最終話 冥

 場面転換、宮中、内裏

 BGM:先ほどの宮中シーンの曲を会話の流れに合わせフェイドアウト


しののめ「造宮使ぞうぐうし藤原種継ふじわらのたねつぐさまが亡くなってのち、お后さま方、みこさまがたがみんな、里内裏さとだいりへお移りになって、もの寂しゅうございますね」


帝「しばしのことだ。陰陽師がどうしてもと言い張ってな。郊祀が恙無つつがなく終われば皆またこの内裏へ戻ってくる。それにあやつらがおらぬからこそ、朕はしののめと二人、ゆるりと過ごせるのだぞ」


しののめ「わたくしが独り占めできるのでございますね」


帝「そなたはまったくいのう。それにしても今夜は寒うてならぬ、ぬくもろうではないか」


 SE:甲冑の音


速見「(部屋の外から)恐れながら、速見友名はやみのともな推参仕つかまつります」


帝「このような夜更けに、無礼であろう。下がっておれ」


速見「どうか、どうか、わたくしの申し上げることをお聞き賜りますよう!」


帝「(不機嫌なため息とともに)しののめ、下がっておれ。速見、手短に申せ」


速見「その前に、この静けさにお気がつかれませぬか。わたくしが誰にも押しとどめられずここまで参りたるをなこととおぼし召されぬのですか」


帝「朕はそなたに問うておるのだ。朕に問いを返すでない」


速見「……申し訳ござりませぬ。先に※うけたまわりし、丹塗りの櫃の中のものを連れ、はせ参じましてございます」

 ※現代語とアクセントが違うので注意。「さき」と現代アクセントでやや高く読み、低く「に」と続く


帝「明日でもよいではないか。まあよい、どれ、見せてみよ」


速見「間もなくここへ参りまする」


帝「参る?! ……生きておるのか?!」


SE:近づく風の音


速見「は。ごろうじるのが何より早いかと存じます」


 SEやBGMで不気味さを表現


帝「(息をのんで驚きを表現)!!! (認識力が戻るまでの間を置き、独白)なんだこやつは……宙に……宙に浮いておる!」


たづ「ほう、これがすめらナントカというやつか。ふーん……お前が、あとりを殺させたのだな」


帝「あ、あとり? あの胸朱あかき小鳥のことか」


速見「(被せて)いえ、このものを捕えし折、誤って命を奪いしわらわの名にございます」


帝「朕はあとりなど知らぬぞ。ただ、そなたを連れて参れと命じただけだ」


たづ「この私を見世物にして、人心をなだめようと? つまらぬ」


帝「速見、こやつに話したのか」


速見「こやつが櫃に眠りたる間に起こりし事々を、道々問われしままに答えておりましたら、こやつが見抜いたのでございます」


たづ「いかに愚かでもわかる。浅はかなことよ」


帝「化物めが……」


たづ「のう、すめらナントカ……名は、やまべと言うのであったな、ににぎのやしゃごのやしゃごのやしゃごの……ああ面倒だ、とにかくににぎの血に連なる者よ、土産をやろう」


 SE:ごとっと重いものを投げ出す音


帝「……壬生!」


たづ「あとりはやさしかった。多くのことを教えてくれた。なのに、あの忌々しい簪を挿していたばかりに死んだ……やまべ、この男の首を見ても、お前にとっては、虫けらの首がもげた程度のことなのだろう? 私はこれほど辛いのにこれでは到底償うに足らぬ。ほら、これもやろう。受け取れ」


 SE:話しながら、もう一つ投げてよこすが、受け取らず床に転がる音



帝「……し、しののめ……」


たづ「やはり足らぬわ」


 SE:風の音、次々と柱が切れ、軒が崩れる音


帝「……あ」


 SE:たづが帝の真ん前に近づく音(神鈴の音でも何でもいい


たづ「(帝の頭を両手で掴んで、顔の真ん前で)私は、ににぎが天よりくだるにあたり、先にくだりし天の民をめっするために遣わされた。いわば神殺しの道具である。(楽しそうに)天孫てんそんより代を重ね、人となり果てたお前など、虫のように潰せる。実にたやすい」



帝「(力を入れられて、苦悶の様相で)ぐっ……」


速見「やめろ! やめぬか!」


たづ「(静かに笑って)やめぬ。つい先ほど、私が柱を切って見せたな? 年経としふる太いひのきの柱を何本も。(再度静かに笑って)お前の頭はあの柱よりも随分と柔らかい。壬生みぶよりも肉がついて、よう食うておるようだ。さて、どうしてやろうか。ほーら、体が浮いたぞ」


帝「(苦しみながら)……天居あまい……離せ……離してくれ」


たづ「その名、伝わっておったか。名を知っている程度で私を御せるとでも思うな。もはや私は天居などという名ではない。私には敬い慕う者と、新しい名がある」

                                                 

 SE:遠くからどたどたと駆けつける複数人の足音


速見「(待てなくなった様子で)葛部! 葛部! 早う! 早う参れ!!」


葛部「(息せき切って)お待たせ申しました、仰せの通り、連れて参りました!」


いずく「たづ!」


たづ「(心底驚いて)……父上?」


葛部「(息せき切って)速見さま! 遅くなり申し訳ございませぬ」


速見「(安堵で半泣きで)間にうた……杞憂ではなかった……」


いずく「たづ、やめろ!」


 SE:たづが宙に浮かせた帝の体をどさっと落とす音


帝「ぐふっ……(気絶するときの声。アドリブでOK)」


たづ「父上、なぜここに……」


いずく「葛部かちべさまにすべて聞かされて、連れて来てもらった」


たづ「(たじろぐ呼吸)……」


いずく「(なんといおうか迷っている間をおいてから)俺がたづを拾ったとき、あとりはお前を一目見て『鬼』だと言って怖がった。あとりは……正しかったんだな」


たづ「父上、それは……」


いずく「(被せて)お宮の大きな門からここまで、新しいむくろが散らばっているのを見た。年寄りも、若いのも、男も女もみんな……笑ったり、怒ったり、何か考えてたり……そのままの顔と姿で死んでいた……きっと、何が起こったかわかる間もなく一瞬で……(耐えられなくなって震え声で)なぜこんなことをした!」


たづ「こいつが、あとりを殺したから。苦しめたかった。たづは……あとりが死んで悲しかった。だから償わせたかった!」


いずく「あれだけたくさん死なせて、この人は苦しんだか? お前の悲しみをつぐなえたか?」


たづ「まったく足りぬ……誰もかれも、こいつにとっては虫けらでしかない」


いずく「俺もあとりも、つながりのない者から見れば虫けらだ。あの死んだ人たちと微塵みじんも変わらん」


たづ「父上は違う!」


いずく「……葛部さまからすべて聞いたとき、俺がどんな思いをしたかわかるか? 血の跡を残して、あとりとお前が消えて……何日も何日も探し回って」


たづ「(被せて)どうか、どうかお許しを……たづは父上を悲しませたくなくて」


いずく「……あとりは、今、どこにいるんだ」


たづ「(唇をかんで)ぐっ……」


速見「いずく……と申したな。我が名は速見友名はやみのともな。あとりのことはすまぬ。本当にすまぬ。あとりのむくろは今、内裏の奥、彩雲さいうん屏風びょうぶの前にある。たづが後生大事ごしょうだいじにここまで抱えてきた。宮中から金銀とにしきを集めて美しゅう包んでおる」


たづ「(ぽつりと)たづは、あとりを隠したかった。父上が嘆くのを見とうなかった」


いずく「……あとりは俺が連れて帰る」


たづ「父上、郷へ帰ってはならぬ」


いずく「(被せて)たづは、もう、俺の知っているたづじゃない……あとりと一緒に死んでしまったんだ」


たづ「父上、すべてたづが父上を思うてのことで……(ここから、水を得たオタク的な熱意と速さで)たづは、何でもできる。父上が望めば、どんなこともできる。たづは郷も国もみんな父上のものにできる。たづのいのちを分け、父上を老いず死なずの身にすることもできる。たづは何をすればよい? 何をすれば父上はたづを許す?」


いずく「(怒りを含んで、静かに)あとりを今すぐ、生かして返せ」


たづ「それは……」


いずく「それができないなら、俺の望みは……たづ、もう何もしないでくれ。人を殺めるのも、人の大切なものを壊すのも」


たづ「父上……」


いずく「父上と呼ぶな。俺はお前の父ちゃんじゃない。(速見に向き直って、暗い声で)……速見さま、葛部さま、あとりを連れて、俺を帰らせてください」


速見「……たづはどうする? ここに置いていくわけにはいかぬ。たづはお前の言うことならば聞くというから葛部に連れてこさせたのだぞ」


いずく「たづは神さまか、それに近いものなのでしょう? それを俺が抑え込むのは無理です」


速見「(被せて)それでも、伏して頼む。こやつは、お前以外の誰の手にも負えぬ」


たづ「(被せて)父上、……父上が父ではないこと、なんとはなしに感じるようになってはおった。ただ、私の近くにいて、温かく、やさしく、何も求めぬ、そのようなものを親と呼ぶことしか、あのときは思い至らなかった。(間をおいて、哀願するように)いずく……私をそばにいさせてくれ。いずくが嫌がることはしない。ただ、そばにおいてくれればいい。頼む、いずく」


いずく「……いやだ。俺にさわるな」


速見「いずく!」


たづ「(長めの間)……人の温かさを知りたる私は、もう昔には戻れぬ……(空を仰いで再度長めの間をおき、やさしく)いずく、またまみえる時が来る。いずくが私に会いとうてたまらぬ時が来る。……私に何もするなと言うたな。時が来るまでは御身おんみの望むとおりにしよう。ではしばし、さらばである」


 SE:たづのセリフに重ねてしばらく激しい突風の音


葛部「(突風に吹き煽られて)うおおっ!」


いずく「(突風に吹き煽られて)うわ……!」


 SE:突風が徐々にやみ、静かになる


速見「……たづは行ってしもうたな。主上はご無事か」


 SE:倒れている帝にひざまずく音


葛部「はっ、傷ひとつなく、すぐにお目覚めになると思われます」


速見「では、今のうちに行くぞ」


葛部「衛士えじを呼びに……?」


速見「(被せて)衛士どころか、五つの衛府えふじんから曹司ぞうし大炊寮おおいのつかさにいたるまで一閃で無人となっておるわ。あの神もどきが生かすと決めたもの以外、この長岡の宮におるものは皆死んだ」


葛部「主上のおそばに誰もいなくてもよろしいのでしょうか」


速見「よい。(力を入れて)首をこう傾けておけば……御心地おんここちつかれるまでに時を稼げる。葛部は、いずくをあとりの骸と共に郷に送り返せ。そのあとは戻らず、家族とどこかで静かに暮らすがいい」


葛部「速見さまは?」


速見「私は、衛門佐えもんのすけさまのやかたへにおしらせし、そののちみやこを出る。……では葛部、いずく、くここを離れよう。息災そくさいでな」


葛部「はっ……どうか速見さまも!」


 SE:複数の馬の駆け去る音

                            

 眺めの少し間をおいて場面転換

 場:いずくのいる山里

 SE:儀式のために集まった郷の者のざわめき


郷人1「ああ、堤が切れさえしなきゃなあ。今年は米がようりそうだったのに」


郷人3「あいつも気の毒だが仕方がない、早う堤を直すためだ」


郷人2「人と思うから気の毒になったりするのよ」


郷人4「そうそう、あいつらはもともと人柱のための畜生だ。哀れなことは何もない。鶏と同じだ」


郷人1「だからあいつら、鳥の名前なのか」


郷人3「その鳥の名も、こいつで最後なんだろう? 次はどうするんだ」


郷人4「そのうちまたよそ者捕まえて、足曲がりだのめくらだのと一緒にあの小屋に置いときゃいいだけだ。間に合わんかったら、とりあえずはかのを埋めときゃいい」


郷人2「あ、来た」


 SE:ひときわ高まるざわめき、道を何か引きずるように数名で歩く音


郷人4「ほら、どいたどいた。鳥が通るぞ」


郷人3「おお、……やつれてるな」


郷人2「自分が埋められるのがわかってりゃ、誰でも何ものどに通らんでしょ」


郷人1「あいつ、俺たちが足曲がりの骸を包んどった錦を剥ぎ取ってからずっとこうらしい」


郷人4「錦一匹いっぴきぶんも独り占めして骸を包んで埋めようとしとったのを皆で止めたんだったな。身を弁えろ。鳥のくせに」


郷人3「お、堤の礎に括られた。あの白いのは前の人柱の骨か」


かの「(泣いて)いずく……ごめんね……ごめん……ごめんなさい」


郷人2「(鋭く)かの、めそめそすんじゃないよ、耳障りだわ」

※耳障りだわ、は女性語の語尾ではなくおっさん風に


 SE:土をかけて埋め始める音


郷人3「あいつ空を見あげて何か口元を動かしとる」


郷人2「どうせ命乞いでしょ? 耳を貸すだけバカバカしい」


郷人1「ああ、今日はやけに風が強いな……急に日が翳ってきた」


郷人4「(間)おい、何か……何か降って来るぞ! 上だ! 上を見ろ!」


 SE:風の音 一瞬無音ののちBGM


※以下、ガヤ。台詞は各自アドリブに変更可


郷人1「(ガヤ)なんだ!? なんだあれは?!」


郷人3「(ガヤ)白くて大きな……鶴? いや、人の形をしとる!」


郷人4「(ガヤ)礎に降りた……いや降りてない! 浮いとる!」


郷人2「(ガヤ)まぶしい!……目が潰れる! 痛い!」


 SE:なんか適当に


たづ「いずく、呼んだな。私の名を」


いずく「(ここ以降、意識を半分失いつつ、まばらに呻く)呼んだ……呼んでしまった……」


たづ「(うきうきと)うれしい。私はとてもうれしい。(間。一変して怒りを含み)……だが、私を呼ばせるまでに御身を傷つけた者どもは許さぬ」


いずく「頼む……かのは……」


たづ「私はあの女が嫌いだ。あの女さえいなければ、どれほど……」


いずく「(被せて)たづ、……かのだけは……」


たづ「私が望むのは、いずくのそばにいること。さすれば、私はいずくを父と呼びし日々のように、大人しゅう、かわゆらしゅうする。だから、幾久いくひさしゅうそばにいて私をかわいがれ。ひとりにするな」


いずく「ああ……約束する」


たづ「(うきうきと)ならば、いずくが私に望んだことは、全て叶える。御身が生かしたいと望んだ者以外、一人残さずこの郷を滅しよう。見たくなければ目を瞑れ、一瞬で終わる」


 SE・BGMで体裁を整える


――終劇

                            

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