第21話 かけがえのない今日を

「「「かんぱ〜い!!」」」


冒険者ギルド内では冒険者が酒を手に音頭を取る。

ジョッキ通しがぶつかり、甲高い音が所かしこから聞こえてくる。


私は初めて飲む酒の味に面食らった表情を見せていた。


連携訓練の初日が終わり、新たに仲良くなった仲間達と友好の印としてこうして食を共にする。

私もその中の一人として、椅子に腰掛けている。

既に宴会のような騒がしさとなり、酔っ払って暴れ回るものが現れ始めていた。


「・・・・・・」


酒の苦さを初めて味わい、口元を押さえる。

表情を歪ませ、ゆっくりとジョッキを置いた。


「もしかしてお酒は初めて?」


同じテーブルを囲んでいるアマンダが微笑みながら視線を向けている。


「そうね。外出は初めてだわ」


初めての外出だと言うとアマンダは大変驚いた表情を見せる。

アマンダだけでは無く、同じテーブルに座っているマリナ、そして"4つ子の魂"の四姉妹も同様であった。

アマンダ達は互いに顔を向けると頷き合う。

そして、私に笑みを向ける。


「悪くないでしょ?偶にはさ」


「ええ、そうね。それにしてもお酒って不味いのね」


照れ臭さを隠すように話題を変える。

私のジョッキの酒はまるで減っていないのに対し、皆のジョッキの仲間は既に半分近く減っている。

それだけで飲み慣れているのがよく分かる。


「ふふふ、昔は私も苦手だったわ。喉に残るような苦味と痛み。けどもう慣れたわ」


「私はまだ成人してないから中身は炭酸ジュースです!」


四姉妹はお酒を飲んでいないようだ。


この世界の成人は15歳。

13歳の彼女達はまだ飲めないのも当然と言えば当然であった。


「それにしてもアネさんと食事が出来るなんて信じられません!!」


目の前ではフォルがうっとりとした表情を浮かべ、だらしない笑みを浮かべている。

それを見て、ファルが「顔キモい」と反応し、可愛らしく喧嘩をしている。

私達はそれを見ながら、笑みを浮かべていた。


こんなに楽しかったんだ。

初めての外食に自然と笑みが漏れてくる。

もっと早く向き合えば良かった、とつくづく思う。


「ささ、皆どんどん食べるわよ。記念すべきアネさんの初外食記念日よ!」


皆はテーブルに並べられた食事にどんどん手を付けていく。

串物、チキン、なんかよく分かんないもの、野菜と色とりどりの食事が並び綺麗な彩りを見せている。


「美味しい・・・・・・」


食べる手がどんどん早くなっていく。

気付けば頬張るほどに口に料理を押し込んでいた。

その姿を見て再び笑い声が起こる。

私は楽しい時間を過ごしていた。






⭐︎






「アネさん!飲んでますか〜!?」


既に出来上がったトーレスとアーガスが近寄ってくる。

肩を組んだ仲の良さをアピールしているように見える。

相当飲んでいるのか顔が近付くと酒臭さを感じ、顔を歪める。


適当に返事をすると何故かトーレスとアーガスが腕相撲を始める。

すると周囲で飲んでいた冒険者が集まり、突如腕相撲大会が始まった。


力自慢の男性冒険者が競い、女性に何やらアピールしている。

カッコいい所を見せようとしている気がする。


「楽しいでしょ?」


隣のテーブルで飲んでいたリリィとカインが隣に立つ。


「ええ、そうね」


私達は笑みを浮かべながら腕相撲大会に目を向けていた。


「レアードはまだ戻らないの?」


レアードはこの場にいない。


「まだ戻ってこないわ。レアードだけじゃない。"深紅の刃"と"黒王戦艦"のリーダーもまだね」


レアード達は、ギルドに入るや否やすぐギルドマスターに呼ばれて奥に消えていった。

既にかなりの時間が経っている為、何を話しているのか気になってくる所だ。


「まぁでも、私達はレアードが戻るまでここにいるし、彼の分まで楽しみましょ?」


「誰の分まで楽しむって?」


突如、聞こえた声に驚きを見せる私達。

気付けばギルドマスターに呼ばれた三人が戻ってきており、各々好きなことをし始める。


"深紅の刃"のリーダー、カインは腕相撲大会の中に入っていき、"黒王戦艦"のリーダー、ルーファスはそこいらに置きっぱなしになっている料理に勝手に手を出しており、パーティメンバーに止められている。

そして、レアードは私たちの元へ来て、今度は私とリリィの頭を乱暴に撫で回していた。


私とリリィは同時に動く。

撫でる手をだからと、腰の入ったストレートを腹部に打ち込む。

レアードはくぐもった声を上げると、腹部を押さえ、蹲る。


「良いストレートだぜぇ・・・・・・」


消え入るような迫真のツッコミに思わず腹を押さえて笑い声を上げる。

レアードは痛がっていたが、私達にちらっと目を向けると、小さく微笑む。


起き上がり、腕相撲大会に目を向けているレアードに向けて、私は口を開く。


「何を話していたの?」


「振り返りと今後の事だな」


レアードは冒険者が腕相撲大会に目を向けている事を確認したのち、私が座っていたテーブルに座る。

催促された為、私達はそれぞれテーブルに座った。

そして、レアードはゆっくりと話し始める。






⭐︎






冒険者ギルドに集まり、酒を飲もうとした時、ギルドマスターの声が掛かった。


レアードは好物の酒を前に顔を歪ませる。

しかし、"深紅の刃"のカインと"黒王戦艦"のルーファスがすぐさま移動を始めた事で、諦めた表情を見せ席を立つ。


カーフェ達が見つめる中、彼らはギルドの奥へ消えていった。


ギルド長室にやってきて、ソファーに座る。


「せめて事前に言っといて欲しかったんだが・・・・・・」


酒を飲めず不機嫌となったレアードが悪態を吐く。


「悪いな。許せ」


一言発するギルドマスター、ガロ。

ガロは一人用のソファーに座ると部屋の隅に控えていた受付嬢を呼びつける。

そして、耳元で何かを囁くと受付嬢は入口とは違う扉から出ていく。


しばらく、何も発さず待っていると、受付嬢が戻る。

お盆を持ち、ジョッキが4つ乗っている。


レアードの目付きが変わる。

目に光が灯り、ジョッキに目が釘付けとなっていた。


ジョッキが置かれるとレアードはすぐさまそれを手に取り、ゆっくりと口に付ける。

ぶはぁ〜と言いながら口を離すレアード。

余韻に浸るかのように目を瞑り味を楽しんでいる。

残りの三人もジョッキを手に取り飲み始める。

乾杯はない。

しかし、誰も気にしてはいなかった。






⭐︎






「それで話ってなんだ?」


酒を楽しみ機嫌が治ったレアードが口を開く。


「今日の振り返りだ。率直に聞くが連携は出来そうか?」


操作を聞くのでは無く、出来そうかどうかをいきなり聞いてきたことに戸惑いを覚える三人。

互いに顔を見合わせると真剣な表情に変えてそれぞれ話し始める。


「ハッキリ言って厳しいだろうな。少なくとも2週間以内にきっちりってのは無理な話だ。付け焼き刃でいいなら何とかなるが、軍レベルのものは到底無理だな」


「こちらも同じです。ランクが高くなるほど高い戦術眼をお持ちのようですけど、今回の連携で言えばパーティごとの実力に差がありすぎる。短い時間でものにするとなるとグループの組み方を考える必要があります」


「全然ダメ。戦術を知らない者が多すぎる。まずはそこの勉強からってのが俺の率直な意見だ」


レアード、カノン、ルーファスがそれぞれ意見を出す。

それぞれに共通していることは、連携が出来ていないことと時間が短すぎることであった。


「特に俺達が見れていないグループは特に酷かったらしいぜ」


レアードの発言に全員の視線が向く。


「カーフェのとこだが、全体の指揮ができるやつが居なかったせいで、逆に足を引っ張りあってぇだぜ」


レアードはカーフェから聞いた内容、そして模擬戦での結果を踏まえ指揮官の不在を嘆く。


「確かにそもそも教えられる人がいないのに連携訓練はそもそも無理があると思いますが・・・・・・」


「だな」


カノンの指摘、そしてルーファスの同意を見て、ギルドマスターは考えるそぶりを見せる。


ギルドマスター自体、今回の連携訓練は厳しいことを理解していた。

それは自身が経験しているからであった。

またギルドマスターも今日一日連携訓練の模擬戦に目を向けており、その拙さから非常に険しい表情を見せていた。


レアード達は口を開かず、ギルドマスターの言葉を待つ。


やがて顔を上げると覚悟を決めた様な表情に変え、話し始める。


「もし、連携に詳しい人材が多数いたとしたら、間に合うか?」


何か案があるからこその発言なのだろう。

レアード達は顔を見合わせた後、代表してカノンが口を開く。


「間に合うかどうかは何とも言えません。しかし、優秀な人材がいるのであれば、ご助力願いたいですね」


「・・・・・・分かった。話をしてみよう」


ギルドマスターはハッキリとした口調で言い放った。






⭐︎






ギルドマスターが席を離れて数分、レアード達は受付嬢に酒のおかわりをもらいこの時間を堪能していた。

ギルドマスターの声は聞こえない。

時間がかかっている為、状況は芳しくないのかもしれない。


さらに、待つこと十数分。

ようやく戻ってきたギルドマスターはゆっくりとソファーに腰を掛ける。

勢いよく腰掛けた為、ふわふわのソファーが僅かに弾んでいる。

ギルドマスターの顔には疲れが見えていた。

まさか説得に失敗したのだろうか?

全員がその様に考えていた。


「どうぞ」


受付嬢が水を手渡す。

ギルドマスターは感謝して、一気に飲み干す。


受付嬢がコップを受け取り、部屋を後にすると同時にギルドマスターが口を開いた。


「とりあえず、話はついた」


その一言に安堵する一同。

しかし、同時に何があったのか気になり始める。

その証拠にレアード達は互いに目配せして、聞け聞けと押し付け合いをしていた。


しかし、それも杞憂に終わる。


「トレスト騎士団の団長、ジーク・パトライアに協力を要請した」


「「「!!」」」


騎士団長ジーク・パトライアという名を聞いて目の色を変える。

騎士団長ジーク・パトライアと言えば、長年トレストの騎士団長を務めている男性で、非常に厳正な男であった。

騎士団の中でも恐れられており、その厳格さは冒険者ギルドにまで広まるほどであった。

レアード達は何故ギルドマスターが疲れているのかをようやく理解する。

そして、心の中で祈りを捧げていた。


「もの凄く憎まれ口を言われたが何とか許可は取れた。・・・・・・明日は奴が何人か騎士団の兵を連れてくるだろう」


あからさまに嫌な顔を見せるギルドマスター。

レアード達はよっぽど会いたくないんだなと納得した。


「まぁ、向こうは常に警戒体制で北門に兵を並べて深淵の監視をしてるからな。何人か寄越してくれなんて業務の妨害と思われかねねぇか・・・・・・」


「いや、考えすぎでは?」


レアードの発言に丁寧なツッコミを入れるカノン。

意外とカノンはノリのいい奴であった。


「とは言え、騎士団長が曲者なだけで部下は根の優しい奴ばかりだから安心して良い」


「うへぇ。厳しくなければいいなぁ」


ルーファスは先のことを考え、憂いていた。


「とにかく明日の事はこれから考えておく。明日東門で落ち合い次第、今後のプランを説明する」


そう言い残して、解散となった。






⭐︎






「そうトレスト騎士団と・・・・・・」


話を聞いたリリィは露骨に嫌な顔をしている。

隣に座るカインもダンマリであった。


「トレスト騎士団ってどんなとこ?」


唯一交流関係を持たず、誰とも仲良くしていなかった私はその様な情報が伝わらず、何が嫌なのか分からなかった。


「騎士の誇りを重んじる騎士団だ。皆いい人達ではあるが騎士団長が曲者だ。厳しすぎて騎士団の中でも恐れられてるという噂はよく聞くな」


カインの説明を聞いてようやく合点がいく。

つまりは我々と馬が合わなそうということだ。


「どんな人たちが来るのか分からない?」


「それは分からない。だが、これは必要な事だからな」


「そうなのね。まぁ、いいわ!今考えても仕方ない事だもの!今をとことん楽しみましょう!!」


開き直ったのかリリィは両手にジョッキを掴み一気飲みを始める。


すると腕相撲大会をしていた冒険者の視線が動き、今度は少しずつ酒合戦に変わっていく。

気付けば全体を巻き込むほどになり、余計騒がしさが増していった。


私は顔を赤くしながら飲むレアード達を笑顔で見つめていた。

次第に笑みが笑い声に変わり、楽しい時間に変わる。


宴会の如き騒がしさはまだまだ続いていった。






⭐︎






すでに時計の針がテッペンを迎えようかという時間帯。

多くの者はテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。


レアードは顔を真っ赤にしながら何度もトイレに駆け込む始末。

リリィは飲み過ぎでベロンベロンになってしまいカインの介護を受けていた。


ファル達四姉妹は成人前という事でだいぶ前からいなくなっている。


そんな中、私の視線は一点に注がれていた。

"夢物語"。

私と因縁があるパーティだ。

シグレ、エルダ、バレラともに酔っ払っている様で顔を赤くしているが、飲む量が少なかったのか、呂律などはハッキリとしていた。

彼女達は目の前の料理をゆっくりと口に運んでいる。

会話は無く、楽しみきれていない様な感じがする。

そこ事が私を余計に釘付けにした。


「!!」


じっと視線を向けているとシグレと目が合う。

するとシグレの表情が歪み、すぐに視線を逸らされる。

しばらくそんな状態が続くが、時計の針がテッペンに上ったその瞬間、彼女達は席を立ち、扉に向かい始めた。


チャンスは今しかない!

そう思いながらも足が動かない。

もし拒絶されたら。

もし罵詈雑言を浴びせられたら。

その様なネガティブな感情に包まれ、一歩が踏み込まずにいた。


ヤキモキとした感情を抱き、ソワソワとしていると突如背中に衝撃が走る。

誰かに叩かれた様だ。

音が鳴るほどの衝撃を受けて思わず立ち上がってしまう。

視線を向けるとそこには、顔を赤くしたレアードがいた。


「早く行ってこい!さっさと行って、けじめつけてこいぃ!」


酔っ払いながらも背を押そうとしているレアードを見て覚悟が決まる。

私はありがとうと感謝を伝えると、ギルドの扉を開き、彼女達の後を追う。


幸い彼女達はまだ見えるところにいた。


私は駆けていき、背後を向いた彼女達とようやく向き合うことが出来た。






⭐︎






「・・・・・・」


「「「・・・・・・」」」


衝動的に行動したせいで言葉が出てこない。

何で声をかければいいのか分からなかった。


「何か用?」


初めに声をかけたのはシグレだった。

表情を歪ませて、私を睨んできている。

その表情を見て、私は泣きそうな表情に変わる。

明らかな拒絶。

そんな風に私は感じた。


しかし違った。


シグレはカツカツと歩いてくると私の正面、目と鼻の先の距離までやってくる。

そして、そのまま私に平手打ちをする。


何が起きたのか分からなかった。

気づいた時には視線が横を向いていて、遅れて頬に痛みがやってくる。

私は頬を押さえて、視線を戻した。


そこにはシグレを抑えて、下がろうとするエルダとパレラ。

そして、涙を流しながら私を睨みつけているシグレの姿があった。







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