私に声をかける。


「何してるの?行くわよ」


その声に喜びを覚えた私は笑みを浮かべる。


「うん!」


私達は5年間を埋める様に様々な話をしながら、足を進めて行った。






⭐︎






東門に着いた頃には、日が上り始め冒険者の姿がちらほらと確認出来る。

その中にはレアード達もいて、私がシグレ達といる姿を見て目を丸くしていたが、やがて笑みを浮かべ、手を振ってくる。


私は手を振り返して、レアード達の元は向かって行った。


「良かったじゃねぇか」


ニヤニヤとした表情を浮かべるレアード。


「うん。仲直りした」


そう言うと皆安心した素振りを見せる。


「そう言えば、あの飯はお前が作ったのか?」


何かを思い出した様に突然話し始めるレアード。


「そうよ」


食べてくれたのかしら?

ちょっと気になっていた。


「なんだあの目玉焼きは?真っ黒こげの毒物じゃねぇか。死ぬかと思ったぞ」


私はレアードの腹部に右ストレートを放った。






⭐︎






しばらくすると次々に冒険者が顔を出し、最後にギルドマスターが現れる。

なんとなく普段より気分が落ち込んでいる様に感じる。


昨日と同じ様に、各々喋くっていた冒険者もギルドマスターなら気づくと一斉に姿勢を正し、整列していく。


「しばし待て」


そう伝えると天幕に入って行った。


冒険者は戸惑いを見せていたが、次第にバラバラになり始め、二つのグループが出来上がり始める。

一つは駄弁るグループ。

もう一つが鍛錬を始めるグループだ。


鍛錬を始めるグループはカノンの元に集まり、何かを話している。

カノンもめんどくさがらず一人一人きちんと対応していた。

私達も鍛錬のグループに入っている。

カノンの話を聞いて、少しでも吸収出来ればと聞きままを立てている。

"黒王戦艦"は少し変な立ち位置にいた。

ルーファスは気怠そうにしている横でロッサが説教をかまし、それを見ているメイデルがゲラゲラと笑い声を上げていた。

アイゼだけは他の冒険者と会話をしており、相変わらずの奔放さであった。


しばらくすると鎧を着た男性が姿を現す。

背後には同じく鎧を見に纏った男性が十人ほど見え、冒険者に目を向けていた。


最前列のリーダーらしき男性は統率ない冒険者を目の当たりにして早くも顔を顰めている。


一足早く彼らの存在に気づいた私は視線を向けていた。


「ようやく来たか」


レアードやカノン達も彼らに気付いたのか、手を止め視線を向ける。


「もしかして彼らが?」


「ああ、前にいるのがトレスト騎士団団長ジーク・パトライアだ」


「あれが・・・・・・」


ジークという名の団長に改めて視線を送る。


白髪が入り混じった短髪が風により微かに揺れている。

その瞳は人を値踏みしているかの様に鋭いものであり、その立ち姿は騎士そのものの様に見える。

ジークは辺り一面に目を向け、端から端まで冒険者をその目に映す。

徐々に表情が険しくなっていく所を見るに、厳格な人間なのだと言うことがよく分かる。


背後にいる騎士は決して騎士団長の前に出ようとはせず、直立不動の姿勢を保っている。

厳しい訓練をしていると言うのは本当なのだろう。


ジークに目を向けているとギルドマスターが天幕を離れ、向かっていくのが見える。


そして、レアードやカノン、ルーファスも同じくジークの元へ向かっていくのが見えた。


それを見て、ようやく周囲の冒険者も気付いたのか整列を始めた。






⭐︎






「よお、遅かったな」


ガロはぎこちない足取りでジークを迎える。


「・・・・・・じじい」


ジークは憎んでいるのではと思いたくなるほどの殺気の籠った視線をガロにぶつける。


「おいおい、部下の前でそんな顔すんなよ」


ガロは呆れた様子を見せる。


「黙れ・・・・・・」


以前変わらぬ殺気を受け、ガロは肩をすくめた。


「で、なんだこれは?」


ジークは冒険者に目を向ける。

冒険者はようやく集まり始めたところでバタバタとしている。

ジークには冒険者が躾のなっていない子供の様に見えていた。


「騎士団と同じように見るな。これが冒険者だ」


「ちっ」


ジークの顔には明らかな怒りが滲み始めていた。


「まあいい。こいつらは俺の管轄ではないからな」


ジークは話を切ると早速本題に入る。


「優秀な部下を用意した。今は深淵の森の警戒中故、騎士、従騎士階級の者をそちらに出すことはできないが、こいつらも厳しい訓練を潜り抜けてきた選りすぐりの部下だ。お前達、冒険者の小さな脳みそでも理解出来るように教えることが出来るだろう。好きに使え」


その言葉を聞いて、怒りを感じたレアードが掴み掛かろうとするが、ガロが腕を掴む。


「離せっ!こいつ、何も知らないくせに偉そうに!」


尚も掴み掛かろうとするレアードを飛びかかったカノンとルーファスの二人掛かりで押さえ込んでいた。


「よせっ!相手は騎士団長だぞ!手を出すと牢屋行きだぞ!」


「待てっ!めんどくせぇ時にゴタゴタは勘弁だぞ!」


「うるせぇ。牢屋が怖くて冒険者なんてやってられっか!」


その光景を傍観していたジークは失笑する。


「高ランク冒険者ともあろう者がまるでチンピラだな」


ジークが更に煽る為、レアードが余計にキレ散らかしていた。


「その辺にしろ、レアード」


レアードに一声かけて前に出るガロ。


ガロとジークの睨み合いが始まり、静寂に満ちる。


「ふっ、ずいぶん丸くなったな。聞かん坊のまま大人になったらじじいがよ」


「言いたいことはそれだけか?」


「ちっ」


ジークはガロに背を向けて歩き出す。

そして、少しして立ち止まる。


「レアードと言ったな。悔しかったら口ではなく行動で示せ。この連携訓練で有用性を示して見せろ。そしたら、改めて謝罪してやる」


「ぜってぇ土下座させてやるからな!心の準備して待ってやがれ!!」


ジークは再び鼻で笑うと、顔だけガロに向ける。


「今回の件は私が騎士団に入って40年の中でも初めての事例だ。非常に屈辱だが、貴様ら冒険者の力が必要になる日が来るやもしれん。だが、その時までに間に合いませんでしたじゃ話にならんぞ。その時は貴様のギルドマスターという肩書きが危うくなると思え。分かったな」


「分かっている」


ジークは今一度鼻で笑うとそのまま北門の方へ歩いて行った。


ジークの姿が完全に見えなくなると、レアードが口を開く。


「なんで言い返さねぇんだよ!?」


レアードは尚も苛立ちを隠さずにいた。


「あやつの言うことにいちいち反応していたら奴の思う壺だ。聞き流しておくのが得策だ」


「ちっ。ムカつく奴だったぜ。こっちを見下している感がモロに出てやがった」


「あいつは冒険者を嫌っているからな。俺も含め問題を起こす組織とでも思っているんだろう」


「ほんと何なんだよ、あいつはっ!」


「ああは言っているが、根は悪い奴じゃない。善悪の基準がはっきりしすぎてるだけだ」


「その言い方だと俺たちは悪ってことになるのか?」


「いや、ありゃ善だな」


「はぁ!?」


レアードは意味が分からないと嘆く。


「あれはあいつなりの激励だ。ったく、不器用な奴め。素直に期待してるって言えば良いものを」


「何でそう思うんだよ」


「言っただろ。付き合いが長いって。あいつの事は俺が一番分かってる」


ガロは笑みを浮かべる。

まるで昔のことを思い出しているかのようだ。


「・・・・・・」


「おい、どうした?」


ガロが口を閉ざしたレアードに疑問を感じ、声を掛ける。


「じじい、ポジティブ過ぎんだろ・・・・・・」


「人間何事も考え様だ」


「・・・・・・」


一旦話が途切れる。

これ幸いと、ガロは気持ちを切り替えると冒険者の方へ向き直る。


「さて、人材も揃ったことだし、早速説明を始めるぞ」






⭐︎






正直滅茶苦茶ムカついた。

整列したのは良いが、まさか騎士団長があんな人だったとは・・・・・・。

他の冒険者も必死に怒りを抑えているのがよく分かった。


しかし、私はもう一つ気になることがあった。

それは後ろにいる兵士は直立不動のまま全く動かなかったことだ。

レアードが騎士団長に飛びかかった時、彼らは顔色一つ変えずにやり過ごしていた。

普通は止めるはずだ。

それとも、騎士団とはそういうものなのだろうか。


ただ、今回の騎士団長の登場により冒険者に火がついたのが分かった。

ぜってぇ謝罪させる!

俺たちを舐めるなよ!

冒険者の力を見せつけてやろう!など見返したい発言がそこら中から聞こえてくる。


そして、それは冒険者全体に広がり、大きな檄に変わって行った。


連携訓練の二日目が始まる。








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