第1話 鳥

           

 SE:激しい沢の音。石をかき分ける音。浅瀬を歩く音。


いずく「(SEをしばらく流した後、ため息をついて)あー、いい石はないなあ……(やれやれといった様子で)山肌がだいぶ洗われたっていうのに、瑪瑙めのうどころか、玻璃はりの一つも見つからない……さとの人たちより先に石拾いに来たのに」


 SE:小雨、蓑・笠に雨が当たる音


いずく「(独白)また降ってきた。まだ山もゆるんでるし、もう帰るか……お、あそこも大きく崩れてる。がけの上がえぐれてるな。上の道が通れるようになるまで相当かかりそうだ。郷のつつみも切れなきゃいいが……」


 SE:沢を歩く音


「(間をおいて)あれ? ……馬と……人だ!」


 SE:駆け寄り土砂を掘る音


いずく「これはだめだ。……ざっと見て、三人。僦馬しゅうばの連中か……崖の上から土と一緒に流されたんだろうな……気の毒に。(ため息をついて)とむらうのは雨が上がってからでいいか。しかしなんであんな道を? 獣と狩人かりゅうどくらいしか通らないのに」


 SE:ごつっと木のひつに当たる音


いずく「なんか当たった……箱? ……大きな木櫃きびつだ……」


 SE:しばらく掘る音


いずく「(独白)あいつら、これを運んでたんだな。変だな、あんなに大荒れだったのに。中身はなんだろう?」


 SE:掘り進み、木櫃から泥を払う音


いずく「なんだ、この櫃……が塗り込まれて、変ななわでぐるぐる巻きだ……これは……髪の毛?! いやいやいや! 髪で縄作って櫃を縛るなんてあるか? きっと馬のしっぽかなんかだろう……(気味悪さを振り払うように)うん、きっと馬のしっぽ! それしかありえない! とりあえず、切ってみるか…………うう……切りにくいな(少々の間、切ろうと呻吟する)」


 SE:やっと切れる音、重い木の櫃を開ける音 


いずく「(拍子抜けしたように)あ……人? 宝物じゃないのか、しょうがないなあ……でもこいつ身なりがいいな。お、玉のかんざしだ。売ればちょっとは腹がふくれるかもな。よし、持って帰ろう!(その辺の棒を拾ってそっとつついて)おーい! お前死んでんのかー? 雨がやんだら弔ってやるから、とりあえず着てるもんとか、その玉がじゃらじゃらした簪とか、もらってくよー」


たづ「う……う……」


                      

SE:雨が激しくなり、雷鳴も加わり場面転換

  貧しい小屋の中、いろりに火を焚く音、戸板に当たる雨風の音


あとり「兄ちゃん、遅いなあ……危ないから行くなって言ったのに……もう日が暮れるのに、ほんと、なにやってんだろ」


 SE:雨音の中、ぬかるみを歩いてくる音か近づく。戸板を軽く蹴る音


いずく「(戸板の外から)あとり! 開けてくれ! 早く」


あとり「(怒鳴って)自分で開ければいいでしょ」


いずく「手が離せないんだ」


あとり「もう!」


 SE:藁の上を歩く音、戸板をどける音。

   (※貧乏なのでスライド式でなくただ置いただけの戸板)

   藁敷の床に倒れ込む音


いずく「ああーーー!! 重かったーーーー!!」

 

 SE:戸板を元通りに立てかける音


あとり「誰この人」


いずく「知らん。沢の上の崖が崩れてて、その崩れた土が沢にダーッとこうなってて、人も馬も埋まって死んでて、そいつらが運んでた櫃の中にこいつがいた。櫃ごと持って帰ろうとしたけど、重くて無理だったんで、とりあえずこいつだけ背負しょって帰ってきた」


あとり「背負しょって帰って来たって……この人生きてんの」


いずく「一応あったかいし、生きてると思う。(ため息)死んでたら、きぬと簪だけ持って帰ったんだけどなあ」


あとり「かさみのもこいつに着せてやったんだ、お人好しだね。干しとかなきゃ……(笠を外して、取り落とし)わっ!! なにこいつ!!!」


いずく「どうした?」


あとり「(怯えて)……兄ちゃん何でこんなの拾ってきたのさ」


いずく「え、なんで」


あとり「髪が真っ白! ほら!」


いずく「郷長さとおささまのおばばもこんな色だろ」


あとり「こいつはどう見ても年寄りじゃない。兄ちゃんくらいの歳でしょ。絶対、もとから真っ白な髪なんだよ! 冬、沼に来てるでっかい鳥みたいに!」


いずく「言われてみりゃ、鶴みたいな白だ」


あとり「こいつが鬼だったらどうすんの?!」


いずく「鬼?」


あとり「こないだ旅の坊さんが言ってたの忘れたの? 仏様を信じないとか、お坊さんにお金や食べ物を出さないやつは、鬼にひどい目に遭わされるって!」


いずく「(笑って)うちはあのお坊さんに何もあげられなかったもんなあ」


あとり「もし鬼だったら……このまま助けないほうがいいんじゃ……兄ちゃん、捨ててきてよ」


いずく「嫌だよ。ここまで運んで来て疲れてんだからさ」


あとり「あたしたち、食い殺されちゃったらどうすんの!? あたし足曲がりだから、逃げられないよ」


いずく「大丈夫。こいつはそんなことはしない」


あとり「なんでそう言えるの」


いずく「なんとなくそんな気がするから。……とにかく、先に体洗わせてくれ。泥まみれでこれじゃ俺のほうが鬼みたいだ」


 SE:桶に水を汲んで、ばしゃばしゃしたりぼろ布を水に浸して搾ったりする音


いずく「だいぶさっぱりした。さて、こいつも脱がして拭いてやるか」


あとり「その前に肌ばかまは穿いてよね」


 SE:布を投げつける音


いずく「(受け止めて)おっと」


あとり「ほら、兄ちゃんが拾ってきたんだから、兄ちゃんが世話して」


いずく「はいはい」


 SE:水を捨てに戸板を外して外に出る音、また入ってきて水の入った桶を置く音。ぼろ布を水に浸して搾ったりする音を台詞と重ねて


いずく「(拭いてやりながら)ケガやもがさはない。熱もないし、息も脈も乱れてない。寝てるだけって感じだな。髪はほどくとかなり長い。肌は胡粉ごふんで塗ったみたいにシミや傷跡ひとつない。人であれば郡司ぐんじさまや国司こくしさまだってほくろや傷の一つくらいあるだろうに」


あとり「だーかーらー、人じゃなくて、鬼なんじゃないの? 生っちろい、カエルの腹みたいな肌の色して」


 SE:ぺちぺち音


いずく「(ぺちぺちと頬を痛くないよう叩いて)でもこいつはカエルみたいにねばねばしてない」


あとり「(被せて)ぺちぺちしないで。鬼が目ぇ覚ましたらどうすんの」


いずく「あとり、ほら、頭を見てみろ。どこにも角はないよ。鬼には角があるんだろ?」


あとり「鬼じゃなくても、なんかの化物かもよ」


いずく「ちょっと毛色の違う都の偉い人ってやつかもしれないぞ。都の偉い人は郷長さまや郡司さまよりもずっと豊かなんだそうだ。ちゃんと手当てして礼を弾んでもらおう」


あとり「(被せて)都の偉い人が櫃に入って沢に落ちてるわけないと思う。絶対おかしいって……あ痛っ! なんか踏んだ!」


 SE:不用意に藁を踏んでパキパキッと折れる音、持ち上げてじゃらっと玉のふれあう音


あとり「なにこれ。かんざし? 割れちゃった……」


いずく「ああ、踏んじゃったか……ケガしてないか?」


あとり「大丈夫だけど」


いずく「さっきこいつから外してそこに置いてたんだ。売ろうと思って」


あとり「これ、いいものなの?」


いずく「これ、たぶん黒い玻璃だ。すごく珍しい魔除まよけの玉なんだよ。陰陽師とかいう連中がこの辺にも探しに来たことがある。欠片でもいい、いくらでも出すから売ってくれって。(しみじみと壊れた簪を調べて)割れたのは管玉くだたま四つか……他の玉はきれいに残ってる。これだけでもきっと高く売れるよ。郷長さまを通して長岡のみやこで売ってもらったら、しばらく米が食えるぞ」


あとり「どうせあたしたちの手元に来るお米はほんの少しだよ。今までだって、むしろ織っても石磨いても、あたしたちのふところに入るまでにさんざん抜かれたもん」


いずく「田畑を持ってない俺たちがここで暮らせるのはみんなのおかげだから、仕方ないよ」


あとり「それはわかってるけど、悔しいじゃない」                 

                   

たづ「(かすかに呻いて)う……うう…」


いずく「あっ、目を覚ましそうだ。聞かれたかな」


あとり「(怯えて)兄ちゃん、離れようよ。襲ってきたらどうすんの」


いずく「大丈夫だって。おっ、目が動いた。おーい、大丈夫か。……あ、目ぇ開けた! おい、気がついたか? どっか痛いとこはないか?」


たづ「……」


いずく「えーと、俺の名はいずく。こっちは妹のあとり。お前、がけ崩れで沢に流されてきた櫃の中にいたんだよ。丹塗にぬりの……毛縄けづなでぐるぐる巻きにされたでかい櫃だ」


たづ「ひ……つ……?」


いずく「そう、櫃。まだ山肌やまはだが緩んでて危ないから連れてきた。お前、名は」


たづ「な……?」


いずく「ほら、なにワラのなんとかヒコとか、なにベのなんとかマロとか、あるだろ? お前、働いたことのない手してるし、いい暮らししてたんじゃないのか?」


たづ「……わからぬ」


いずく「え? わからぬって?」


たづ「……なにも……わからぬ……名も何も」


いずく「誰からも一度も名を呼ばれたことがないわけないだろ? 名を教えることがはばかられるなら、どこに住んでたかだけでもいいから……(たづが泣き出したのに驚いて)へっ?」



たづ「(ぐすぐす幼児のように泣き出す)なにも……なにも……ない。頭の中にも胸の中にも、なにもない(ずっと泣き続ける)」



いずく「……あとり、俺、なんかまずいこと言った?」


あとり「あたしに聞かないでよ」


いずく「うーん……こいつ、もしかすると、うつけか?」


あとり「うつけとはなんか感じが違うよ。ほら、かなとさんの刀自とじさん、知ってる? あの人若いとき頭を強く打って名前も子どものことも忘れてしまってたんだけど、半年くらいで思い出して前と変わらずに暮らせるようになったんだって。こいつも頭を打ったんじゃない?」


いずく「じゃあ、しばらく面倒見て、こいつが何もかも思い出したら、こいつの家からきっと舂米つきしね十俵じっぴょうくらいはもらえるんじゃないか」


あとり「(被せて)鬼子おにごが厄介払いされたんじゃないの?」


いずく「(被せて)食い物の心配だったら、俺が頑張る。こいつにも手伝ってもらうさ。(たづに向かい)うわあ、はな垂らして……ほら、これで拭くんだ……ああ、下手だな。貸せ。いい大人が泣くんじゃない」


たづ「(めそめそと)……帰る」


いずく「どこに帰るんだ」


たづ「帰る……帰る?(心底不思議そうに)どこへ?」


いずく「それを今訊いてるんだ。連れて行ってやるから教えてくれ」


たづ「(少し考えて、不安そうに)ここ?」


いずく「え?」


たづ「(心底不思議そうに)ここ?」

 

あとり「(少し考えてから)そうかあ、こいつ、何も覚えてないってことは、ここしか知らないってことなんだ」


いずく「だからここを家だと思ってるのか……。じゃあいいよ、家でもなんとでも、好きに思ったらいい」


たづ「ここが……家」


いずく「そうだよ。お前の今だけの家だ」


あとり「ねえ、兄ちゃん、こいつになんか着せなよ。目障りだよ」


いずく「きぬはまだ洗ってないし、はだばかまも今俺が穿いたやつしかなかったし……あとりのみのでも着せとくか」


 SE:がさがさと蓑を着せる音


いずく「チクチクするだろうけどこらえてくれ。着せるものがないんだ。俺だってはだばかまいっちょでいるくらいなんだから」


あとり「兄ちゃん、こいつに名前つけない? しばらくうちにいるんだったら、こいつとかそいつとか呼ぶのは変だもん」


いずく「よし、そうしようか。おい、お前が名前を思い出すまで、仮の名前を使おうと思うんだ。自分でつけるか?」


たづ「うぅ?」


いずく「俺たちがつけてもいいか?」


たづ「うぅ?」


いずく「……じゃあ、我が家はみんな鳥の名前だから、うーん……『たづ』はどうだ。いい名前だろ」


たづ「たづ……鳥?」


あとり「うん、たづはツルとも言うよ。寒くなるとこの辺の田んぼや沼に来るんだ」


いずく「ああ、大きくて白くて、子どもをとても大事にする鳥だ」


たづ「(覚えようと努力するように呟いて)たづ」


いずく「よろしく、たづ」


たづ「……父上?」


いずく「え?」


たづ「しし父母ちちははこそ、子に名をたまわるべけれ?」


いずく「(ちょっと引きつつ)え、たづ、難しい言葉知ってるんだね……もしかして何か思い出したんじゃ……」


たづ「(被せて)たづに名付けたもうたからは、こなたさまはたづの父上。父上に名を給うたたづは、父上の子……」


いずく「いやいやいやいや、いきなりとんでもないこじつけだな!? 俺がたづの父ちゃんって、ありえないから。たづは俺と同じくらいの歳だろ?」


たづ「(半泣きで)たづはまだおさない……ちいさい……」


いずく「えええ? 自分の手とか脚とか見てみろ。大人の手足してるから」


たづ「たづは、ちいさい、……(自分の手をよくよく見て衝撃を受け、怯えて)……こんな……こんな手はたづの手ではない……こんな手……父上ぇ(泣く)」

 ※泣き方は女々しくならないように。良家の男の子のようなしくしく泣きで


あとり「こいつ、中身が子どもになってるみたい」


いずく「(弱って)あああ、もう泣くな、よしよし」


あとり「なんか変なことになってきてない?」


いずく「変だよなぁ……はいはい、たづ、おつむなでなでしてやろう……たづはよい子だ、もう泣くな」


たづ「(べそをかきつつ)うん」


あとり「ねえ、たづ、もし兄ちゃんがたづの父ちゃんだったとしたら、あたしはなに? 叔母ちゃん?」


たづ「(泣き終わった後のような感じで曖昧な声)??」


あとり「あたしは、あとりって呼んでよ」


たづ「あとり」


いずく「俺もいずくって呼んで欲しいなあ……」


たづ「父上は、父上」


いずく「……俺は父上って呼び続けられるってことか……いててて、膝に乗るな」


あとり「なつかれちゃったねぇ」

                                                 

 SE:戸板を軽くたたく音


かの「(戸板の外から)こんにちはー、かのだけど、いるー?」


あとり「あっ、かの姉ちゃんだ。(戸板のほうに向かって)はーい」


 SE:戸板を開ける音


たづ「(おどおどと)父上……たづはおそろしい」


いずく「え?」


たづ「知らぬ者がきた」


いずく「大丈夫、かのは俺の幼馴染おさななじみだよ。よく食い物を分けてくれるんだ」


かの「(被せて)こんにちは、あとりちゃん、いずく。やっと小雨になって来たわね。あら、どうしたの、そのかっこ」


いずく「ちょっと山に入ったら、泥だらけになってさ。洗い替えがないんだ」


かの「肌寒いのにどうしたのかと思ったわ。今日はキビを一升ほど持ってきたのよ」


いずく「ありがとう、いつもいつも」


あとり「あ、そうだ、兄ちゃん、かの姉ちゃんに少しシワガラあげてもいい?」


いずく「いいよ」


かの「いずくたちがくれるきのこはとっても美味しいわ。いつも楽しみにしてるの」


いずく「ん、またたくさんとってくるよ」


かの「ありがと。それで、あなたの背中にぴったり貼りついているのは、いったい誰?」


あとり「(いたずらっぽく)ああ、こいつはねえ、兄ちゃんの子」


かの「えっ」


いずく「あとり、余計なこと言うな。こいつは山で行き倒れてたんだ。うちで寝かしてたんだけど、目が覚めたら、何にも覚えてないって。そんで、自分のことはわらわで、俺のことを親だと思ってしまってる。とりあえずたづって呼んでるよ」


かの「あら、まるで鳥のヒナだわね。綺麗な髪ねえ。真っ白で雪みたい。肌もきれいだわ、天人ってこんな感じなんじゃないかしら? はじめまして、たづ。私はかのよ」


いずく「たづ、挨拶されたらこちらもご挨拶するんだぞ」


たづ「(不良が不愛想に会釈する感じで)……ん」


かの「こんな綺麗な子にみのなんか着せて……」


いずく「今だけだよ。さっき山に行ったら、崖崩れで死人しびとが出てた。さとの者じゃなかったし皮のよろいをつけてたから、たぶん僦馬しゅうばの連中だと思う。天気が良くなったらきぬを剥いでたづに着せるよ。今頃は山犬が食い荒らしてぼろぼろだろうけど、つくろえば大丈夫だろう。俺もやっと洗い替えができる」


かの「気持ち悪くないの」


いずく「今まで無事だったんだからこれからも大丈夫。持ち主には塚を作って花でも供えるさ」


あとり「ちゃんとむくろじで洗うから大丈夫だよ! あたし、繕うの上手だし」


かの「(悲しそうに)そう。(気を取り直して)……父さんの目を盗んできたから、もう帰らなきゃ。いずく、小さい子には優しくしないとダメよ?」


いずく「わかってるよ」


あとり「(被せて)またね!」


かの「じゃあ、また」


いずく「(思いを込めるように)またな」


 SE:戸板を開け閉めする音

                                                  

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