第2話 贄

 場面転換、内裏

 SE:勺で掌をぱしぱし叩く音


帝「鳥深とみ山中さんちゅうとはのう……(ため息をついて)そのようなところにあったか。よう探したものよ」


壬生「百禽に数多あまた国図郡図こくずぐんずを与えておそろしきに鳴き騒ぐ国、こおりさとを定め、その地へ狗神いぬがみ憑きを引き回し、吠え狂うかたを探したるものにございます。たしかに黒き岩あり、その下深く、毛縄けなわの封を施した丹塗にぬりのひつがございました」


帝「禽獣きんじゅうは幾十の陰陽師おんみょうじ修験者しゅげんじゃに優れたるか……して、その櫃はいかがした。なにゆえ持って参らぬ」


壬生「掘り出して木馬きんませ、半里はんりほど進みましたるに、にわかに滝の如き雨にて土砂どしゃが崩れ、先導せんどうの我らが振り返りし時には、櫃は運びおる兵馬へいばと共に巻き込まれ流れていったのでございます。天気の晴るるを待ちて、崖下を探したところ、何者かに切られた髪の縄と櫃の木片は見つかるも、他には何も……おそらくは封が解けたかと……申し開きのしようもございませぬ」


帝「天気など構っておるからだ! 郊祀こうしの儀が迫っておる、直ちに探せ!」


速見「恐れながら申し上げます。めいを賜るに、我らひつの中にあるはいかなるものかを知らず、探しようがごさいませぬ。何が入っていたかをお聞かせたまわりたく存じます」


帝「確かに。ではこれから伝える朕の言葉は誰にも漏らさぬように。よいか」


壬生・速見「はっ」


帝「すめら伝えに、天孫降臨てんそんこうりんの折、瓊瓊杵尊ににぎのみことと共に地に下りし者の中に白くまつろわぬものがあり、それが黒玻璃玉くろはりだまかんざしの櫃に封じられおる、という」


壬生「白くまつろわぬものとは……」


帝「朕は口伝くでんより他のことは知らぬ。(ため息をついて)十年前、父のきさきであった井上いのえとその子である他戸おさべ身罷みまかりしより天変地異てんぺんちい多くして、血のつながらぬとはいえど母と弟を害せるはこの朕であるという流言飛語りゅうげんひごに民がまどうておる。……こたびの藤原種継ふじわらのたねつぐのことも、わが弟、早良さわらの死も、すべて祟りであるなどと妄言もうげんも甚だしい。この気運きうんを改めるには、皆が瞠目どうもくするに足る、儀式のかなめが必要なのだ。霜月、郊祀こうしの三日前までに必ず探して参れ」

※いのえ・さわらは「虫歯」「むすめ」などと同じく高め平板、おさべ・こうしは「福井」「香川」と同じく高→低。


壬生・速見「はっ」


 SE:壬生・早見が退出し、並足の馬に乗っている音。


速見「櫃の中に入っていたのは一体なんなのでしょうね」


壬生「わからん。もしそのまつろわぬものとやらが生きているならば、異形いぎょうであろうが……瓊瓊杵尊ににぎのみことでさえ死からまぬがれなかったのだ、おそらく骨か何かだろう」


速見「私はやけに胸の内がぞわぞわとするのです」


壬生「もう舟からは降りられぬ。先の帝の后、井上いのえさまとそのお子の他戸おさべさまが、幽閉されていたやかたにて同日に身罷みまからられたのは、やはり民の言う通り、今の主上の御与おんあずかりりもあるだろう。そのようなお方から内々ないないめいたまわったのだから、不首尾ふしゅびおりは我々だけでなく妻や子にもるいが及ぶやも知れぬ」


速見「壬生さまは平気なのですか」


壬生「我々のような任に就く者は親、妻や子をどこぞに隠し、いかに親しい相手であろうとも、その場所を決して伝えぬ。拷問を食らえば、我が妻子のことなら命を賭して隠しおおせても、他人の妻女のことなどは易々やすやすと喋ってしまうものだからな。速見、備えは早いほうがよいぞ」

                                                 

 場面転換、いずくの貧相な小屋の中

 SE:何か木や竹や藁で作業している風な音


あとり「ねえ、兄ちゃん、これ見て。割れたのはよけて、簪の玉をつなぎ直したよ」


いずく「お、少し小さくなったけどきれいだな」


あとり「どこにどの玉を使うかとか、がんばって考えたんだ」


いずく「たづ、これはもともとお前が髪にしてたやつだ。ちょっと踏んじまって玉がいくつか割れてしまった。ごめんな」


たづ「う?」


いずく「こうしてあとりが直してくれたから、たづ、つけてみるか」


たづ「(怯えて)……こわい」


いずく「怖い?」


たづ「たづはそれがおそろしい、それはとてもよくない。いらない」


いずく「いらないんだったら、売ってもいいか?」


たづ「たづの前からなくなれば何でもよい」


あとり「こんなにきれいなのに、たづは何で怖いんだろ? ほーら」


 SE:じゃらっと簪をかざして見せる音


たづ「(適当にちいさくビビりあがる声)!!!」


いずく「……いててて、しがみつくな! あとり、たづをいじめるのはやめろ」


あとり「たづってさあ、何かと兄ちゃんにくっついてるよねえ。兄ちゃんもどんどん慣れて父ちゃんぶってるし」


いずく「だってたづはわらわなんだろう?」


あとり「わらわかもしれないけど」


いずく「あとりもよくたづと遊んでくれて、いい姉ちゃんだ」


あとり「そりゃ……たづの居場所はここだけだし、わらわに意地悪したくないし」


いずく「あの簪、たづはいらないって言ってるんだし、売るまではお前がつけててもいいぞ」


あとり「え、いいの?」


いずく「うん。ただ、たづが怖がるから近くではつけないでくれ」


あとり「(嬉しそうに)ありがとう!」


いずく「(満足そうなため息をついて)……あとりも女なんだな」


あとり「え? 何?(素で)気持ち悪いんだけど」


いずく「いや、そういう身を飾るものをつけて、嬉しそうにするところはやっぱり女なんだなって思っただけだよ。娘が育つのを見てる親の気持ちみたいなもんだ。さあ、沢に石拾いに行こうか。あとりはどうする? かのも行くって言ってたぞ」


あとり「かの姉ちゃんにこれ見せたいな。行く!」


いずく「ほら、つえ。俺はたづと一緒に少し離れて行くよ。たづ、かさをかぶれ」

                                                 

 SE:戸板を閉める音 

 場面転換

 SE:沢のせせらぎ、風や鳥の声などの森の音


あとり「ほんっとうにいいお天気だね。小春日和だ」


たづ「たづはまぶしい」


あとり「外出るとき、ずっと笠かぶってるもんね。そこの木陰に入っときな」


たづ「ん」


あとり「兄ちゃんとかの姉ちゃん、ずーっと向こうに行っちゃったね。……何話してんだろ」


たづ「しらない」


あとり「ねえ、たづ、この簪つけたままだったら、どのくらいまでなら近寄ってもいいの?」


たづ「そのくらい」


あとり「ふーん、二間にけんぐらいって感じなんだ」


たづ「……うん」


あとり「(間をおいてから)ねえ、たづ、そこに座ったままでいいから、ちょっとだけ話を聞いてほしいんだ」


たづ「ん」


あとり「(間をおいて)あのね……兄ちゃんってね、かの姉ちゃんのこと好きなんだ。知ってた?」


たづ「……父上が?」


あとり「そう。兄ちゃんは黙ってるけどわかるよ。だけど、かの姉ちゃんは兄ちゃんのことはただの幼馴染としか思ってないし、別の男と好きあっててさ、輿入こしいれを楽しみにしてる。だから、二人っきりでいたって、男と女の、その……いちゃついたりはしないよ?」


たづ「(驚いて)!!」


あとり「あたしたちのさとってさ、どっか遠くから逃げ出した奴婢ぬひ? とかいう人たちが住み着いたのが始まりなんだって。隠田かくしだを作って暮らしてきたから今でもよそ者には冷たいし、郡司ぐんじさまは隠田を見逃す代わり、自分だけの米や布をせしめてる」


たづ「(不思議そうであいまいな相槌)???」


あとり「(笑って)たづにはわかんないよね。……ここは谷あいで米もあわもたくさんはとれないし、よく山崩れや大水おおみずで田畑も家もめちゃめちゃになるんだ。つつみを作ってもしばらくすると切れちゃう……たづは人柱って知ってる?」


たづ「ひとばしら??」


あとり「堤や橋やなんかを作るときに、生きている人をいしずえに埋めるの」


たづ「……埋める? 死ぬ?」


あとり「うん、死ぬよ。だけどその魂のおかげで、堤も橋も、強く立派に出来上がるんだって。うちの郷の堤にも人柱が埋まってるんだ。誰だと思う?」


たづ「???」


あとり「兄ちゃんの父ちゃん」


たづ「父上の、父上」


あとり「そう。この郷の人たちは、切れる堤を直すたびに人柱を出すのが嫌になって、よそ者を飼うことにしたんだ。その血筋が兄ちゃんなの。だから兄ちゃんは、かの姉ちゃんが好きでも何も言えないんだ」


たづ「……なぜ逃げない?」


あとり「あたしたちが逃げたら、次の人柱は一番親しかった人が選ばれるから、かの姉ちゃんになっちゃう。だから兄ちゃんは絶対逃げないよ。(ため息をつきながら)あたしはこんな足曲がりに生まれたから、人柱を絶やさないよう子を産めって、あの小屋に捨てられたんだって。まだこわらわだった兄ちゃんが、重湯おもゆ飲ませておむつ換えて育ててくれたの。あたしたち、お互いにめおとになるなんて全然考えてないのに、あたしは、兄ちゃんの子を生むことになってる。兄ちゃんの次はあたしが人柱、その次はあたしと兄ちゃんの子。……いやだなあ……神さまがやってきて、あたしたちを助けてくれないかなあ」


たづ「(被せて)かのはいらない……父上とたづとあとり、逃げよう」


あとり「だめだよ。かの姉ちゃんが死んでもいいの?」


たづ「死んでいい。たづはかのが嫌い」


あとり「そんなこと言っちゃだめ……あ、たづ、どこ行くの」


たづ「(遠のいた声で)父上に逃げようと言う。急ぐ」


あとり「ええ?! 待って! たづ! たづ!! 兄ちゃんに言っちゃダメ!! 待ってってば! もう!! 杖、杖どこ……たづ、待って!」

                            

 ⑧青緑                        

SE:立ちあがってたづを追おうとする足音、甲冑の音、がさがさと藪をかき分け四、五人が殺到する音。少し遅れて騎馬の音


あとり「あ、あんたたち、誰? え?(次の打撃音にあわせ静かめの悲鳴)……ぎゃっ」


SE:打撃音


あとり「(小さく口からぷつぷつと空気が漏れるように)う……う……」


葛部「壬生さま、この者、黒玉くろだまの髪飾りを着けております」


壬生「うむ、仇光あだびかりしてよき目印であった。ではこの娘を連れ、長岡のみやこへ戻ろう」


速見「壬生さま、このわらわはこの辺りの乞食かたいでは? たまたまあの谷で、この玉飾りを拾っただけではありますまいか。(兵に向かい、咎めて)かようなめわらわにどれほどの力で打ちかかったのだ! もう、こやつは口は利けまい。聞かねばならぬことがあったというに……」


兵1「も、申し訳ございませぬ」


壬生「速見、落ち着け。主上にさえ櫃の中のものがわからぬのなら、何を連れ帰ってもとがめられるいわれはない。このわらわのむくろを持ち帰れば我々は君命くんめいを全うしたと言えよう」


速見「(咎めるように)壬生さま……」


たづ「(遠くから)あとり!」


 SE:たづが息を切らして駆けつける音 兵が倒れる音


兵1・2「(2~3秒、断末魔の声のアドリブ。絶叫ではなくリアルな感じで)」


 SE:苦しみもがく音、ごぼごぼと血でふさがった気管から空気が漏れる音


壬生「何奴なにやつだ!」


速見「(息を少し荒くして)こやつ……なんだ? なんなのだ? こやつのまわりだけ景色が歪んで見える……あ、ああ……どうしたのだ、この怖気おぞけは……」


たづ「あとりをかえせ」


兵3「なんだお前は! 下がれ!」


速見「待て、勝手なことをするな!」


 SE:刀で笠を切り飛ばした音


速見「勝手なことをするなと申したではないか!」


たづ「たづの笠……父上のくれた笠……」


壬生「……白い、異形……もしやこやつが?!」


 SE:風と、肉が切れる音


兵3「がはっ!!」


 SE:人が倒れる音


壬生「今こやつ、何をした?! 何も見えなかったぞ!」


たづ「あとりをかえせ」


壬生「(用心しながら)お前は……天孫てんそんと共にくだりながら櫃に封じられていたという、白くまつろわぬものか(返事を待つ間をおいて、小声で)速見、このめわらわはお前の言ったとおり見当違いで、こやつが本物のようだ。(たづに呼びかけて)お前は、瓊瓊杵尊ににぎのみことという御名ぎょめいに覚えはないか」


たづ「(無言で睨み、唸るような呼吸)」


壬生「(返事を待つ間をおいて、小声で)瓊瓊杵尊とは天照大神あまてらすおおみかみ神勅しんちょくにより中つ国へくだり給うた天孫の御名ぎょめいである。まことに覚えぬか」


たづ「たづが知るは父上とあとりのみ」


速見「あとり、とはこのめわらわの名か」


たづ「……そうだ」


速見「父上とは?」


たづ「(無言で睨み、唸るような呼吸)」


壬生「(少しにらみ合ってから、少し声を和らげ)我らがあるじ、天孫の末裔たる皇尊すめらぎのみことが長岡のみやこへそなたをお召しである。おとなしゅう参らるればこのめわらわは今この場にお返し申す」


たづ「(少し考えて)わかった……」


速見「葛部かちべ、そのわらわをそこへ置け。そっとだぞ」


葛部「はっ」


 SE:駆け寄る音 


たづ「あとり! あとり! 息を止めるな! うごけ!」


葛部「(たづにビビりながら、申し訳なさそうに)もう、こと切れておる」


たづ「(しばらく静かに泣いたあとぽつりと)たづは、かなしい」


速見「……すまぬ。無辜むこのわらわにむごいことをした、本当にすまぬ」


たづ「(間。ここから徐々につたなさを落とし、次の場の転換まで少しずつ本来の口調へ戻っていく)お前たちのあるじ、そのすめらナントカは、あとりをよみがえらせることができるのか」


壬生「(できないことを承知で言いくるめにかかって)……我々にはわからぬが、主上は天照大神の由緒正しきご子孫であられるゆえ、何らかの御業みわざはあるやもしれぬ」


速見「(被せて)壬生さま……もうよしましょう。死者をよみがえらせることは誰にもできぬ。主上と言えど、生死のことわりは覆せぬのだ」


たづ「こんなあとり、返されたとて…サンテbたづは、たづは、なんと父上に申せばよいのか……父上は悲しむ。とても悲しむ(間。悲しみからじわじわと切り替わってきた怒りを押し殺して)あとりが死んだのは、もとはその主上おかみとやらのせいなのか」


速見「そうだ。我々が望んで民を傷つけることは決してない」


たづ「すめらナントカのところへ行く前に、一つ頼みがある」


速見「なんだ」


たづ「あとりが着けておるその簪の玉を、今ここで一粒残さず壊せ。さすれば、いましめなどなくとも、恭順きょうじゅんみやこへ参ろう」


壬生「それはできぬ……」


いずく「(この台詞はSE扱い。遠くから呼んで)おーい、あとりー! たづー! おーい、どこだー?!(30秒間続ける。アドリブ可)」


かの「(この台詞はSE扱い。遠くから呼んで)あとりちゃーん! たづー! 帰るわよー!(30秒間続ける。アドリブ可)」


たづ「(呼び声の中)急げ、父上に見せてはならぬ。(脅すようにひゅんと風の音をさせてから)さあ、今すぐ、その玉を壊せ」

                                                 

 SE:いずくとかの呼び声がゆるくフェイドアウトするのに被せ、ガラスの玉が砕け散る音


 

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